ガラスのキス

こうして手が、触れて。こうして指が、重なって。
そして伝わるぬくもりは暖かいのに。触れ合う指先は暖かいのに。
でも、どうしてだろうね。でも、どうしてなのかな。

――――ガラス越しに、触れ合っているみたいなのは……

ずっと一緒にいたかった。貴方とずっと一緒いたかった。
見ていたかったの。貴方の優しい笑顔を。ずっと見ていたかったの、貴方の全部を。
微笑う顔も、怒った顔も、哀しげな顔も、嬉しそうな顔も、全部。
全部、ずっと。ずっとね、あたし見ていきたかった。

ガラスの、キス。触れて、壊れるただひとつのキス。

抱きしめる腕は優しくて。優しすぎて、だから少しだけ苦しかった。抱きしめるその腕が優しければ優しいほど、あたしはこのぬくもりを離せなくなるから。
「…バーバラ…ありがとう……」
見上げれば優しい瞳があたしを見下ろしている。あたしの一番好きな貴方の瞳。ずっと、ずっとね、あたしこの瞳見つめていたかったよ。ずっと、見ていたかったよ。
「ここまでこれたのは君のおかげだ、ありがとう」
「…そんな事ないよ…あたしだけじゃない…皆の…仲間皆のおかげだよ」
微笑った。一生懸命に微笑った。貴方が好きだって言ってくれたから。あたしの笑顔が一番好きだって言ってくれたから。だからあたし、一生懸命に微笑った。貴方に喜んで、欲しかったから。
「でも君がこうして僕のそばにいてくれたから…誰よりも僕を支えてくれたから…だからありがとう、バーバラ」
「…イザ……」
好き。大好き。貴方が好き。貴方だけが、好き。どうしてこんなに好きなのかなんて、もう。もうどうでもいい。ただ好き。好きになりすぎて、気持ちが溢れて。溢れて、そしてそっと零れるの。いっぱい、こころから零れるの。
「好きだよ、君が。君だけが好きだ」
「あたしも、好き。イザだけが、好き。ずっと、ずっと、大好きだよ」
見つめあう、瞳。この瞬間がもしも永遠だったなら。このまま全てを閉じ込めて、止めてしまえたら。きっと。きっとあたしは、世界で一番しあわせな女の子なんだろう。

そばに、ね。ずっといたかった。
貴方のそばにいられればそれだけで。
あたし、それだけでしあわせだった。
貴方を見ていられれば、それだけで。
それだけで、嬉しくて。それだけで、満たされて。
大好きな人だから。誰よりも大好きな人だから。

――――だからずっと。ずっとそばにおいて欲しかった……

ねぇ、時よりも。時間よりも。もっと違うもので。
違うものであたしたちを結ぶものがあれば。
カタチじゃなく。ぬくもりじゃなく。もっと違うもので。
違うもので、あたしたちを結び付けてくるものがあれば。

きっと、淋しさも、切なさも、消えてなくなっちゃうのにね。

唇が、触れる。初めはそっと触れるだけだった唇も次第に熱いと息の交じり合う深いものへと変化する。薄く唇を開けば生き物のような舌が滑り込み、そのまま絡めあった。
「…んっ…ふぅ…ん……」
根元からきつく吸われ、腕の中の、バーバラの身体が震える。それを感じながら、抱きしめるイザの腕の力は強くなった。
「…んんっ…んんん……」
髪の後ろに手を入れて、掻き抱くように引き寄せる。深く口内を貪りながら、何度も何度も角度を変えて口付けた。そのたびにバーバラの睫毛が切なげに揺れて、それがひどくイザの瞳に綺麗に映った。
「…はぁっ…んっ……」
唇が痺れるほどに貪り開放された頃には、バーバラの細い足は小刻みに震えていた。唇が離れ長い吐息が零れて、そして銀の糸がふたりの唇を結ぶ。それをイザは指で掬い取ると、そのままバーバラの顎に伝う唾液を舌で丁寧に舐めた。
「…あっ…ん……」
ざらついた舌の感触がバーバラの白い顎を幾重にも辿る。その感触にまた、彼女の長い睫毛が震えた。それがひどく。ひどくイザの瞼の裏に残って消えなかった。
「―――このまま君を……」
見上げて来る潤んだ瞳にそっと。そっとイザは微笑った。バーバラの一番好きな顔で、微笑う。
その顔をずっと。ずっと、見つめていたかった。
「…うん…イザ…あたしを……」
髪を撫でる指先が、ひどく優しい。その感触を感じながらバーバラはそっと瞼を閉じた。そして。そしてひとつ息を飲み込んで、もう一度瞼を開いて。
「…貴方だけのものに…して……」
互いに望んだ唯一の言葉をそっと。そっと、吐き出した。

