waltz



――――私の声は、貴方に届くのでしょうか?


今私は、とてもとても静かな場所にいます。
ここはとても静かで、真っ白な場所。
天使の羽だけがふわりと舞って、そして。
そしてそっと零れて来る、そんな場所です。

そこに私は独り立って、ずっと貴方を見ていました。

貴方の心の声を、ずっと聴いていました。
ただひとつの声を、ずっと。ずっとずっと。



『…ロザリー……』



ピサロ様。ピサロ様。私、貴方に何もしてあげることが出来なかった。
貴方に護られてばかりで、ただ貴方に護られるばかりで、何も。何も出来なかった。
貴方の優しさを、貴方の綺麗な心を何よりも知っているはずなのに。
何よりも私が一番そばで見つめてきたはずなのに。
それなのに私は…私は何も、何も出来なかった。出来なかった、貴方のために。


優しい、ひと。こころの綺麗な、ひと。誰よりも純粋な、ひと。私は知っているのに。こんなにも知っているのに。どうして。どうして、貴方のこころを護ることが出来なかったの?



『ロザリー、お前は私が護る』
私も貴方を護りたいです。この手は華奢で、身体はちっぽけだけど。
『私がどんな事をしても護る…それが、私の生きる意味。私の誇り』
それでも私は貴方を護りたかったのです。強くて弱い貴方を。
『―――愛している、ロザリー』
私の全てで、貴方を護りたかったのです。



何時も貴方は独りだったから。誰の力も借りずに、誰の手も借りずに、独りで。
信じるものは己だけだとでも言うように、貴方は自らの力のみで生きてきた。だから。
だから私はそんな貴方に、伝えたかった。独りではないと。私がいると。
私はずっと。ずっと貴方のそばにいると、そう。そう伝えたかった。

…そうすれば貴方のこころの淋しさも、消えるって思ったから……


ねえ、ピサロ様。私は何も欲しくはなかったのです。
貴方が手に入れようとした世界。貴方が作り出そうとした世界。
それよりも私は。私は貴方のそばにいたかった。
何も欲しくないから、何もいらないから、そばにいて欲しかった。
例え私を人間達が欲の為に、傷つける世界であろうとも。
私は貴方がいてくれれば、それだけでしあわせだった。


私はいやな女です。私は、本当はいやな女なのです。


貴方があれだけ自らを削ってまでも作り上げようとした世界よりも。
それよりも私は。私は貴方がそばにいる事の方が大事だった。
貴方が作る大きな世界よりも、二人でいられるちっぽけな日常が欲しかった。
貴方がただそこにいて、微笑ってくれるそんな日々が。


…ピサロ様…ピサロ様…もう私の声は届かないのでしょうか?


異形の姿に身を変え、そして。そして違うものへと新化しようとする貴方。
貴方以外の『モノ』になろうとする貴方。
どうして?どうして、自分自身以外のものになるなんて本当は、出来はしないのに。
それなのに貴方は、どうして。どうして違うものになろうとするの?


…ピサロ様は、ピサロ様以外のものに…決してなれはしないのに……



「…ピサロ様…」
声は届かない。ここからは、届かない。それでも。
「…ピサロ様、ピサロ様……」
それでも呼ばずにはいられない名前。告げずにいられないもの。
「…ピサロ…様……」
声が届いたならばいいのに。この声が届いたならば、そうしたら。


―――そうしたら私…貴方を抱きしめ、壊れた心を護るのに……


何も欲しくはなかった。貴方がいればそれでよかった。
王などにならずとも、魔王になどならずとも。ただ。ただふたり。
ふたりでいられればそれで。それだけで、よかった。


どうして歯車は狂い、どうして世界は破滅へと向かうの?


ただ、ただ望んだことは。私達が望んだことは変わらなかったはず。
変わらなかったはずなのに。どうしてこんな事になってしまったのか。
私はただ貴方のそばにいたかった。貴方はただ私が傷つかない世界を作りたかった。
初めはそんな願いだった。そんな、想いだったのに。


――――ただそれだけだったのに……



「…ピサロ様……」
羽が降ってくる。無数の白い羽が。
「…愛しています……」
白い羽がそっと降ってくる。静かなこの場所に。
「…ロザリーはずっと…どんなになっても……」
ただそっと。そっと、降ってくる。ふって、くる。


何時しか私の身体が羽に包まれ、何もかもが真っ白になってゆく。
それでも私は声にする、届かなくても。唇に零す、聴こえなくても。




―――ピサロ様…と。




ただひとり、貴方の名前、だけを。



 

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