名前
名前はただの記号でしかなかった。
少なくとも今までの私にとって、記号でしかなかった。
他者と区別するためだけのもの。ただそれだけのもの。
そしてそれすらも、エルフの私には与えられなかった。
名前すらも与えられない、ちっぽけな存在。
何の為に生まれてきたんだろう?何の為に存在しているんだろう?
私だってこうやって生きているのに。命あるものなのに、どうして。
どうして、こんな風に傷つけられなければいけないのかな?
…私何も…悪いこと…していないのにな……
何時も怯えていた。人間が私を傷つけるから。怖くて何時も。何時も逃げていた。傷つけてそして。そして私に涙を流させる為に目的も手段も選ばなくて。選ばすに私を。私を傷つけるから。
私ね、ただ。ただ綺麗な緑の森を歩きたかっただけなの。
鳥のさえずりを傍で聴きたかっただけなの。私、ね。
綺麗な空の色を、近くで見ていたかっただけなの。
ただそれだけの小さな願いも、叶えられないのかな?
『…ロザリー……』
ただひとつ、私を呼ぶ声が。
『生きろ、次に私に会うまで』
ただひとつ、貴方が付けてくれた名前が。
『生きるんだ、エルフの娘』
その名前だけが、今。今ただひとつだけ。
ただひとつだけ、私のこころにそっと降り積るもの。
記号でしかなかった言葉が。シルシでしかなかった言葉が。
今この瞬間に。貴方の口から『名前』として零れた瞬間に。
それは大切な意味を持つものになる。ただひとつのものになる。
私にとって大切な、大切な言葉に、なる。
「…ピサロ…様……」
いっぱい、いっぱい、傷つけられてきたけど。
身体中には消えない傷がいっぱいあるけど。けれども。
けれどもその痛みよりも。痛みよりも、私は。
…私は貴方にだ逢えた事が…何よりも嬉しくて……
貴方は笑いますか?子供だって、笑いますか?
でも嬉しいんです。あれだけ酷い目にあいながらも。
それでもそのお陰でこうして。こうして貴方に。
貴方に出逢えた事が私にとって、何よりも。
何よりも、嬉しいんです。ピサロ様。私。
…私、貴方に出逢えて…しあわせなんです……
ちっぽけな命でした。虫けらみたいに曝されている命でした。
どうして私は生まれてきたのか、どうしてこんな風に生まれてきたのか。
それを恨むことしか出来ないちっぽけな存在でした。でも。でも、貴方が。
貴方が私を見つけだしてくれて、そして手を差し伸べてくれたから。
ピサロ様。ピサロ、様。大好きです。
貴方が何よりも、誰よりも大好きです。
私は知っているから。私は、知っているから。
貴方の手がどんなに暖かく、どんなに優しいか。
他の誰が知らなくても、私は。私だけは。
だからピサロ様、もう一度私の名前を、呼んでください。
何時もの優しい笑顔で、何時もの優しい声で。
呼んでください、ロザリーって。
それだけが私の望み。それだけが私の願い。
もう一度、貴方に逢いたいから。
だから、私頑張って生きてきます。頑張って生きます。
こんなちっぽけな命だって。生きる権利はあるのだから。
生きたいと言う想いも、生きると言う願いも、全て。
全ての命あるものに、平等に与えられているものだから。
だからもう一度、私の名前を呼んでください。
貴方が付けてくれた名前。貴方だけが付けてくれた名前。
意味のある言葉。ただひとつ、私にとって意味のある言葉。
それが文字の羅列でしかなくても、ただの記号でしかなくても。
それでも大事な。ただひとつ大事な、私の『名前』だから。
――――貴方が付けてくれた、ただひとつの『名前』だから……
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