シーツの上に広がる波に、私はゆっくりと溺れていった。
絡め合う舌の音だけが、室内を埋める。
卑猥な音がする度に、ぴくんっと身体が震えるのを抑え切れなかった。
「…ひ…むら……」
口付けの合間にその名前を呼んでも、彼は相変わらず水底の見えない深い瞳のまま私を見つめる。その瞳の底は何処にあるのか?いつもそんな事を考えても、答えは出てこない。
永遠にその答えは私には辿りつけないものなのだろうか?
「黙ってろ、バカアリス」
名前を呼ばれるのも煩わしいのか、再びその唇が私の唇を塞いだ。冷たい唇だと思った。冷たい身体だと思った。こうやって肌を何度も重ねても、彼の身体が暖かいと思う事など一度もなかった。
「…んっ…ふぅ…」
唇を薄く開いて彼の舌を迎え入れる。口中で生き物のように蠢く舌に、意識はいとも簡単に拡散された。ぼんやりとしてゆく意識と、ざらついた舌から与えられる刺激。
この相反する感覚が、私の意識と欲望を侵しゆく。
「…んんっ…は……」
唇が痺れるほどに口付けられて、そしてやっと開放された。しかしほっとする間もなく、衣服を脱がされると、そのまま直接肌に指と舌が降りて来た。
「…あぁ…んっ…」
鎖骨のラインを丁寧に舌と指が辿る。そしてそのまま偶然に辿りついたとでも言うように胸の果実を口に含まれた。歯で軽く噛んで、そして舌先で転がされる。それだけで敏感な私の身体は面白いように反応を寄越した。多分…火村もこっそりと笑っているだろう。
「…あ…あ…」
「お前はホントここに弱いな」
口許だけで彼は笑うと、再び胸を征服して行った。人差し指と中指で摘み上げ、わざと言葉を綴る。意地悪だと、思った。
「…だって…しょうがないだろ…あんっ…」
目尻からひとつ、涙が落ちてきた。けれども火村は決して止めようとしなかった。そう言う奴だから。何時も自分勝手に私を抱く。多分私の意思などお構いなしに。
「ふ、俺が上手いからだろ?」
突然息を吹きかけるように耳元で囁かれて、私はむかついて背中にぎゅっと爪を立ててみた。けれども相変わらず彼はひどく涼しい顔をしていて。
「悪戯が過ぎるよ、子猫ちゃん」
とやっぱり口許だけで笑いながら言った。
彼が本当に笑うのを私は見た事がない。
何時も口許だけで、瞳は笑わないのだ。
何時も何時も瞳だけは、底の見えない闇に堕ちていて。
私がどんなに深く覗き込もうとも。
その闇は私のこころを拒絶する。
私を、奥まで迎えてはくれない。
滑る、指。身体を滑る指。その綺麗で傷のない、指。私は何時もその指の動きに溺れている。
「…あぁ…はんっ……」
私の感じる部分を知り尽くした指は、的確に弱い部分を攻める。そして指で散々嬲られた後に、滑らかな舌が下りて来るのだ。生き物のように淫らに蠢く舌が。
「…はぁ…あっ!…」
偶然に辿り付いたとでも言うように、彼の指が私自身に触れる。それは先ほどの愛撫のせいで恥かしい程に形を変化させていた。その様子にまた彼は口許だけで笑うと、そのまま口に含んだ。
「…ああっ…ぁ……」
同性同士、何処が感じるかなんて分かり切っている。くびれの部分を舐め上げて先端の割れ目に軽く歯を立てる。それだけで情け無い程に感じる私自身は、もう先走りの雫を零していた。
「…ぁぁ…あっ……」
その雫をわざと音を発てながら彼は舐めると、仕上げとばかりに強く先端を吸った。―――どくんっ!と音がしたかと思うと私は彼の口の中に白い欲望を吐き出していた。
「もう少し我慢できねーのか?」
相変わらずの憎まれ口を叩くと、彼は口に零れた私の精液を指で掬い上げた。そしてそのまま指先を私の口に含ませる。
「お前の出したモノだ、ちゃんと綺麗に舐めろよ」
「…んっ…ん…」
