―――きみにだけは、逢いたくなかった……
あの日から、全てのことを遮断した。希望も夢も、何もかも。
何もかもを捨てて、ただ。ただ憎しみと絶望の中で、生きていた。
ううん、本当は。本当は生きていたんじゃなくて。
ただ生かされていただけなのかも、しれない。
私の前にあったたくさんの光と希望が、あの瞬間全て手の中から零れ落ちた。
大切にしていた夢も、光に満ちた未来も全部。全部、この手のひらから擦り抜けていった。
後はただ残されたものは。残されたものは『自分』と言う抜け殻と、そして。
そして全ての犯罪者に『復讐』する為だけに、存在するだけの。それだけの『モノ』だった。
『御剣、やっと逢えた』
逢いたくなかった。きみにだけは逢いたくなかった。
『やっとここまで来れた…君のそばまで』
綺麗なきみに。真っ直ぐなきみに。きみにだけは。
『君にこうして向き合えた…御剣』
穢れてしまった私を…きみにだけは見せたくなかった。
ずっときみを見ていた。弁護士になって活躍するきみを、ずっと見ていた。
逢いたくなかったけれど。逢えなかったけれど、それでも私はずっと。
ずっときみだけを見ていたんだ…成歩堂……。
あの頃と何一つ変わらない真っ直ぐな瞳と。何一つ変わらない強い心。
もしも私がそれを持ち続けていたら。私が全てのものから目を反らさなかったなら。
こんな事にはならなかったかもしれない。きみを真っ直ぐに見つめられたかもしれない。
私の手は穢れている。私の身体は穢れてる。
勝つためならばどんな事でもした。法廷に勝つためならば。
犯罪者に罰を与えるために、私は。私はどんな事でもした。
だからもう。もう私はきみの近くにはいけないんだ。
本当はずっと憧れていた。きみの真っ直ぐな心に。きみの強い心に。
私は何も持っていなかったから。私は何も知らなかったから。
勉強をして知識はたくさん持っていたけれど。でも、何もなかった。
知識はあっても経験がなかった。当たり前のことを何も知らなかった。
そんな私にきみは。きみはたくさんの事を与えてくれたから。
教科書にも参考書にも載っていない事、教えてくれたのは何時もきみだった。
『ずっとこうして君に向き合いたかった』
私も本当はずっと。ずっときみとこんな風に向き合いたかった。
『君がどうしてこんな風に変わってしまったのか…知りたかった』
向き合って真っ直ぐに君の瞳を見つめて。見つめて、そして。
『あれほどなりたかった弁護士にならずに検事になったのはどうしてだ?』
あの頃のように、何も知らないあの頃のように微笑いあいたかった。
『…きみにだけは…逢いたくなかった……』
口に出してみて、そして。そして広がる胸の痛みが。
じわりと広がる胸の痛みが。苦しくて、とても苦しくて。
不器用に歪む口許。それがきみに気付かれないか、それだけが。
それだけが私にとっての今一番の関心事。
きみにだけは気付かれたくない。きみにだけは見破られたくない。
―――この想いを。この気持ちを、きみにだけは。
『でも僕は逢いたかった。君に逢いたかった』
好きだと、言ったら。もしもきみに好きだって告げたら。
『ずっと…それだけが僕の十四年間の想いだった』
それでもきみは今の言葉を私に言ってくれるのか?
『僕の全部、だった』
同じ言葉を私に告げて、くれるのか?
あの頃のように、何も知らずに真っ白で。
ただ純粋に楽しく笑いあった日々。楽しく過ごした日々。
子供だから許された純粋さと。子供だから可能だった強さと。
子供だったから持っていた、無垢なままの心で。
そのままでずっといられたら、よかった。
―――そうしたらこんなにも…苦しくはなかった……
胸の痛み。抉られるような痛み。けれども私は告げる。
『…もう二度と私の前に現れないでくれ』
もっと傷口を開くと分かっていても。もっと壊れると分かっていても。
『…もう私の前には……』
それでも、もっと。もっと深い傷を受けたくないから。私は告げる、決別の言葉を。
あの頃の私でいられないのなら、きみに向き合う事すら出来ないから。
遠い記憶が蘇る。ただひたすらにしあわせだった記憶。
父が生きていて、そしてきみがいる記憶。ただひとつの。
ただひとつの私の、穢されていないもの。ただひとつ、綺麗なもの。
それがきみへの想いの、ただひとつの。ただひとつの私が。
―――私が護れるもの…だから……