愛の塊



一番大切なものを失った時、本当に大切なものを手に入れた。それが何よりもの苦しみで何よりもの喜びだった。そのどちらも自分の中に真実として心にある限り、それは永遠の罪として消えない傷となるのだろう。


「――――愛しています、将軍」


耳元に囁かれた言葉にパーシバルは睫毛を震わせた。それを見下ろしながらクレインはその汗で濡れた額の髪を掻き上げる。
「クレイン、私は今どうしていいのか分からない」
指先の優しさにパーシバルは溺れた。甘い囁きに、溺れた。それを自分の心で戒めようとしても目の前に与えられるぬくもりに…抗えない。
「どうして?」
「こんなにも自分が満たされていることに、どうしていいのか…分からない」
あの瞬間何もかもをなくしたと思っていた。王子が暗殺されたと聴いたあの瞬間。自分にとって永遠の主君が失われ、そして生きるべき道を見失った。何もかもがなくなったと、そう。そう思ったはずなのに。
なのに今こうして。こうして自分の手に触れているものは、忠誠や忠義では決して得られない満足感だった。そう自分は満たされている。何よりも今、満たされている。王子を永遠に失った筈なのに。
「ならばそのまま溺れてください…将軍」
罪の意識を感じながら、このぬくもりを求めるのを止められない。この想いが溢れてくるのを止められない。それは王子を失ったからこそ、手に入れたものだった。一番大切なものを失って得られたものだった。
「―――主君を失った騎士が男に溺れるのか?滑稽だ」
「滑稽でもいい。貴方を手に入れることが出来るなら」
その言葉に消えない罪悪感を覚えながらも、パーシバルは堕ちてゆく自分を止められなかった。止められないほどに自分自身も彼を愛しているのだと、自覚していたから。



強引に繋げられた身体だった。
王子を失い自暴自棄になっていた自分に。
そんな自分に反らされる事のない瞳が。
痛いほど真っ直ぐな瞳が、告げた。


『――――貴方を愛している』、と。


そう告げながら組み敷かれ、そして抱かれた。
王子以外の男に、抱かれた。そして伝わったものが。
粘膜を通して伝わったものが。それが何よりも私を溺れさせた。
何よりも、溺れた。それは今まで自分が知らなかった事。
自分が知らなかった『想い』だった。


身体を繋げて初めて求めた。自分から欲しいと…求めた。



背中に腕を廻して、パーシバルは自分から唇を重ねた。触れるだけの口付けはすぐに深いものへと摩り替わる。何処でもいいから触れていたかった。何処でもいいから繋がっていたかった。そんな想いを自分は一度も持ったことなどなかったのに。
「…ふぅっ…んっ…はぁ…」
濡れた音を響かせながら舌を絡めあう。その音にすら感じた。五感の全てがクレインという存在を感じた。恐ろしいほどにパーシバルは自分が淫らになってゆくのを感じていた。
「…クレイン……」
連れて行ったのは、彼だ。目の前の彼だけが自分を知らない場所へと連れてゆく。戻れない場所へと連れてゆく。
こんな自分は知らなかった。こんな自分を、知らなかった。自分から身体を開き、雄を求める自分など。
けれども彼以外欲しいとは思わなかった。彼以外求めたいとは、思わなかった。
「…もう一度私を……」
抱いてくれと言う前にクレインの方から唇が重なった。そしてそのまま綺麗な指がパーシバルの身体を滑ってゆく。繊細でそして細いその指が。
「貴方が望むなら幾らでも抱いてあげますよ」
子供の頃から知っている、年下の男に組み敷かれ身体を自由にされている自分。旗から見たらさぞかし情けない場面だろう。けれどもそれを望んでいる自分がいる。それを心から望んでいる自分がいる。望んで、そして請う自分がいる。
「そして貴方が望まなくなっても、私は自分を止められない」
「…あっ…はぁ……」
指が身体を滑ってゆく。感じる箇所を的確に滑ってゆく。その指が身体に触れるだけで、乱れる吐息を止められない。止められずに堕ちてゆくのが分かるから。
「…クレイン…ああっ……」
名前を呼び背中に爪を立てた。爪を立てたのはクレインが初めてだった。主君である王子に爪を立てる事はパーシバルにとっては許されないことだったから。だからこんな風に爪を立て、すがるように抱かれたことはなかった。
「…将軍、私だけの……」
眩暈を覚えるような幸福感。誰かのものになる。誰か独りだけのものになる。それがこんなにも自分に喜びを植え付けるとは思わなかった。王子のモノであった時には得られなかった、この胸が痛くなるようなしあわせ。苦しいほどの泣きたくなるほどの、しあわせ。
「…私は今…お前だけの…ものだ……」
きつく背中にしがみつき、このままひとつになりたいと願う。ひとつに、なりたいと。全ての罪悪感よりも、何よりもその想いが勝った。何よりもそれが欲しかった。
「――――愛しています、将軍……」
抱きついてくるパーシバルの身体をきつく抱きしめ、クレインは願った。気が遠くなるほどに、願った。―――ずっとこのままで、いたい、と。


身体を繋いでひとつになった瞬間。生理的ではない涙がパーシバルの頬を伝った。身体を重ねて肉を擦れ合わせながら、ずっとこのままと。ずっとこのまま重なり合って、そして溶けてしまえたらと。溶けて彼の中に流し込まれてしまいたいと。
自分という存在が全て消えて、このまま。このまま彼だけの中に存在することが出来たらと。そうなれたらと。


叶わないと分かっていながらも、パーシバルは願った。それだけを、願った。