侵蝕



――――月だけが、知っている。


窓から覗く月だけが知っている。その蒼い月だけが、知っていた。その呟きを、ひとつだけ零した呟きを。けれどもそれは誰の耳にも届かず、その告げた相手にすら届く事はなかった。それでも呟いた。一度だけ、呟いた。


『…お前を…愛している……』と。



何時もの部屋で彼を待つ。それがパーシバルの日常だった。それは当たり前のように自分の生活に組み込まれていて、今更それによって何かを思う事などとうの昔に麻痺していた。
「―――ミルディン王子」
カチャリと扉が開く音がして、自分の支配者たる主君が入ってくる。口許に涼しげな笑みを浮かべながらベッドの上に座るパーシバルを見下ろした。
「私がいない間、誰にもこの身体を触れさせる事はなかったか?」
その質問も何時もの事だった。パーシバルが遠征から戻って来るたびに聴かれる言葉。ミルディンが外交から戻ってくるたびに尋ねられる言葉。
「はい、この命に誓って」
それも何時もの答えだった。それ以外の答えをミルディンは望まず、それ以外の言葉はパーシバルには許されなかった。彼の全てはミルディンのものでなければならなかった。つま先から髪の先端まで、自分と名の付くもの全てが。
それが契約だった。主たるミルディンと騎士たるパーシバルとの。彼が生涯仕えし相手を選んだ時から、契られた約束だった。
「それでいい。お前は私だけのものだ。私だけの…騎士だ……」
「――――はい、ミルディン様…私の全ては…貴方だけのものです……」
ミルディンにとって手を汚し修羅の道を選び、それでも王になろうと思ったのは、目の前の彼を手に入れたかったから。彼を、どんな事をしても手に入れたかったから。
その為ならば望み通りの王になろうと。望み通りの支配者になろうと。そうすれば永遠に、本当に意味での彼を手に入れられないと分かっていながら、ミルディンはその道を選んだ。
望み通りの主君になり国を再建し、そして王になる道を。それを約束に、彼の心以外のものを全て手に入れたのだ。

