僕の贖罪を救うのは君の笑顔だけ。
そして君の苦しみを知るのは僕だけ。
君すらも知らない哀しみを。
僕は罪と言う名で背負い、そして君を護る。
―――僕が壊した君だから…だから僕が君を護る。
「僕が、かずいの事護るからね。こわーいやつから、護るからね」
純粋な瞳。君を傷つけるものはもう何もないから。僕が君を護るから。全てのものから、君を…護るから……。
「ありがとうございます、虎弥太」
僕が壊したもの。僕が君から奪ったもの。それはきっと許されるものではないのだろう。それでも。それでも僕は。
「だからかずい、笑ってね」
頬に重なる細い手。君の記憶を消したのは、僕。小さな子供に生まれ変わらせたのも、僕。
身体だけは大人になっても君のこころは子供のままで。子供のままの綺麗なこころで。
「笑ってね、かずい」
「ええ、虎弥太。大丈夫ですよ、僕は」
綺麗なこころだから。どんな些細な僕の変化でも、君は見逃したりはしない。君の綺麗なそのこころは、小さな痛みも決して見逃しはしない。
「大丈夫、ですよ」
そう言って笑ってもやっぱり君は不安な顔をするんだね。僕は作り笑いがあまり上手くないのかもしれないね。
死にました。記憶を壊した彼女が死にました。
僕が壊しました。辛い記憶を消して、再び幸せになれるようにと。
僕が、壊しました。
けれども。けれども記憶は蘇り、彼女は身体を切り刻んで自殺しました。
僕は彼女を護れなかった。僕は彼女を救えなかった。
―――医者として…救えなかった。
消した記憶は再び同じ経験をしないと戻らない。そして。
そして彼女はまた同じ経験をして、そして。
そして、自殺しました。
―――あの男たちにレイプされて……。
僕は彼女を救えなかった…
背中に生えている翼は、真っ白だから。君の翼は真っ白だから。
「…かずい……」
君が笑ってくれる事が僕にとっての唯一の救い。君が傍にいてこうして、笑ってくれる事が。でも今は。今は僕のせいで哀しい顔をさせてしまっている。
「どこか痛いの?」
「いいえ本当に何でもありませんよ。それよりももうこんな時間です。虎弥太は寝なさい」
「一緒に、寝よ」
「虎弥太?」
「ね、一緒に寝よ。そうしたらこわーいやつからかずいを護ってあげられるもん」
「…そうですね……」
君の無邪気な言葉に、僕はどれだけ救われているか。君なりの精一杯の気遣いにどれだけ僕が救われているのか。君のその、優しさに。
「たまには、いいですね」
白い翼。背中に生えた白い翼。僕の手が幾ら血塗られていても、君だけは。君だけは護るから。僕の全てで、君だけは。
―――全てのものから、君だけは護るから……。
「ね、一緒に寝よう」
例え僕の命に代えても、君だけは護るから。
ただ君がこうして傍にいてくれるだけで。
ただ君がこうして笑ってくれるだけで。
僕は救われるから。君が、君が微笑んでくれるだけで。
―――僕の罪を、君だけが許してくれるから。
指を、絡めた。
指を絡めて眠った。
こうして触れ合った場所から伝わる体温が。
その温もりが優しくさせるから。
何よりも、優しい気持ちにさせるから。
だから指を、絡めた。
「かずい、もう怖くないよね」
「怖い、ですか?」
「だってそんな顔してたよ。怖い顔してた」
「怖い顔していると怖いんですか?ちょっと変ですよそれは」
「…違うよー。哀しそうな顔してたから…だから怖いのかなぁって」
「怖いものは僕にはありませんよ。だって僕は人殺しですよ」
「嘘ばっかり、僕は知ってるよかずいの怖いもの」
「何ですか?それは」
「へへ、ひーみつ。僕だけが知っているの」
「秘密ですか。それは残念です」
「だって秘密にしないと、かずいが怖がっちゃうもん」
「…何ですか、それは……」
「かずいが気付かないものだから。だから教えない」
「そう言う事ですか。でも僕の怖いものって一体なんでしょうね」
「だーかーらっ秘密なのーっ」
―――秘密、なの。かずいの怖いものは。僕だけ気付いたんだもの。
かずいの怖いもの、それはね。
それは『死』だから。
死んじゃうことだから。大切なひとが死んじゃう事だから。
…でもそうなら、僕が死んだら…かずいは怖がってくれるかな?
…怖がって、くれると…いいな……
何時しか君の口許から微かな寝息が聞こえて来る。それでも繋がった指先は、離さないままで。
「怖いものですか…虎弥太……」
その指先だけが。繋がった指先だけが、僕らの唯一の真実だとしても。それでも、大切なものだから。かけがえのないものだから。
「…そうですね……」
人殺しだと知っていても、僕が何をしているのかを知っていても。君は笑って僕を迎え入れてくれる。何時も小さな気遣いで。君なりの精一杯で。
「…君を失う事が…何よりも…怖いですよ……」
僕を救うのは君の笑顔だけ。
僕の罪を許すのも君の笑顔だけ。
だから、だから。
君がいなければ僕は誰からも許されないのだから。
君を護ることによって僕も君に護られている。
君を救う事で僕も救われている。
君の笑顔だけが…それだけが…僕の唯一のものだから。