何時もその背中だけを追い続けていた。全てを護ろうとする広く強い背中。子供だった僕にはその背中の大きさはただひたすら。ひたすら憧れで目標だった。
けれども何時しか背丈が伸び、貴方と視線が同じ高さになった時、その背中は僕には違うものに見えるようになっていた。あれほど大きく広く見えた背中が、今は違うものに見える。
全てを護ろうとする強さは、何時でも自分をなくしても構わないのだと。自分に対する危険や死に対するものに、貴方は何よりも無防備だった。他人を…王子を護るために発揮される力は、貴方自身を護る事に関しては何一つ与えられる事がなかった。
貴方は護るばかりで、自分を護ろうとはしなかった。誰も貴方を護ろうとはしなかった。
貴方はそれを決して望まない。自分の為に誰かが何をする事を、望まない。まるで死に急ぐように戦い続け、そして自分が護るべきものを護れればいいと。その為に自分自身を犠牲にするのは当然だと言うように。それが当たり前だと言うように。
その背中はただ哀しかった。だから護りたいと思った。誰も護らないのなら僕が。僕が貴方を護りたいと。そう思うようになった時、僕には今までと違う感情が貴方に対して芽生えるようになっていた。
そしてそれを。それを止める術すら知らないままに、思いは何時しか戻れない場所まで来ていた。
見開かれた蒼い瞳が、哀しいくらいに綺麗だった。ずっと閉じ込めて置けるならば、閉じ込めてしまいたいと願った。このまま貴方を閉じ込めてしまえたらと。
「――――クレイン…何を……」
やっと出た貴方の言葉は何処か声が掠れていた。それでもやっと。やっと貴方は『生身』の反応を僕に返してくれた。やっと僕に、それを見せてくれた。
「何をってこの状況下で分からない貴方でもないでしょう?」
冷たい床に押し倒し、そのまま両腕を拘束した。普段の貴方なら僕など簡単にねじ伏せられるけれど、でも今の貴方は…抜け殻のような貴方は簡単に僕の身体の下に組み敷かれた。
「王子を失って貴方は抜け殻同然だ。それはどうしてか…一部の下世話な輩は噂をしていますよ」
僕の言葉に貴方の身体がびくんっと震えた。けれども抵抗はされなかった。ただ僕の言葉を聴くだけで。僕の顔を見つめるだけで。
本当は抵抗して欲しかった。力の限り暴れて違うんだと、否定して欲しかった。全部否定して、欲しかったのに。
「それは貴方が王子と…こうしていたからでしょう?」
「―――っ!」
わざと音を立てながら服を引き裂いた。乱暴に引き裂いて噛み付くように口付ける。その時になってやっと。やっと思い出したように貴方の顔が僕を引き剥がそうと背けられる。けれども顎を掴み無理矢理口を開かせ、僕はその口内を舌で蹂躙した。わざと、乱暴に…蹂躙した。
抵抗して欲しかったから。どんな感情であろうとも貴方から呼び戻したかったから。
わざと乱暴にその肌に触れた。イカせる為の愛撫じゃない。恐怖を与えるための愛撫をした。けれども貴方はろくな抵抗をしなかった。本当の貴方なら簡単に僕を突き飛ばせるはずなのに。
「…やめっ…クレインっ…んっ……」
口では否定の言葉を述べても、抵抗は弱々しいものだった。それが苦しかった。苦しくて、そして哀しかった。それが、何よりも。
愛した人だった。本当にただ一人だけ。僕がずっと想っていたひと。けれども貴方の心は王子にしかなかった。貴方はずっと王子の騎士だった。
だから僕は追い掛ける事しか出来なくて、ずっとそれしか出来なくて。貴方の後を追い続ける事しか。ずっと、それだけしか出来なかった。
「止めろと言うならもっと抵抗したらどうですか?それを貴方なら出来るはずだ」
そんな貴方に知らされた受け入れられない事実。王子が、暗殺されたという事。それが貴方を追い詰めた。それが貴方を壊した。あの日以来毎日王子の棺に跪き、公務にも姿を現さなくなった。まるで死人のように白い顔で部屋に閉じこもるだけの日々。現実から目を背け、酒に溺れる日々。そんな貴方を。そんな貴方を、僕は救いたかった。
どんな悪者になろうとも、どんなに貴方に恨まれようとも…永遠に僕が貴方にとっての傷になっても。それでも僕は貴方を…救いたかったから。
