君だけはせめて何処にも染まらず 自由でいて欲しい
気がつけばいつも、優しい腕が自分を包み込んでくれた。
「…お母さん…何処?……」
真夜中ふいに目が醒めた当麻は自分の部屋のベッドから抜け出し、冷たい廊下を歩いた。誰もいない家の中は真っ暗で、何だか怖かった。
「…お母さん?……」
もう一度、当麻はその人の名を呼ぶ。しかし冷たい家の中からは返答は無かった。それでも諦めきれなくて、当麻は家中のドアを開けて彼女を捜す。しかし何処にもその姿は見つけられなかった。
「…何処に、いるの?…」
当麻は絶え切れずに、外へと飛び出した。彼女を捜す為に。
「いつからこの場所にいるの?」
いつのまにか空からは真っ白な雪が降っていた。
「…寒い、な……」
パジャマのまま飛び出した当麻はその寒さに堪えきれずに、マンションの郵便受けの前に座り込んでしまう。けれども部屋に戻ろうとはしなかった。ここにいればきっと来てくれる、そう信じて。
「だけど、待っている。僕が一番にお母さんを迎えるんだ」
そしてこの冷たい身体を抱きしめてほしい。その優しい腕で。暖かい温もりで。
…その為ならば、何時までも待つ事が出来るから。
「お前は何時も、身体を丸めて眠るのだな」
優しい笑顔がそこにはあった。それは唯一自分だけに向けられるもの。
「…寒い、から…」
「寒いのなら、ここへ来るがよい」
広い大きな腕が延ばされて、彼を包み込む。何時でもこの人だけは自分に場所を与えてくれた。
「こうすればお前は身体を丸めなくてすむだろう?」
蒼い髪を指先がそっと撫でる。その優しさがゆっくりと染み込んでいく。
「お前は何も、望まないのだな。何時も望む前に切り捨ててしまう」
「…別れるから……」
無意識の内に指が震えていた。それは止めようとしても止められない程の強さで。
「…皆、俺から離れてゆくから。皆俺を忘れていくから…だからもう、何も期待しない」
「……離さない…」
不意に抱きしめる腕の力が強くなる。それは細い彼の身体を壊してしまいそうになる程、強くて。…そしてとても、こころが痛い。
「約束しよう、私は何時だってどんな時だってお前を見ていると。未来永劫お前だけと」
「…嘘、だ…」
「嘘ではない。こうして私は何度でもお前を捜して見つけてきたのだからな。また、次の時代だってお前を見つけ出す」
「…何だよ…それは…。まるで俺達が過去にでも出逢っているみたいじゃんかよ…」
「事実だ、私はこうしてお前を抱きしめる為だけに生まれてきたのだから。お前が寒く無いようにこうして…」
……こうして、生まれてきたのだから。
不意に意識が浮上する。瞼を開いた先に一番最初に飛び込んできたのは、心配気な両親の顔だった。
「当麻君っ!」
あんなに逢いたかった人が今。今自分をその腕の中に包み込んでくれた。だけど。
「…心配したんだからね…」
どこかが、違っていた。さっきまで冷たい身体を暖めてくれていた腕とは違う。何処とは言えないけれども、漠然と当麻はそう思った。
「…ごめんね…お母さん…」
それでも自分を捨てたこの人がこうして当麻を抱きしめてくれる事が、何よりも嬉しかった。
…愛する気持ちを眠らせないで 出逢える日まで…
「…やっぱり行くの?征士」
空は薄紫色で、未だ街の眠りは醒めていない事を現していた。
「仲間が呼んでいます」
真っ直ぐに前だけを見つめる瞳。そこには強い意思が、いつも宿っていた。
「分かったわ、征士。だけど約束して」
鎧の意思によって選ばれた戦士達。この地球を護るのを宿命付けられた、鎧戦士。
「生きて帰ってきてね」
気丈な姉の瞳に微かに光るものを見つけて、征士は少し心が痛んだ。けれども。
「私は死にません。私を必要としてくれる人がいるかぎり」
凍りついてしまった心をこの手で溶かさなくてはいけないから。人を愛する事に怯えている彼に。
「…私達も、征士が必要よ…」
「分かっています」
姉の言葉に征士は最高に綺麗な顔で笑った。大切な人達への全ての思いを込めて。そして。
「何時でもお前は怯えているのだな。人を失う事に」
誰にも聞こえないように呟いた征士の瞳はとても、優しかった。
君に逢いたい ガラスのメトロポリス
風が今、途切れる
君に逢いたくて… 風が今、途切れる
「羽柴当麻。太閤関白の流れをくむ者だ」
「伊達征士。名将伊達政宗が一族だ」
…こうしてお前に出逢う為に、生まれてきた。