大事だという想い。大切だという想い。初めはただ純粋にそれだけだった。私の背丈の半分しかない、小さな金色の天使。無邪気に笑い、大きな瞳で私を見上げてくる。それはひどく私の心を安らげるものだった。
王子に全てを捧げると決めた私には、安らぎや癒しは必要のないものだった。ただ王子のためだけに生きる、それ以外のものが見えなかったから。
けれどもそんな私にすらも、お前の笑顔は心安らぐものだった。無意識に口許を笑わせるものだった。自分でも驚くほどに、暖かい気持ちにさせるものだった。
幼い頃から知っている少年は、何時しか男の目で私を見ていた。
腕を拘束され、押し倒された瞬間。私は何故か怖いとは思わなかった。自分がこれから何をされるのか分かっていながら、見下ろす紫色の瞳を怖いとは思わなかった。
強引に口付けられ服を破かれる。それは乱暴とも言える動作だった。わざと乱暴に私を扱い、そして追いたててゆく。優しさの欠片もない、ただ欲望を満たすためだけの愛撫。
けれども、分かった。けれども気が付いた。お前がそれを『わざ』とやっている事に。わざと乱暴に私を扱っている事に。
そうでなければお前はそんな顔をしない。そんな表情を、しない。追い詰められたそんな顔を。
「…クレ…インっ……」
口では否定の言葉を告げても、私は抵抗できなかった。私が本気になれば今のお前を振り解く事は出来る。出来るのに、突き放せない。突き放せなかった。
伝わるものがそこにはあった。伝わってくるものが。痛い程に伝わってくるものが。
何時しか気付いていた。何処かで、気付いていた。お前の私を見つめる瞳の意味が、変化した事を。変わっていった事を。それでも私は答える事は出来ずに、かと言ってそれを拒否する事も出来なかった。
受け入れられる訳はない、私は王子だけのものだから。けれどもその想いとは別の場所で、残酷だと気付きながらその瞳を…願っている自分がいた。
無意識に、本当に無意識に私はお前を視界に追っていた。自分でも気付かない間に。王子だけに集中しなければいけないと思いながらも、ふとした瞬間に。ふと、こころが空洞になった瞬間に。
――――何時も気付けばお前を…探していた……。
それがどうしてだとか、それが何故だとか。本当は考えなければいけないものを、わざと胸の奥に閉じ込めた。閉じ込めずには、いられなかった。それに気付いてしまったら、私はもう二度と。二度と戻る事が出来ないような気がして。私は今いる場所に、戻れないような気がして。
だから目を閉じ、だから耳を塞ぎ。そしてその想いを必死に閉じ込めた。必死に心の奥へへと。
「…止め…クレインっ……」
抵抗しなければいけない。本当はこの腕を振り解かなければいけない。そうしなければ、いけない。例え王子が死んでも、私は永遠に王子の騎士だから。王子だけの騎士、だから。だからこの手を振り解き、そしてこの身体を突き放さなければいけない。いけない、のに。
抵抗出来ない。お前を抗えない。こんなに。
こんなにも私は。私はお前を。お前、を。
駄目だ。駄目だ、これ以上は。これ以上は私は。
私は気付いてはいけない。気付いてはいけないんだ。
それでも塞がれる唇が。乱暴に触れる指先が。そこに愛なんて見出せないのに。見出せないのに、この身体は。この身体は、感じていた。痛みしか恐怖しか与えない愛撫に、この身体は。
「…駄目だ…クレイン…離して…くれ……」
このままでは私は。私は溺れてしまう。どんなになろうともお前だけは拒まなくては。拒まなくてはいけないのに。
お前の綺麗な未来に、私はあってはならない存在だから。これから綺麗な道を進んでゆくお前には。
私は王子とともに死んだ。主君がいない騎士に生きる意味などない。けれどもお前には未来がある。これからが、ある。だからこんな私に捕らえられていてはいけないんだ。
「―――そう言うならもっと…もっと抵抗してください。私の喉を噛み切るくらいに」
どんなになろうとも、私は。私はお前だけは穢したくない。お前だけは汚したくはない。私の手は血に塗れ、闇に溺れているけれど…お前はずっと綺麗なままでいて欲しいから。
私という穢れた存在で、綺麗なお前を汚したくはない。
けれども、それでも。それでも私は。
「このまま貴方を犯しますよ」
私は心の何処かでお前を。お前を。
「このまま貴方を」
お前を求めていた。お前だけを、求めていた。
「――――あああっ!!!」
濡らされてもいない器官に無理やり欲望が突っ込まれる。その痛みに私は意識が一瞬真っ白になった。口からは悲鳴が零れ、貫かれた個所が引き裂かれたのが分かる。太腿に伝う生暖かい感触は、精液ではなく血液だろう。引き裂かれた器官から溢れた、血だろう。
「ひっ、あっ、あっああっ」
喉から出てくる声はただひたすら悲鳴でしかなかった。乱暴に腰を揺さぶられ中を抉られる。それは一方的な行為でしかなかった。一方的なものでしかなかったのに。それなのに。
何時しか私の身体は痛み以外のものが襲い、そして。そして繋がった個所から熱が生まれ、身体を巡ってゆくのを…止められなかった。
感じて、いた。何時しか声は甘い吐息に摩り替わる。摩り替わってゆく。
それと同時に身体を心を今まで知らなかったものが、支配した。私の全身を支配した。
それはどうにもならない苦しさと、疼きと…そして切なさだった。
どうにも出来ないもの。どうにもならないもの。沸き上がり全身を埋め、そして。
そして私は。私はこの瞬間に、初めて知った。初めて、この身を以って知らされた。
――――抱かれると言う、本当の意味を……
溢れてくる。心の奥から、溢れてくる。
「…将軍…パーシバル将軍……」
貫かれる痛みよりも、こころから溢れる想いが。
「…あぁっ…あぁぁっ……」
溢れて零れて、そして包み込む想いが。
「…将軍…私の…私だけの……」
これが。これがただひとつのものなんだと。
「―――私だけの…将軍……」
ただひとつの想い、なんだと。
閉じ込めてきたものは、必死に塞いでいた想いの正体を。それこそが私を今までとは知らない場所へと連れ去ってしまう想いだった。ここではない何処かへ連れ去る想いだった。
それでも止められない。もう、止められない。私はもう止める事が出来ない。一度気付いてしまったこ想いは、私を戻れない場所まで連れていった。もう二度と、戻れない場所へと。
「…愛しています…貴方を…」
泣きながらお前が告げる言葉が。
「…貴方だけを…愛しています……」
その言葉こんなにも。こんなにも胸に突き刺さり。
「…愛しているんです……」
そして苦しいくらい私を満たしてゆくのは。
――――私も…私も…お前を愛していたんだと…騎士としてでなく私の心はお前にあったのだと……。