髪も、声も。



絡めた指先が永遠であればと。ずっとこのまま、こうして絡めていられたらと。
そんな風に願うようになったのは、何時からだったのだろうか?



人は必ず死ぬから。必ず死ぬのだから。だから、泣かないでください。



貴方をずっと見ていました。貴方だけを、見ていました。
強い人で、そして脆い人。誰よりも真っ直ぐで、そして壊れている人。
そんな貴方を包み込めるだけの男になりたかった。強い男に、なりたかった。

貴方は誰よりも強かった。騎士として、護るべきものの為に。
幾つもの傷をその身に受け、全ての身代わりになり。貴方だけが。
貴方だけがそうして消費されてゆくのを、僕は。
僕はどうしても許せなかった。貴方だけが傷ついてゆくのを。


貴方は護るばかりで、護られる事を知らなかったから。


早く大きくなりたかった。早く大人になって貴方に追いついて、そして貴方を護れるだけの人間になりたかった。貴方を護る事の出来る、強い男に。そうして貴方が受け続ける傷を癒せるだけの懐の深さが、欲しかった。
貴方を、護りたかった。貴方だけを、護りたかった。護れるだけの強さと、そして力が欲しかった。
「…クレイン……」
見開かれる深い蒼い瞳。貴方のその瞳が、何よりも好きだった。何よりも愛していた。あまりにも純粋が故の曇りのないその色と、その反面内側から少しずつ壊れてゆく危うさが。その全てが僕にとって、どうしようもない程に欲しく、そしてどうあっても護りたいものだった。
「…クレ…インっ?!……」
普段から無表情な人だった。ほとんど笑う事もなければ、驚く事もない。ほとんど何時も同じ表情で、感情を見せない人だったから。

だから貴方を抱いた時。貴方が見せた普段の貴方じゃない顔が…僕の脳裏からずっと消えなくて。

そんな貴方がひどく驚いた顔で僕を見下ろしている。今にも泣きそうな顔で、僕を見ている。駄目ですよ、そんな顔をしては。そんな顔をしないでください。ここは戦場だから、貴方は王子だけの騎士でなければいけないから。だから僕の為にそんな顔をしないでください。
「クレインっ!クレインっ!!」
駄目ですよ、僕に触れたら。触れたら、貴方との関係がばれてしまうから。貴方は何時ものように毅然としていなければならない。何時ものように前線で戦って、そして前だけを見ていなければいけない。
僕はそんな貴方が一瞬だけ振り返る、その瞳を。壊れて不安定な瞳を、一瞬だけ見せるその時だけ。その時だけ、貴方の為に微笑う事が出来ればいのだから。
だから今は。今は王子だけを。貴方にとって騎士であり続けるために、王子だけを見なくては。見なくては、いけないですよ…将軍……。



貴方の、髪も。貴方の、声も。全部。
全部僕自身が覚えている。全部、僕が。
撫でた髪の、その柔らかさを。
抱いた時だけ聴ける、甘い声も。
全部僕の記憶の中にある。全部、僕の。
僕という存在全てで、貴方を記憶している。



「…いやだっクレインっ!目を開けろっ!!私より先に死ぬなっ!!!」



遠くから声が聴こえる。ああ、泣いている。貴方が泣いている。もう視界は真っ暗で何も見えないけれど。何も見えないけれど、貴方の声で分かる。貴方の声で、分かるから。
駄目ですよ、僕のために泣いたら駄目ですよ。泣かないでください。泣かないで、ください。僕は貴方の涙は見たくない。それだけは、見たくなかった。何時も何時も傷ばかり負って、何時も何時も罪で自分の心に傷を付けて。だからせめて、僕だけは。僕だけはこれ以上貴方を傷つけたくはなかった。僕だけは、貴方を…護りたかった。
けれども泣かせてしまった。貴方を泣かせてしまった。だってほら、今。今僕の頬に熱いものが。熱いものが落ちてくる。アツイナミダが、オチテクル。



「…して…ます……シ…バル………」



貴方だけを、ずっと。ずっと愛していました。
ずっと貴方だけを、愛しています。昔も今も、これからも。
これからもずっと。ずっと僕は貴方だけ。貴方、だけ。
永遠に貴方だけのものだから。貴方だけの、ものだから。


貴方が王子の騎士になるというのならば、僕は貴方の騎士になりたかった。



「…嫌だ…クレイン…クレインっ…お前は……」
泣かないで、泣かないでください。僕は貴方の涙だけは。
「…お前は私より生きるんだ…私より…そうしなければ……」
見たくなかった。見たくない。貴方には微笑っていてほしい。
「…そうしなければ私は…私はお前に何も……」
貴方には、僕の前では…微笑っていてほしい。


「…何もお前に…還す事が出来ない……」



どうしたら貴方が微笑ってくれるのか。何時もそればかり考えていた。せめて僕の前では微笑っていてほしいと。何時も何時も。
それなのに僕は貴方を困らせる事しか出来なかった。貴方を苦しめる事しか出来なかった。本当に貴方を愛しているならば、僕はこの想いを告げるべきではなかったんだ。これ以上貴方の負担になるこの想いは。

でも貴方は僕を受け入れてくれた。僕を…愛してくれた……。

それが貴方の新たな枷になり、そして傷になってゆく。救いたいと願っていた僕が、誰よりも貴方を壊していった。それでも。それでも止められなかった。貴方への想いを。貴方への愛を。僕は止める事が、出来なかった。そして貴方も、貴方も…僕を離す事が…出来なかった……。


愛し合っていた僕ら。こんなにも互いを求め合っていたのに。
どうして傷つく事しか出来なかったんだろう。
どうして傷つけあう事しか出来なかったのだろう。
こんなにも互いを想って、そして大切だと。何よりも大切だと、そう。


どうして僕らは互いを傷つけ合う愛し方しか、出来ないのか?


それでも。それでも止められなくて。
それでも想いを止められなくて。
こうして触れる髪が、絡まる声が。
全部全部、僕らにとっての唯一の。
唯一の気持ちを確かめ合う手段ならば。



「いやだっ!!クレインっ!!!!」



貴方を失いたくなかったから、身代わりになっただけ。
王子を貴方の代わりに護っただけ。それだけです。そうして。
そうして僕は貴方を護れたから。貴方を護る事が、出来たから。


ただひとつかけがえのないその命を、護る事が出来たから。



「…嫌だ…いやだ…いやだ…いや………」



貴方の声が遠くなってゆく。とおく、なってゆく。もうきくことすら、できない。できないけれど。けれども、わかるから。わかる、から。



なかないで。なかないで、なかないで。ぼくのためにだけは、なかないで。




…なか…ないで…わらって…いて…わらって…ください………