――――僕の席は、君の隣。
外出を終えて事務所兼自室に戻ってきた成歩堂を迎えたのは、ソファーで熟睡している御剣の姿だった。
「――――」
近づいて顔を寄せても聴こえてくるのは寝息ばかりで、全く起きる気配はなかった。こんな風に無防備な寝顔を曝け出されると、困るやら嬉しいやらでどうしていいのか分からなくなってしまう。実際このまま襲ってしまいたいと思うのだが、せっかくの睡眠を妨げるのも悪い気がする。かと言ってこのままそんな無邪気な顔で眠られても、こっちの理性が持ちそうになく。
「…全く君は……」
口から自然にため息が零れて来た。こんな風に絶対的な安心を自分に向けられるのは嬉しい。それは夜中嫌な夢を御剣が見なくなった証拠だから。彼を苛まんでいた、悪夢を。こうして自分が抱きしめるようになってから、ぐっすりと眠れるようになったと言った。ソレは何よりも嬉しかったけれども。
「…僕の気持ちも知らないで……」
けれども余りにも自分に対して無防備になった結果、無意識に誘っていることに気付かない。時折見せる無邪気さが、男の欲望に火を付けるという事を。
「…これくらいは…許せよ……」
そう呟くと成歩堂は無防備に寝息を立てる御剣の唇を、そっと塞いだ。
僕の場所は、君の隣。君の、隣。
そこが一番、大事な場所だから。
どんな所よりも、君が隣にいることが。
―――君が、こうしてそばに、いることが……
唇が離れた瞬間、細い指が成歩堂に伸びてきた。そして瞼が揺れてその漆黒の瞳が彼の前に現れる。
「…こら、何をしている?……」
御剣の細い指が成歩堂の鼻を軽く摘む。上目遣いに彼を見ながら、悪戯をする子供のような瞳で。
「怒らないのか?」
そんな御剣に柔らかく笑いながら、そっとその身体を抱き寄せる。細い肢体はすっぽりと、成歩堂の腕に包まれた。その間御剣は抵抗する事無く、素直に成歩堂の腕に収まる。そしてその胸に顔を埋めて、背中に手を廻した。
「―――怒っているぞ」
そう言って御剣は笑うと、再び成歩堂の鼻を摘んだ。しかしそれは寸での所で成歩堂の指によって邪魔されてしまったが。
「顔が怒っていない」
成歩堂によって取られた指先は、いつの間にか互いの意思によって絡まった。自然に、指先が絡まって。
「―――夢見が良かったからな……」
「どんな夢を見たの?」
ちょっとだけ戸惑ってから、御剣は成歩堂の胸に顔を埋めた。少しだけ赤くなった頬を見られない為に。そして、そっと呟く。成歩堂しか、聴こえない声で。
「……君の夢…見たから……」
――――その言葉はひどく成歩堂を、幸福にさせた……。
夢を、見た。私の隣に、君がいる。
ただそれだけの、夢。それだけの、夢。
でも何よりも。何よりも、しあわせな。
――――しあわせな夢、だったから……
「ああ―――っ」
御剣の爪が成歩堂の背中に食い込む。それは爪の先が白くなる程に、きつく。きつく、食い込んだ。
「…御剣……」
「…ああ…ん…成歩…堂っ……」
成歩堂は何時も、ゆっくりと御剣の身体を手に入れる。焦らずにじっくりと。彼がそれに馴染むまで。何時も初めてのようにきつく締め付ける媚肉が、馴染むまで。
「…なるほ…どう…っ…ああんっ……」
決して彼傷つけないようにと。これから先どんな事があっても、絶対に自分だけは彼を傷つけないようにと。こころと、からだを。全部、護りたいから。
「…好きだよ、御剣……」
「…あぁ…ぁ…あぁぁ……」
御剣の爪に耐えきれずに、成歩堂の背中から血が滲んだ。ぽたりと生暖かい感触が、御剣の指に伝わる。けれども成歩堂は微かに眉を歪めただけで、決してその手を離そうとはしなかった。
――――そう彼は離さない。自分を決して離したりはしない。
「…もぅ…ダメだ…成歩堂…ああっ……」
そして、自分も。決して彼から離れない。離れられない。自分にはここしか、いたい場所が無いのだから。ここ以外には。この腕の中、以外には。
「…大丈夫だよ、御剣。一緒にイこう……」
そして二人は昇り詰める。二人だけの世界へと。二人だけで……。
僕の席は、君の隣。君の隣にいることが。
君のそばにいることが、何よりも大事。
何時でも君を見ていられるように。君が。
―――君が、安心して眠れるように……
「…すまん…成歩堂……」
ごそごそと成歩堂の腕の中で自分の位置を捜していた御剣が、やっと見つけた場所に潜り込んでそう言ってきた。
「何の事?」
「…背中……」
「ああ、これ?」
少しだけ頬を赤らめながら言う御剣に、成歩堂はくすっと笑って彼の頭を撫でてやる。こんな時、こんな瞬間、彼はひどく幼くなる。それがまた何よりも愛しいものなのだが。
「気にするな、いつもの事だし」
「…な、何だっ!そ、それは……」
「それだけ君が僕を感じてくれているって事だろう?」
そう言って成歩堂は御剣に盗むようにキスをする。それは触れてすぐに離れたけれど。離れた、けれども。
「〜〜〜っ!」
御剣を真っ赤にするには、充分だったから。耳まで真っ赤になった御剣をぎゅっと抱きしめれば、腕の中の体温が急上昇する。それが成歩堂には、可笑しかった。
「可愛いよ、御剣」
「わっ!!」
突然瞼にキス。そして額に頬に、成歩堂の唇は滑ってゆく。ゆっくりと、優しく。それが益々腕の中の体温を上昇させることになったけれど、成歩堂のキスは止まらなくて。そして。そして何時しかそのキスに答えている自分に、御剣は気付いたから。だから、御剣は。
「…私も……好き……だぞ……」
成歩堂以外聴くことが出来ない小さな声で、呟いた。