秘密の花園



気付いた時には両腕と脚を拘束されていた。盗賊という職業柄こういった事は、得意なのだろう。力任せでは解く事は出来ずに、かと言ってきつく縛られている訳でもない。複雑に絡ませて、解けないようにしていた。
「――――っ……」
目覚めた瞬間に頭がくらりと、した。意識が何処か白み掛かっていてぼんやりとしている。身体を起こそうにも両手は頭上に掲げられ、両脚はそれぞれベッドの淵に括り付けられた縄で拘束されている。動かす事が出来ずだぼんやりとしている視界で、廻りを見渡した。見渡して、そして。そしてゆっくりと自分を見下ろす相手に声を掛けた。


「どうしてこんな事をした?」


真っ直ぐに自分を見上げる蒼い瞳をチャドは見下ろしながら、その髪に触れてみた。思ったよりもずっと細い髪だった。ひどく指に馴染むさらさらの細い髪。その感触を指先で確かめながら、あの時の場面を脳裏に蘇らせる。こんな風にあの人も、こうやって髪に触れていたのだと。
「―――答えないのか?」
何度も髪に触れる自分に告げる声は、ひどく冷静だった。こんな状況にしても顔色一つ変えない。何時も軍で見せている彼の顔だった。無表情で感情の欠片も見えない、ただ『怖い』としか印象を与えない大人の顔。でも。
「…あんたを…ヤリたかった…そんだけだ……」
でもあの人の腕の中では。あのひとの前では。その瞳が潤み肌を火照らせ、そして甘い声を零していた。そう、あの人の腕の中では。
「…お前…っ!……」
何かを反論される前にその唇を塞いだ。他人にキスなんてしたことなかった。自分からはした事は、なかった。よくふざけてルゥが自分にしてきたけれど…自分からはこんな事をしたのは初めてだった。
「…んっ…止めっ……」
初めてだったから上手く出来なかった。けれども夢中になって唇を吸った。唇を吸って顎に手を掛けてそのまま口を開かせ、そして舌を中へと忍ばせる。それは想像していたよりも、ずっと。ずっと息苦しく、けれども甘美なものだった。触れるだけのキスとは全然違う深いものが、身体の中から沸き上がってくる。じわりと、脳みそを犯してゆく。
「…んんっ…んっ……」
頭がくらくらする。それが何なのかはチャドには分からなかった。けれども動かす舌の動きは止められなかった。夢中になってその舌に自らのそれを絡ませ、にゅちゃにゅちゃと濡れた音を響かせる。
「…はぁっ…あっ……」
息が出来なくなるほど激しく吸って、やっとの事で唇を解放した。その頃には相手の頬は上気し、そして自分もまともに息が出来ずに整えるのがやっとだった。
「…止めろ…今なら間に合う…この縄を外すんだ」
息は乱れていたけれど表情はあのままだった。何時もの表情のない顔。けれども今はそれを怖いとは思わない。思わなかった。ただ今は。今はその顔を、その表情を。
「外さない。あんたを抱くんだ…俺は……」
「…あっ…止めっ…」
その表情を崩したいと思った。あの時の顔が見たいと思った。あの時の、顔。あの人に抱かれて乱れたあの表情を、自分は。自分は見たいと思った。
強引に前を肌蹴させると、そのまま首筋に顔を埋めた。微かに薫りがした。本当に、微かな薫り。それは何処か甘く、そして禁断の味がした。その薫りのする首筋をきつく吸い上げながら、胸の突起に指を這わす。女の胸とは違う硬い胸だった。鍛え上げられた胸だった。けれどもそれを女にするように嬲ってやれば、その身体はぴくんっと跳ねた。
「…あぁっ…あ……」
指できつく突起を摘んだ。その瞬間身体は強く跳ね、そして唇からは堪えきれない甘い声が零れる。普段からは想像出来ない、甘い声が。
「…止め…はぁっ…あ……」
そして乱れてゆく表情。唇を噛み締め堪えようとしても、感じる個所を攻め立てれば口からは堪えきれない喘ぎが零れる。それが何よりもチャドを興奮させた。あれだけ強く無表情で怖いとすら思えた存在が、今。今自分の手によって乱され、喘いでいるという事が。
「あんた、ココ弱いんだな」
「…止めろっ…あぁっ…!…」
胸の先端に爪を立てれば、耐えきれずに結んでいた唇が解かれた。痛い程に張り詰めた突起は、紅く熟れ触れるだけで強い刺激を感じる程に。
「…はぁっ…あぁ…駄目だ…こんな事は……」
唯一自由になる首を左右に振りながら、喘ぎを堪えながら告げる言葉に。その言葉に、チャドは笑った。泣きそうな顔で、笑った。


何時も大人は偽善者か、嘘吐きだけだ。
イイ顔をしながら、子供を玩具に甘い蜜を吸う。
優しい言葉を掛けながら、平気で裏切る。
それが大人だった。自分が知っている大人だった。

けれどもあのひとは、違ったから。違ったから。

抱き上げられた時、いい匂いがした。甘い匂いが、した。
それはルゥがくれるお菓子の匂いよりも、もっと。
もっと自分には甘く感じられて。感じ、られて。
そして綺麗な顔で微笑ってくれた。優しい顔で微笑ってくれた。