「抵抗してください。そうでなければ…貴方じゃないっ!」
僕を突き飛ばして。そして僕を拒んで。そうでないと僕はこのまま。このまま貴方を抱いてしまう。貴方を犯してしまう。だって僕は自分を止める事が出来ない。止める事が、出来ない。
「…抵抗しなければ…このまま私は…貴方を犯しますよ…王子のように…貴方を抱きますよ」
貴方を愛しているから。ずっと貴方が欲しかったから。貴方を王子から奪いたくて。ずっとずっと貴方を僕だけのものにしたくて。それが今こうして。こうして手を伸ばせば届く所にある。
「――――」
僕の言葉に貴方は何も答えなかった。答えずに蒼い瞳を僕に向けるだけで。向けるだけで。そして。そしてひとつ貴方は微笑った。それは貴方の無意識の、笑みだった。次の瞬間自分でもどうして笑ったのか分からないと。分からないという表情をした。そんな貴方の表情がもう僕にはどうしていいのか分からなくて、分からなくなって……。
部屋中に悲鳴のような声が、響いた。
ろくさま濡らしもせずに、愛撫も与えずに。
僕は自らの欲望で貴方を貫いた。
乾いたままの器官に欲望を捻じ込んだ。
どろりとした液体が、太腿に流れてくる。
真っ赤な血が、繋がった個所から溢れてくる。
それでももう。もう僕は止められなかった。
貴方の腰を掴み乱暴に揺さぶって、そして。
そして一方的に欲望を吐き出した。それは。
それはただの『暴力』でしかなかった。
「…どうして…どうして…抵抗しないのですか?……」
一方的な暴力。そこに愛なんてない。何もない。こんなに酷い事をしたのにも、貴方は僕を突き飛ばさない。僕を、拒否しない。苦痛で顔が歪んだが、口から悲鳴のような喘ぎが零れたが、それだけだった。それだけ、だった。貴方にとってこれは暴力でしかないのに。それなのに。
「…どうして?……」
ぽたりと貴方の頬に僕の涙が零れた。何の為に零した涙なのか、もう僕には分からなかった。貴方が抵抗しなかった事なのか、それとも貴方を穢してしまった事なのか、それとももっと別の理由なのか。それすらも、もう僕には何も分からなくなっていた。
「…私を…拒否しないのですか?…どうして拒まないのですか?……」
ぽたり、ぽたりと。貴方の裸の胸に僕の涙が落ちてゆく。それが肌を伝い床に零れた。僕が加害者で貴方が被害者なのに。それなのに泣くのは僕ばかりで。ただ貴方はそんな僕を見つめるだけだった。そして。
「――――手を…解いてくれ…クレイン……」
そしてやっとの事で告げた貴方の言葉に、僕は拘束していた手を解く事しか出来なかった。
拒めば拒めるはずだ。僕を拒めたはずなんだ。
「…お前の泣き顔は…子供の頃と変わらないな……」
こうして手を解いても貴方は僕を突き飛ばさない。
「…変わらないのだな…そういう所は……」
それどころかその手が僕の頬に触れて。触れて、そっと。
――――そっと、ぼくのなみだを…ぬぐう……
「……き、なんです……」
ずっと貴方だけが。貴方だけが。
「…好きなんです…ずっと…ずっと私は……」
貴方だけが好きだった。貴方だけを愛していた。
「…貴方だけを…私は…ずっと……」
貴方だけを追いかけ、貴方だけを見つめ。
「…愛しています…パーシバル…将軍……」
それが僕の全て。僕の全てだった。
憧れだけで、憧憬だけで終われれば、何も。何もなかったのに。何も傷つく事などなかったのに。
それでも僕は貴方を求めずにはいられなかった。貴方を愛さずにはいられなかった。こんなにも貴方だけが、僕を突き動かし、そして僕の全てになる。貴方だけが、僕の全て。
「…駄目だ…クレイン…それ以上は言わないでくれ…お願いだ…言うな……」
そう言って貴方は。貴方は泣きそうな顔で僕に告げて。僕に告げて、唇を塞いだ。それは苦しいほどに切ない口付けだった。瞼が震える程に苦しい苦しい口付けだった。その時確かに貴方のこころを取り戻し、ここに呼び戻した。そしてそれと同時に。同時に僕は。僕は貴方にまた別の傷を作ったのだ。それはただひたすらに甘美で、そして苦しい傷だった。苦し過ぎてどうにもならない、どうにも出来ない傷だった。