どんな夜も
どんな時間も、どんな夜もふたりなら。
ふたりならば越えられるとそう…思った。
―――何も知らない君に、僕が全てを教えてあげたい。
「僕はまだ君に聴いていない事がある」
唇が離れた後、ゆっくりとユーリルはクリフトに言った。普段帽子で隠れている髪がシーツに散らばり、それがひどくユーリルの瞳に綺麗に映った。
「…聴いていない事?…何ですか?ユーリル様……」
ユーリルはそっとクリフトの頬に手を添えて、その滑らかな皮膚を撫でた。柔らかく指先に馴染む感触に、ひどく満足感を覚えながら。そしてそのまま息を吹きかけるように耳元に囁く。
「―――君の気持ち」
「…ぼ、僕の気持ちなんて…何を今更…」
本当に今更だとクリフトは思う。こうしてともに過ごした夜はもう数え切れないほどになっているのに。こうやって肌を重ねて過ごした夜など。それなのに。それなのに今更、何を言い出すのだろうと思う。
「僕は鈍感だからね、ちゃんと言葉にしてくれないと…分からない」
口調は冗談交じりだったが、その瞳はひどく真剣だった。痛いほどに真剣な、その瞳。思えば初めは、この行為は一方的なものだった。一方的にその腕に翻弄され…そして溺れていった自分。心の中に姫様の存在がまだ残っていたから。まだ大切な想いとして。
――――けれども今は違うとはっきり…言えるから……
大切な人だった。護るべき人だった。
けれども今は。今はこうしてこの腕に護られる事が。
こうして抱きしめられる事の方が、自分にとって。
自分にとってかけがえのものになっている。
護る事しか知らなかった自分に、護られる事を教えてくれたこの腕が、何よりも大切だから。
「…き、です…ユーリル様……」
今は言える、迷う事無く。迷う事無く貴方に。
「うん、好きだよ。僕も好きだよ」
この気持ちを、貴方だけに…僕は……。
「――――好きです…ユーリル様……」
僕はこの先ずっと。ずっと貴方だけにこの想いを告げるから。
「…あっ…んっ……」
角度を変えて何度も何度もその唇を塞ぐ。そのたびに飲みきれなくなった唾液がクリフトの口許を伝った。つううと、唾液が零れても互いに唇を貪るのを止めなかった。
「…んっ…ふぅっ…ん……」
まるで互いの全てを奪おうかと思う程に激しく口内を貪る。舌を深く絡めあい、息が出来なくなる程、抱きしめて。
その間も不埒なユーリルの指先は、クリフトの感じやすい部分を攻め立てた。そのたびごとに、腕の中の身体がぴくんぴくんっと跳ねる。
「…あぁっ……」
唾液の線がふたりを結びながら唇が名残惜しそうに離れてゆく。口許を伝う濡れた筋をユーリルは舌で掬いながら、指先で胸の突起を捕らえた。ぎゅっと力を込めて摘んでやれば、それはたちまちに痛い程張りつめる。それを確認しながらユーリルは煽るように、爪を立て、指の腹で転がした。
「…あん…ぁぁ…」
じわりと這い上がる快楽にクリフトの身体が小刻みに揺れる。ぎゅっとシーツを掴みその刺激に耐えようとするが、ユーリルの舌が胸の果実を捕らえた瞬間にはもう。もう声を噛み殺す事すら、出来ない程になっていた。
「…んっ…ぁぁ…あっ……」
尖った舌が執拗にクリフトを攻め立てる。ユーリルの愛撫は巧みで、そして丁寧だった。自分を狂わせるなど容易い程に。
「…愛しているよ…クリフト……」
幾度も降り積もるユーリルの囁きに、クリフトの意識は溺れゆく。溺れて、流されて、何も彼も分からなくなる程に。
「ああっ!」
ユーリルの指がクリフト自身を捕らえる。そこは既に先程の愛撫によって微妙に形を変えていた。それを不埒な指が形を象るようになぞってゆく。
「…あぁ…ぁぁ…んっ…」
先端を抉るように爪を立てれば、クリフトの身体が魚のようにぴくりと、跳ねた。その反応すらユーリルには愛しいものだった。大切な存在だった。
「…ユーリル様…あっ…ああんっ!」
指の愛撫が解かれたと思った瞬間、ソレは生暖かいものに包み込まれていた。それがユーリルの口の中だと気付くには、先端の割れ目を尖った舌がちゅぷりと舐めた瞬間だった。
「…くぅん…あっ…あぁ……」
耐えきれずにクリフトは、ユーリルの細かい碧糸の髪に指を絡める。その手触りはクリフトが最も好きなものだった。最も好きな…指に馴染む感触だった。
「…うっ…あ……」
ユーリルの口の中で、ソレは先端からは甘い雫を滴らせていた。もう限界が来ている事を、告げている。それを感じとって、ユーリルは唇を一端離した。
「…ユーリル…様?……」
イキそうな所を寸前で止められて、クリフトは押し寄せる波に耐えながら、やっとの事で唯一の人の名を紡ぎ出す。その声はどこか快楽に濡れていた。その瞳は夜に濡れていた。
「―――イク時は、一緒だよ」
そんなクリフトを宥めるように、ユーリルは汗に張り付いた前髪をそっと撫でてやりながら、そう言った。その言葉にクリフトは。
喘ぎのせいで答えられない口の代わりに、力の限りその背中に抱きついた。
どんな時も、どんな瞬間も。
どんな夜も、一緒に。君と一緒に。
過ごしてゆければ乗り越えられる。
「――――ああっ!!」
浸入した楔にクリフトは耐えきれずに、悲鳴に似た声を上げる。しかしそれは最初だけで、最後には何も考えられない程の快楽が襲ってくるのを…この身体は知っていた。
「…あっ…ああ…あぁんっ…」
ユーリルは彼を傷つけないようにと、ゆっくりとクリフトを手に入れていく。媚肉を掻き分け、楔が侵入をする。そこは眩暈を起こしそうな程、熱くて。蕩けるほどに、熱くて。
「…あ…んっ…ああ…あ……」
「…クリフト……」
根元まで銜え込んでから、ゆっくりとユーリルは腰を動かし始める。そのたびに、背中に廻された腕の力が強くなって。きつく、なって。
「…あっ…あぁぁ…ユーリル…様っ…あぁ…」
「…クリフト、愛しているよ……」
何も、考えられなくなる。何も、分からなくなる。聴こえてくるのはお互いの心の音だけで。こころの音、だけで。
もう何も分からない。何も、分からなくていい。こうやって『ふたり』を感じるだけで。感じるだけで、いいから。
「…ユーリル…様…ユーリル様…」
「…クリフト…クリフト……」
ただそれだけが唯一の手段とでも言うように、お互いの名前を呼び合う。本当にそれしか縋るものがないように。それ以外何も、ないとでも言うように。
「…あああっ…ああああっ!!」
そして、鼓動がひとつに溶け合って。溶けてぐちゃぐちゃになって。何もかもが交じり合った瞬間、互いの想いを吐き出した。
越えられる、から。越えられるから。
不安で眠れない夜も、恐怖に怯える夜も。
ふたりでなら。ふたりでなら。
――――どんな瞬間だって、ふたりだったなら……
「…これで分かりましたか?…私の気持ちは……」
欲望は吐き出したけど身体は繋ぎ合わせたままだった。
「―――うん、分かったよ。いっぱい、いっぱい」
離れたくないから。今は、離れたくないから。
「…君の気持ち……」
大好きだから、離れたくない。
――――どんな夜でも二人ならば、越えられるから……
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