痛み



貴方の背中には、消えない傷がある。くっきりと浮かび上がったその傷に触れるたびに、僕はただひたすらに切なくなった。


何時も貴方に言っていた言葉がある。何時も貴方に告げていた言葉がある。けれどもそれは貴方にとっては傷にしかならなく、苦しめる以外のものにはならなかった。それでも僕は貴方に告げずには、いられなかった。どうても貴方を見ていると言わずにはいられなかった。
「…将軍…パーシバル…将軍……」
名前を呼んで背後から抱きしめたまま、その髪を撫でる。金色の綺麗な髪が、そっと指先を擦り抜ける感触が、何よりも愛しく苦しいものだった。
「…クレイン……」
シーツに顔を埋めながら、呟くように僕の名を呼ぶ。その低い声が耳に届き僕の全身を埋める頃には、ちくりとした痛みと甘い疼きが同時に胸に降りてきた。それこそが、多分。多分僕らの関係の全てなのだろう。
「この傷を見るたびに、私は自分の不甲斐なさを感じます」
貴方の身体には無数の消えない傷がある。細かい傷がある。自分というものに何よりも無関心な貴方は、その綺麗な身体に幾ら傷が出来ようとも、幾ら血を流そうとも気にも止めない。貴方にとって自分自身というものが、何よりも関心のないものだった。
「お前が気にする事はない…もうその事は言うな」
そんな貴方の身体の中でも一番目立つ傷が、この背中の傷だった。剣によって斬られた背中を真っ二つに割るような傷。消える事ないその傷に、僕はそっと指を這わす。それが自らの戒めのように。
「――――それでもこの傷は、私のせいで出来たものだから」
指先で傷の痕を刻み、ゆっくりと唇で触れた。触れた瞬間腕の中の身体がぴくりと跳ねて、髪が揺れる。それを抑えこむように抱いている腕に力を込めて、傷口に丁寧に舌と唇を這わした。
「…やめっ…クレインっ……」
傷口を舐めるたびに貴方の息が上がってゆく。前に廻していた手で胸の果実に触れれば、宙にあった手がぎゅっとシーツを掴んだ。
「…はっ…あっ…止め…あ……」
胸を弄りながら傷口に触れる舌を行き来させた。何度も何度も唾液を塗り込み、尖った胸を指で嬲る。その刺激に耐えきれずに身体がずり上がり、シーツを掴む手が強くなった。
「…あぁっ…クレイン……」
何時しか吐息は甘い悲鳴へと変わる。それを確認して僕は唇を傷から離した。そしてそのままもう一度きつく背後から抱きしめる。首筋に唇を落としながら。
「―――将軍…私はこれ以上貴方に傷を作って欲しくない」
その言葉に貴方の肩がびくんっと揺れた。それは貴方にとって出来ない約束で、そして僕の口から一番聴きたくない言葉だと知っているから。
それでも言ってしまうのは。それでも告げてしまうのは。僕がどうしようもない程にちっぽけで、そして。そして貴方をどうにも出来ないほどに愛しているから。


僕を護るために、受けた傷。直接攻撃の手段を持たない僕の為に。
そんな僕の為に受けた、貴方の傷。背中の消えない傷。他の誰でもない。
…誰でもない…僕だけの為に…作った傷……

それが喜びであり、哀しみであった。それが絆であり、枷でもあった。


「この傷が出来た時…王子は何て言ったのですか?」
耳に息を吹きかけるように囁いた問いかけに、貴方の肩が微かに震える。それを答えさせる僕が罪なのか?僕が弱いのか?
「王子だけのものである貴方が…私の為に付けた傷を……」
それでも聴きたい。聴きたい、貴方の口から聴きたい。一度でいいから、聴きたい。貴方にとって僕と言う存在の理由を。
「…それを私に言わせて…お前はどうしたいのだ?……」
僕の存在が貴方にとってどういうものなのか。どうして僕を貴方は拒まないのか?どうして僕を…拒めないのか?貴方の口から。貴方の口から、聴きたい。
「貴方を責めたのですか?それとも貴方を赦したのですか?それとも?」
愛していると、好きだと、決して言ってくれない貴方から、愛の言葉を聴くにはどうしたらいいのですか?
「……と言った……」
「―――将軍?」
貴方の口からひとつ溜め息が零れ、そしてゆっくりと顔を僕へと向けた。その深い蒼い瞳は、微かに濡れながら僕を見つめる。綺麗でそして哀しいもの。それが貴方の瞳、だった。
「…お前を…赦さないと言った…だから私は……」
私は、の先を貴方は声にしなかった。声にせずに、そっと。そっと僕の唇に貴方のそれを重ねた。何時も貴方は僕が一欲しい言葉は、こうして口付けに摩り替えてしまう。