『―――駄目だ…クレイン…こんな所で……』
森に独りで探索に言った時、俺が見たものはあの人があんたを抱いている場面だった。その身体を抱いている場面だった。
『私は見られても構いません…そうすれば貴方が私だけのものだって、見せつけられるから』
普段無表情なあんたが息を乱しあの人の背中にしがみ付きながら名前を呼んで。そしてあの人もひどく綺麗な顔であんたを見つめて。そう、その顔は見た事のない顔。
『…クレイン…私は……』
『愛しています、将軍…何時も告げているけれど…貴方からは言えないから…』
男と女のセックスは知識として知っていたけれど、男同士で出来るとは俺は知らなかった。普段の目的と違う器官にあの人のソレが挿っていって、そして。そして腰を揺さぶるたびにあんたの口から悲鳴のような声が零れて。
それを見ていたら俺は。俺はひどくおかしな気持ちになって。おかしな気持ちになって、耐えきれずにその場を駆け出した。


縛ったまま脚を広げさせチャドはその器官を見下ろした。ひくひくと蠢くその器官が女のように男のソレを飲み込むのだ。
「…くっ…ふっ……」
恐る恐る指を入れてみるとソコはきつく異物を締め付けた。その抵抗を遮るように中で指を曲げ押し広げる。そのたびに腰が揺れ、淫らに息が解かれた。
「…はぁっ…あぁ…んっ……」
くちゅくちゅと音がする。それがひどく耳にこびり付いて離れなかった。指を中で掻き乱すたびに、動きに合わせるように腰が揺れる。それは無意識の行為だったが、快楽に慣らされた身体は止められなかった。
「―――本当にこんな所に…入るのかよ……」
思わず呟いた本音にパーシバルは濡れた視界のまま目を開いた。蒼く深い色をした瞳が、チャドの前に現れる。綺麗な瞳だと、今この瞬間初めて思った。綺麗な色だと、そう思った。
「…止める…んだ…こんな事は…お前が知る必要がない……」
男同士のセックスなど健全な成長の過程では必要ない。自分のように歪められる必要は何処にもないのだ。自分のように穢れる事など、何処にもないのだ。
「嫌だ、俺は知りたい…あの人のしている事を…知りたい……」
その言葉にパーシバルは一瞬。ほんの一瞬驚いたように瞳を見開いて、チャドを見つめた。それは本当に瞬きをするほどの瞬間でしかなかったけれど、チャドは見てしまった。見て、しまった。彼のその表情を。
それは快楽に溺れた顔よりも、ずっと。ずっと自分の脳裏から消えない表情だった。
「…お前…まさか……」
その言葉の先を告げられるのがひどく。ひどく嫌で。嫌だったから、チャドはそのまま自身を取り出し、一気にパーシバルを貫いた。


独りになってもあの場面は消えなかった。消える事がなかった。
狭い器官にあんな太くて硬いモノが、貫かれている。貫かれている。
それが抜き差しを繰り返すたびに唇から悲鳴のような声が零れて。
そして。そして背中に廻していた爪がばりばりと音を立てながら。
立てながら溢れる血とともに、白い背中を汚してゆく。
それを思い出しながら自分は、手を伸ばしていた。
何時しか硬くなっていた自身に手を伸ばしていた。そして。
そしてそれを頭に浮かべながら、自身を指で擦り、そのまま果てた。
手のひらに白濁した液体を零しながら、身体を震わせた。


そこは狭く、きつかった。強引に捻じ込んだ自身がきつく締め付けられる。その痛みに一瞬眉を潜めたが、次に訪れたのは激しいまでの快楽だった。脳天まで突き抜けるような、激しい熱が下半身に集中する。それは自分の指で果てる刺激とは、比べ物にならない激しさだった。
「―――あああっ…あぁっ……」
ぎゅっと締め付けられるだけで、チャドはその中に欲望を吐き出してしまった。けれども一度果てても、熱は全然収まる事はなかった。再び蠢く内部に締め付けられて、あっという間に自身の硬度が回復する。それは痛い程にどくどくと脈を打ち、硬くなっていった。
「…やぁっ…あぁぁっ……」
ぐいっと腰を動かしてみた。そうする事で肉の抵抗感が増す。それがどうしようもない程に気持ち良かった。気持ち、イイ。それは味わった事のない甘く激しい熱だった。
「…駄目だ…こんなっ…事…あぁぁ……」
腰を振った。夢中になって振った。そのたびに巡ってくる熱が、チャドの自我を飛ばした。気持ちイイ。ただ気持ち良かった。どうにもならないほどに。
「…すげー…狭い…俺…くっ……」
「あああっ!!」
どくどくと音がする。流し込む精液の音が、ひどくリアルにチャドの耳に響いた。その開放感に身体を震わせながら、チャドは激しい熱に溺れた。


同じ事を、している。あのひとと、同じ事を。
あのひとのようにこの身体を、抱いて。あのひとのように。
あのひとのように、この身体に欲望を吐き出した。

あのひとのように。あのひとと、同じ事を。同じ事を、今している。


それはチャドに今までにない満足感を与え、そしてそれ以上の激しい虚脱感を与えた。満たされた後に訪れたどうにもならない寂寥感と虚しさが、チャドの身体を震わせる。けれども、もう戻れなかった。戻る事は出来なかった。
一度零れた水が元には戻らないように、何も知らない自分には、もう戻れなかった。