とろりとした液体が私の口中に広がる。自分の出したモノとは言え彼の手から与えられると言う行為が、私の身体に火を灯す。わざとぴちゃぴちゃと音を発てて、自らの精液を舐め取った。
「…火村…お前のも…欲しい…」
「淫乱だな、お前は」
やっぱり口許だけで笑う彼の顔を瞼の裏に焼き付けながら、私は彼自身を口に含んだ。
「…ん…ふぅ…」
既に適度の硬度を持ったそれを、私は口内いっぱいに含んだ。それは喉までつかえるほどの大きさだったが、構わずに私は舌を這わした。
「…ふぅ…んんん……」
次第に口の中の彼自身が主張し始める。ただでさえ大きなソレが更に大きくなって、むせかえりそうになる。それでも私は彼を促す為に舌を使った。苦しくて瞳から涙が零れたが、構わずに続けた。
「上手いぞ、アリス」
「んん…あふうっ…んぐ……」
どくんどくんと口の中で脈が打つのが分かる。そして口中に雫が零れ始めるのを感じる。
「―――ぐふっ!!」
そしてどくんっと音がしたかと思うと、次の瞬間に大量の精液が私の口中に注ぎ込まれた。私は躊躇いもなくそれを全て飲み干す。
「随分と美味そうに飲むな」
髪を掴まれて顔を上へと向かされた。涙のせいで少しぼやける彼の顔を見つめながら、私は声を出そうとして…止めた。
…火村のだから…美味しいんだ…と。そう言おうとして私は止めた。そう言った所で彼が笑ってくれるとは思えなかったから。
「…火村も…飲む?……」
そう言いながら私は彼の唇に口付けた。拒まない舌に自らのそれを絡めて、口の中に残った精液を唾液と共に与える。苦味と微妙な甘さが互いの口中を支配した。
「…ん…ひむ…らっ……」
「…アリス……」
「…んっ…んんん……」
唇を絡めながら私は彼自身に手を廻した。今さっき果てた筈のそれは、再び私の手によって脈を打ち始める。
「欲しいか?これが?」
彼の言葉に私は小さくこくりと、頷いた。
熱い身体と、冷たい手。
熱い楔と、冷たい瞳。
何時でも追い掛けるのは私の方。
追い続けるのは私の方。
彼がほんのわずかの間立ち止まってくれるのを。
私は待ちわびるだけ。
「―――ああっ!!!」
突き入れられた熱い塊に、私は思わず喉を仰け反らせて喘いだ。淫らな肉壁がその楔を逃さないようにと締め付ける。その度に私の身体はびくんびくんと跳ねた。
「…ああっ…あぁぁ……」
堪え切れずに彼の背中に爪を立てる。立てる事だけが、私の唯一の主張。この背中に爪を立てる事だけが、それだけが。私が彼と共にいると言うシルシだから。
少しでいいから痛みを感じて私に振りかえってくれたのならば。私はそれだけで、幸せだから。
「アリス、痛い」
「ああんっ…あぁ…」
痛い?痛いでしょう?わざときつく爪を立てているんだから。わざと立てているんだから。そうやって、そうやって私は自分の存在を主張する。私を、主張する。
…君に、辿りつきたい……から………。
君の欲望を身体の中に受け止めても。君の精液で身体を満たされても。
私の心は、満たされない。
…どうしたら…どうしたら君に辿りつけるの?
どうしたら君の瞳の底が見えるの?
どうしたら…君と同じ位置に立てるの?
「…火村……」
名前を呼んでも彼は答えない。聞こえるのはただ、安らかな根息だけで。それだけで。
「…好きや……」
彼が起きている時は絶対に言わない言葉、言えない言葉。それだけが私の持っている唯一の意地だったから。
「…君だけが…好きや……」
そしてそっと口付ける。せめて私を抱いた後には、怖い夢を見ないようにと。
それだけが今、私に出来る唯一の事だから。
それだけが、唯一のこと、だから。
…今はまだ言えない…
でもいつか、いつの日にか。
君の瞳の底が見えた時に。その時には。
私は君に『好き』だと告げよう。
…何時の日、にか。きっと……