「…私は貴方の為ならこの命すらもいらないのに…貴方はそれを赦してはくれない」



身体に痕を残せないから、僕が貴方の身体に唇で触れるのは、ひどく柔らかいものしか与えられない。本当はきつくその肌を吸い上げて、消えない痕を残したいのに。残したいのに、それが僕には赦されない。
分かっている。分かっている、そうして貴方は僕を護ってくれているのだと。僕を赦さないと言い放った王子から…護ってくれているのだと。けれども。
「…あっ…クレ…インっ…はぁっ……」
けれども僕は何時でも。何時でも貴方のためならこの命を差し出せるのに。この命を貴方に与えられるのに。それなのに貴方は言う。僕に言う。―――私より先に死ぬのは赦さないと。
「…あぁっ…ソコはっ…あぁっ!」
僕を拒めないのは、僕を拒まないのは。僕に先に死んで欲しくないから?それならばその選択は間違っている。間違っているんです。
「…駄目だっ…ソコはっ…あぁぁ……」
脚を開かせ秘所に指を突き入れた。貴方の一番感じる個所を集中的に攻め立てる。そのたびに目尻から涙を零し、イヤイヤと首を振る貴方が愛しかった。そうして僕に溺れてゆく貴方を、愛していた。
「―――将軍…今だけは…私だけのものだ……」
「…クレ…インっ…あっ……」
指が引き抜かれる感触に貴方の身体が痙攣する。それを確認して、僕は貴方の中に自らの欲望を突き入れた。


貴方は僕を受け入れた。王子だけのものでなければならないのに。
それなのに僕を貴方は拒めなかった。拒まなかった。それが。それが全ての答えで。
それが何よりもの貴方の僕への想いの答えだった。そうする事で貴方は血の涙を流す。
王子と僕の狭間で赦されない傷を作り、そして心を壊してゆくと分かっていても。

…分かっていても貴方は僕を受け入れた。僕の手を…取った……


僕の命なんて、幾らでも貴方の為になら捧げられるのに。貴方が他の誰よりもそれを望まない。
「…ああっ…あああっ!」
僕の全てを貴方に捧げるのに。罪も傷も、何もかも。なのに貴方は僕を必死になって護ろうとする。死ぬなと言って。自分よりも先に、死ぬなと言って。
「…クレインっ…あっ…あぁぁっ!」
腰を掴み強引に身体を貪った。貴方が余計な事を考えられないように。何も、考えられないように。せめて身体を繋いでいる間だけでも、貴方が解放されるように。
「…将軍…私だけの将軍……」
「…あぁ…クレイン…私も…お前だけの……」
全てから解き放たれるように。貴方の心の重圧も、傷も罪も、何もかもを。今だけでいいから。今この腕の中にいる間だけは。
「…お前だけの…ものに……」
なれたならばと、言った。乱れる息の隙間から、貴方はそう言った。それが貴方の願いならば、僕は全てを懸けてそれを叶えるのに。
でも貴方は死ぬなと言ったから。自分よりも先に死ぬなと、言ったから。
「―――愛しています、将軍…私だけのものだ……」
「あああっ!!」
きつく締め付けられて耐えきれずに貴方の中に欲望を吐き出した。その刺激に貴方の身体が痙攣し、貴方自身も自らの腹の上に精液を吐き出した。



「全てを貴方に捧げるから」
何もいらない。何も欲しくない。
「…身体も命も…魂も……」
貴方以外に何も。貴方以外何一つ。
「…だから微笑ってください……」
何も何も、貴方以外欲しくない。


「――――『僕』といる間は…微笑ってください……」



きつく抱きしめ、背中の傷に指を触れる。それが貴方の罪で傷だった。それだけが唯一の証だった。貴方が王子よりも僕を選んでくれたと言う…赦されない印だった。