忘れないから。ずっと、ずっと忘れないから。
貴方が忘れても、あたしは忘れない。永遠に、忘れない。
貴方の指の形を。貴方の肌のぬくもりを。貴方の声を。貴方の仕草を。
全部、全部、憶えているから。あたしの全部で、憶えているから。
だから、刻み込んで。貴方の全部を、あたしに。あたしの身体に。

貴方の全てを…私の全てで、憶えていたいから。

二度と触れられなくても。二度と出逢えなくても。
二度と見つめられなくても。二度と声が聴けなくても。

全部、分かるように。貴方がいなくても分かるように。
あたしが目を閉じれば、全てが分かるように。貴方の、全てを。

――――貴方の全てを、あたしに刻んでください……

頬に当たるシーツの感触がひんやりと冷たく、それがひどくバーバラには心地よかった。けれどもその冷たさはほんの僅かな間だけで、すぐに身体は熱に侵されてゆく。
「…あっ……」
生まれたままの姿になって、ただ独り愛する人の前に晒されて。バーバラは羞恥に耐え切れずシーツに顔を埋めた。そんな彼女にイザは、ただひたすらにその杏色の柔らかい髪を撫でてやる。そっと、撫でてやる。
「バーバラ、好きだよ」
「…あ…んっ……」
髪を撫でていた手が何時しかバーバラの胸に触れた。まだ少女のままの胸は、膨らみは少なかったが、形よい胸だった。イザの手のひらにすっぽりと収まる小ぶりの胸を、そっと手で揉んだ。その途端ぴくんっと組み敷いた身体が跳ねる。
「…あぁっん…はっ…ぁっ……」
柔らかい外側の部分を手のひらで揉みながら、ピンク色の突起に指を這わした。ぷくりと立ち上がった胸の果実を指の腹で擦り、軽く摘んだ。それだけで敏感なソコは、じわりとバーバラの身体に快楽を与える。痛いような、くすぐったいような、けれどもそれとは微妙に違う感覚を。
「…あぁ…あんっ…イ…ザっ…ふぅっん……」
バーバラは耐え切れずに口許にあったシーツを噛んだ。そうして必死に声を堪えようとする。けれども触れてくるイザの指が、感じる個所に触れる指先が、シーツに唾液の染みを作りその些細な抵抗すらも無意味なものにさせた。
「…ふっ…く…んっ…はあっ……」
唾液でべっとりになったシーツをイザは外させると、そのまま正面にバーバラの顔を向けさせた。こうしてふたり、見つめあう格好になる。イザの優しい瞳に、バーバラだけが映っている。
「…イ…ザ……」
「声、堪えないで。僕は君の全部が、欲しいから」
濡れたバーバラの唇をそっとイザの指が辿り、そのまま中へと忍び込む。柔らかい粘膜に触れて、そしてたっぷりと指を濡らした。そして。
「―――あっ！！」
そして膝を割るとそのまま、まだ誰も触れたことのないバーバラの秘所に指を忍ばせた。
「…あぁっ…ひゃっ…んっ…あぁぁ……」
まだ乾いていた器官だったが、濡らした指のおかげで侵入は思ったよりもスムーズだった。第二関節まで指を埋めると、そのまま中をくちゃくちゃと掻き乱す。初めはきつく閉ざされていた花びらだったが、指の動きが次第に花びらを開かせた。
「…あぁっ…くふっ…くぅんっ……」
指先が唾液以外のモノで湿ってくる。じわりと濡れてくる感触が、イザの指をより深く進めさせた。彼女の一番感じる個所を探り当てると、その剥き出しになったクリトリスをぎゅっと指で摘む。その途端、まるで鮮魚のように身体がぴくんっ！と跳ねた。
「ひゃあんっ！！」
まるで電流が身体を走ったような感覚に、バーバラは悲鳴のような吐息を零す。口許から飲みきれない唾液が伝い、それが顎から自らの鎖骨にぽたりぽたりと流れてゆく。
「…ああんっ…あん…あんっ……」
耐え切れなくなったバーバラの手がきつく、シーツを握り締めた。そこは自らの唾液でべっとりと濡れていたが、もう彼女にはそれすらも分からなかった。ただ襲い掛かる未知の刺激に堪えるだけで。飲み込まれそうになる意識を、必死に堪えるだけで。
「―――バーバラ…好きだよ…君だけが、好きだよ」
「あああんっ！！」
かりりと爪を立てて、クリトリスを引っかいた。その刺激に耐え切れずにバーバラのソコからは大量の蜜がとろりと、零れた。

