―――僕を呼ぶのは、誰?
捕らわれる、夢に捕らわれる。
伸びてくる白い手袋に僕は捕らえられ。
そして首を締められる。
きつく、締められて。そして。
そしてその唇を塞がれた。
……もう君は…何処にもいないのに……
目覚めた瞬間に広がるのは、真紅の血の色。それがさぁっと目に広がり、視界を埋めた。鮮やかな赤。新鮮な血の色。そこに全てを奪われ、何もかもが溶けてゆく。僕の身体も静かに溶けてゆく。
―――血の赤にゆっくりと、同化してゆく。
このまま何もかもなくなってしまえたらと思った。自分自身の存在すらもなくなってしまえたらと。どうせ僕なんて塵にも劣る生物なのだから。だからこのまま。このまま粉々の屑になって、散らばっていってしまえたらと思った。
―――関口センセイ……
伸びてくるのは、白い手袋をした手。
それが僕の首を締めつける。
きつく、締めつける。
このまま僕は死んでもいいと思った。
この指に侵され、浸透され。
そして壊れてもいいと、思った。
―――関口センセイ…僕は貴方が憎らしく、そして羨ましかった…そして……
そして?そして何?
その言葉の先を僕は永遠に聞く機会を失った。
永遠にその言葉の先を訪ねる機会を。
だって。だって君の声は僕には届かない。
届かないよ、君の喉は。
喉はすっぱりと、切れてしまっているから。
首と頭にだけになった君を抱きしめた。
抱きしめて、そして口付ける。
冷たい唇は、何も僕には伝えてこない。
途切れた言葉の先を伝えてはこない。
それでも。それでも僕は口付ける。
零れゆく生命の屑から、君の声が聞こえはしないかと。
聴こえないかと、必死に。
必死に僕は、その命の破片を辿った。
―――君が、好きだったのかもしれない……
今となっては分からない。
僕に残されたのは匣の中の君。
魍魎と化した、君。
それでもソレは、間違えなく君だった。
君だったから、僕は。
僕は君を、見たかったんだ。
『止せ!関口!』
あの時、京極堂の言葉が全てを終わらせた。僕はまだあちら側への切符を持つ人間ではなかった。僕は君と同じ場所へと行きたかったのに。
けれども僕はまだあちら側へとはゆけない。僕の脚には現実と言う名の鎖が巻き付いている。
―――それが僕を君のところまで、連れて行ってくれない……
嗚呼、視界はこんなにも真っ赤なのに。
永遠の、紅の色の中で君の手袋だけが鮮やかに白い。
その白さに目を奪われて。その白さにここを奪われて。
奪われて、僕は。僕は、そっと目を閉じた。
視界が永遠の白になるようにと。
―――センセイ…僕だけのものだね……
髪をそっと撫でる感触がする。
でも目を空けてしまったら。瞼を開いてしまったら。
その瞬間に、何もかもが消えるような気がする。
だから僕は目を閉じる。耳を塞ぐ。
―――僕だけのものだからね……
この声以外の音を聞いた瞬間に、何もかもが失くなる気がして。
この降り積もる声以外の音を聴いてしまったなら。
視界はただの白。永遠の白い世界。
その中に僕がひとり、立っている。
ただひとりきりで、立っている。
そんな僕に囁かれる声。
そんな僕の髪を撫でる手。
それは決して、僕は見ることは出来ない。
―――永遠に、見ることは…出来ない……