――――心、以外のものを……

ベッドに座るパーシバルを見下ろしながら、ミルディンは目の前にあった椅子に腰掛けた。そして何も身に付けていないパーシバルに命じる。
「自分でやるんだ、パーシバル」
その言葉にパーシバルは無言でごくりと唾を、飲み込んだ。今まで自らが強要をされた事はなかった。常にミルディンに身体を組み敷かれ、貫かれる。それがこの部屋で行われる『日常』だった。
「―――出来ないのか?」
その言葉にパーシバルは一つ息を詰めて…そして諦めたように首を横に振った。自分に否定する権利は何処にもないのだ。全てを捧げた相手の命令に逆らう理由など何処にもないのだ。
「…っ……」
パーシバルはおずおずと自らの手を伸ばし胸の突起に触れた。それは室内の気温の低さのせいで硬くなっていた。それを解すように、指の腹で擦る。
「…ふっ…ぁっ……」
何度か擦るうちにそこから熱が生まれてきた。その熱を煽るように親指と人差し指で尖った果実を摘む。その痛いようなもどかしいような刺激に、胸の果実が紅く熟れた。
「…あぁっ……」
強く指で摘めば耐えきれずにパーシバルの口が甘く解かれる。その吐息にミルディンは目を細めて微笑った。自分は指一つ動かさず、乱れてゆくパーシバルを見つめる。視線を感じる個所に滑らせながら、その醜態を視姦した。
「…くふっ…はぁっ……」
うっすらとパーシバルの肌が朱に染まり、汗ばんでくる。口から零れる息は乱れ、目が夜に濡れ始めてきた。そんな彼をこうして自分だけが見ている事がひどく、ミルディンの性欲を刺激した。誰も見られない、誰も見る事が出来ない彼の醜態を暴いている事が。
「…あっ…あぁ……」
胸だけでは耐えきれずにパーシバルの手が下腹部へと降りてゆく。快楽に慣らされた身体は、ミルディンの前でだけは順応だった。他の誰の前でもストイックで性的な匂いすら憚るのに、彼の前でだけはひたすら淫らな生き物になる。
「パーシバル、前には触れるな。後だけでイケ」
「…ミルディン…王子……」
今その指が震えながらも立ち上がるパーシバル自身に触れようとした瞬間、遮るようにミルディンは告げた。そして椅子から立ち上がるとパーシバルの前に立ち、そのまま足首を掴んで限界まで広げさせた。
「…止めてくださいっ…王子っ……」
恥ずかしい個所が丸見えになる格好に、耐えきれずにパーシバルは視線を横に反らした。その頬を朱に染めながら。幾ら身体を自分が犯しても、こうして未だに羞恥を捨て切れない所が逆に、ミルディンの加虐心を煽る事も気付かずに。
「私に逆らうのか?パーシバル」
「…い、いえ…そんな事は……」
「だったらそのまま恥ずかしい個所を私に見せながら、後ろだけでイクんだ」
絶対的支配者の目でミルディンはパーシバルに告げた。それこそが自分が仕えし者の唯一の瞳だった。絶対の瞳だった。それにパーシバルが抗えない事は、ミルディンは百も承知だった。いや自分に彼が絶対に逆らえない事を。逆らう事が、許されない事を。
「…ぅ…っ…くっ……」
躊躇いながらもパーシバルの指が自らの秘所に埋め込まれる。脚を広げ膝を立て、わざとミルディンにソコが見えるようにしながら。
「…くんっ…はっ……」
きつく締め付ける内壁を掻き分けながら、指を奥へと進めた。そのたびにちゅぷりと濡れた音がする。その音に身体が煽られるのを感じながらも、パーシバルは動きを進めた。
「クス、いい眺めだよ…パーシバル」
「…ふくっ…はぁっ…ぁっ……」
耳元で息を吹きかけられるように囁かれ、パーシバルの睫毛が揺れた。それでも自分はこの手を止める事は許されず、幾度も幾度も中を掻き回す。そのたびに指の腹と媚肉が擦れて、パーシバルの身体を快楽が蝕んでいった。
「…あぁっ…あ……」
何時しか何も触れていない自身も立ち上がり、先端からは先走りの蜜を零れさせている。血管が浮き上がり、どくどくと脈を打ちながら。
「あっ!」
びくんっ!とパーシバルの肩が跳ねた。その瞬間ミルディンの指が鈴口を強く握り締めたのだ。既に蜜を垂らし始め限界まで来ていた、先端を。
「…やっ…やめ…王子っ……」
イケないもどかしさにパーシバルの身体が淫らに蠢く。無意識に腰を揺すり、先端部分をミルディンの指に押し付けながら。それはどんな生き物よりも淫らだった。どんな娼婦よりも淫蕩だった。
普段性欲すらないような彼だからこそ、そのギャップ差はあまりにも雄を刺激するものになっていた。
「どうして欲しいんだ?パーシバル」
「…あっ…王子…私…は……」
「して欲しいことは口で言うんだ、さあ」
どんな女の色気仕掛けも、どんな男達の欲望も、全て排除してきた。全て遠ざかって生きてきた。自分以外が触れることのないように、自分だけのものに出来るように。
「さあ言うんだ、パーシバル」
「…私を…私を…イカ…せて…くださ…あああっ!!」
先端を強く握られて、指で擦られた。その瞬間に手が離れ、パーシバルのソコからは勢いよく白い液体が、飛び出した。


鋭い痛みがパーシバルを襲う。けれどもそれは一瞬の事だけで、次の瞬間には狂うような快楽が彼の中を駆け巡る。
「あああっ!」
足首を掴まれ、そのまま引き寄せられる。そのたびにミルディンの楔がパーシバルの中に挿ってゆく様子が見えた。視線を反らそうとしても許されず、パーシバルは自分を貫く肉の様子を見つめることしか出来なかった。
「…あっ…あぁぁっ……」
それでも引き裂く痛みと快楽は身体を掛けぬけ、喘ぎのせいで睫毛を開く事が出来ない。口から零れる悲鳴のような声だけが全てになり、それだけが室内を埋め尽くす。後は腰を打ちつける音と、接合部分の濡れた音だけで。
「…あぁっ…あぁぁ……」
背中に爪を立てることは許されず、パーシバルは必死でシーツを握り締めた。爪を立てた事は一度もなかった。主君たるその背中に自分が傷を付ける事など許されなかったから。だから背中を立てたのは……。
「―――あああっ!!」
どくんっと弾けるような音とともにパーシバルの中に熱い液体が注がれる。けれどもそれで終わりではない事は、パーシバル自身が一番良く知っていた。



爪を立てていいと、言った。傷を付けていいと言った。
そうすれば私に貴方が残るから、と。私に貴方が刻まれるから、と。
赦されない事をしているから、そのくらいしてくれと。
決して赦されない事を、しているからと。


――――だから初めてだった…お前が…初めてだったんだ……



噛みつくような口付けに答えながら、パーシバルは意識を飛ばしていった。何度も貫かれた身体は悲鳴を上げ、限界まで来ている。それでもミルディンの為ならば、幾らでもこの身体を自分は差し出すのだろう。
「――――私だけのものだ…パーシバル……」
その言葉だけが耳に残り、そのままパーシバルは深い闇へと堕ちていった。意識が途切れる寸前に零しそうになった名前を、必死で堪えながら。



その答えは月だけが、知っている。月だけが、知っていた。