貴方の、匂い。貴方の、ぬくもり。
貴方の、熱さ。貴方の、激しさ。

全部、全部、あたしは、憶えていたいの。あたしの全部で、憶えていたいの。

好きだから。好きだから。
貴方だけが好きだから。
ただ独り、貴方だけ。貴方だけが。

――――イザ…あたし…ずっと…憶えてるよ…貴方だけ…憶えているから……

「あああああっ！！！！」

バーバラの細い腰を掴むと、一気にイザは侵入をした。その途端身体の奥深くで何かが破れる音が、した。
「…あああっ…ひぁぁっ…あっ……」
どろりと生暖かいものがバーバラの太ももを伝う。それが裂けた個所から零れる血だと気付いた時には、もう身体は快楽の波に飲まれていた。
「…ああ…あぁぁっ…ああんっ！」
苦痛に歪むバーバラの額にイザはひとつ唇を落とす。それは労わるように優しく、そして愛しさの全てが込められた熱いものだった。
「…バーバラ…好きだよ…バーバラ……」
髪を何度も撫でながら、イザは彼女の苦痛を少しでも和らげようと、その胸をそっと揉んだ敏感になった乳首はすぐに立ち上がり、痛いほどに張り詰める。ピンク色の突起を、紅く染めるほどに。
「…イザ…イザ…あたしも…あたしも…好き…大…好き……」
濡れた瞳が開かれて、イザだけを見つめる。痛みと快楽の交じり合った瞳で。その瞳で、ただ独りの相手を見つめる。
「…好き…好き…ずっと…好き…ずっと…ずっと…大好き……」
目尻から零れる涙が綺麗で。綺麗過ぎて、切なかった。哀しいほどに、綺麗なその涙。その雫をそっと。そっとイザは舌で舐め取った。ただひとつ綺麗な涙を。
「――――愛している…バーバラ……」
指を、絡めあった。そして見つめあって、もう一度。もう一度唇を重ねて。そして。そしてイザは激しく腰を揺すった。
「…ああ…あああっ…あん…あんっ！……」
伝わるように。こうして、想いが伝わるように。言葉よりももっと。もっと深い所で伝わるように。粘膜から伝わるように。擦れあう肉から、伝わるように。この熱さが、想いだと。激しいまでの想いだと、伝わるように。
「――――ああああああっ！！！！！」
バーバラが喉を仰け反らせて喘いだ瞬間、イザはその身体の中に熱い液体を注ぎ込んだ。

本当は、出逢えなかったあたしたち。本当は同じ位置に立てなかった、あたしたち。
でもこうして。こうして、出逢えた。こうして、触れあえた。
出逢えたことが、奇跡なら。想いが繋がったことは、もっと。もっと奇跡だね。

そうだよね、あたしたち。あたしたち、こうやって出逢えたことが何よりも。

「…イザ…あのね……」
さよならは、言わない。さよならは、言わない。
「何、バーバラ？」
だって言ってしまったら、本当にさよならだと気付いてしまうから。
「…キス…して……」
だから絶対にあたしはさよならは、言わない。

キスを、する。そっと、キスをする。
まるでガラス越しに口付けをしているように。
それでもあたしたちは、キスをしている。

ただそれだけが。それだけが、あたしたちの本当のこと、だから。