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夢を見るのは、簡単で。


―――夢を、見た。

君の首を締める夢。きつく、君の首を。
喉元に指の痕が付くまで。ぎゅっと。
ぎゅっと、首を締める夢。

そんな私に、君は微笑って、いた。


目を開ければ君の綺麗な、寝顔。多分君自身すらも知らないだろう。君の寝顔がどんなに綺麗で、哀しいのか。
「…火村……」
そっと名前を呼んでみても、返って来るのは小さな寝息のみ。その寝息を感じながら、その息ごとを奪おうとして…止めた。
淡い月明かりに照らされる君の横顔。尖った鼻と端整な顔立ち。君は何時も女の子の視線を浴びていたけど、その全てに興味がなく拒絶していた。私すらも、拒絶されていた。
「…火…村……」
その壁をどうしたら崩せるか、ずっと。ずっとそればかりを考えていたから。どうしたら君に近づけるかそれだけを。それだけをずっと、考えていた。
「―――好き…だ……」
こうして隣に眠るようになっても、こうして腕の中に抱かれても。それでもやっぱり君は。君は何処か、遠くて。
それは君と私との永遠の距離なのだろうか?


見掛けよりも細い首。
白い、首筋。
ここに今私が指を掛けたならば。
力を込めて、締め上げたならば。

―――君は私だけのものに、なるのか?


このまま、その喉元に噛み付いて。
―――きみのそばに、いきたい。
食いちぎって、引き千切って。
―――きみとひとつに、なりたい。
全ての血を、飲み干したなら。
―――きみのたましいに、ふれたい。

そうしたら私は、満たされるのだろうか?


指をそっと唇に這わした。少しだけ乾いた唇を、触れるか触れないかの距離でなぞる。
この唇から零れる言葉が、何時も。何時も私を満たし、そして私を飢えさせる。
完全なる言葉は、想いは、何時も肝心な部分を与えられずに。ただ少しの空洞を作り私に差し出されるだけ。
―――その小さな隙間こそ、私が君から欲しかったものなのに……
唇に触れていた指先を、そっと顎のラインへと移動させた。シャープなラインをやはり触れると触れない距離でなぞる。剃り残したヒゲの跡に、理由のない切なさと愛しさを感じながら。
そのまま顎を滑り、首筋へと辿り着く。喉仏に指が当たって、そして。そしてその瞬間、爪を立てたいと…思った……。


きみが、すき。きみだけが、すき。
きみのかくしている、こどくを。
きみのこころの、ひみつを。
あばいて、そしてみたい。

―――君の傷口に、私は自らの血を擦り付けたい……


首を締めたいと、思った。
今この首に手を掛けて、そして。
そしてきつく握り締めて。
そうしたら、君は。

君はどんな表情を、するのだろう?


「…火村…好きや……」
ああ、どうして?どうしてこんなにも。
「…ほんまに…好きなんや……」
どうしてこんなにも私は、君を。
「…どうしたら、ええ?……」
君だけを想い、そして。そして少しづつ。
「……なぁ…どおしたら……」
少しづつ、内側から壊れてゆく。


小説を書きながら、犯人が人を殺す瞬間を。
何時しか私はそれを君と自分に置き換えていた。
そうする事で私は代償する。
君を殺したいと云う衝動を、紙の上で。
紙の上で、代償し満たされる。
一時の心の満足感と、どうしようもない虚しさと引き換えに。


―――君を殺しても、君の魂を手に入れることなんて…出来ないのに……



夢を見るのは簡単で。
とても、とても、簡単だから。
だから私は夢を見る。
そこにある現実から目を反らし。
安易な場所へとただ逃れる。

分かっている、本当は。
本当は、私は怖いんだ。
君と向き合い、そして。
そして君の真実を見る事が。

だってそこに、私はいないかもしれないじゃないか?



「…好き…や…火村……」



それでもやはり私は夢を見る。
とても容易く、そして安易な。
かりそめの充実感を求めて。




――――私は君の首を締める夢を、見る。


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