細かい雨



頭上から降り注ぐ細かい雨が、ゆっくりと全身を埋めてゆく。その水滴が髪からぽたりと落ち、彼の頬に滑り落ちても、それを拭おうとはしなかった。
「―――将軍、風邪を引きます」
彼の綺麗な金色の髪が水を含み、微妙に色を変化させている。それをひどく眩しいものを見ているようにクレインは目を細めながら、自らの指先で張り付いたその前髪を拭ってやった。けれどもそんな事をしても頭上から降り注ぐ水滴は止むわけではなく、それは無意味な行為でしかなかったが。それでもクレインは飽きる事無く、その髪を拭った。
「構わん、私の事は放っておいてくれ」
「そう言われて、はいそうですとは私には言えませんよ」
クレインから視線を反らし、その手をパーシバルは拒絶した。けれどもクレインはそんなパーシバルの態度に臆する事無く今度は彼の手を掴むと、強引に身体を屋根の下へと引っ張っていった。そうして冷え切った身体を、腕の中に抱き止める。
「クレイン、離せっ!」
「嫌です、こんなにも貴方の身体は冷え切っているのに」
彼が本気で自分を抗えない事を知っているから、クレインはわざときつく抱きしめた。どんなに言葉で強く拒絶しようとも、最終的に彼は自分を拒めないのだ。そういう人だからこそ…クレインはパーシバルを離さなかった。
「…こんな場所で誰かが見たら……っ」
エトルリアの宮殿の裏庭。そこに人が通る事は滅多にない。いやそこに入れる人間は限られている。王と王子の近しい関係者の者達だけ。そして今はほとんど王子以外にこの場所を訪れるものはいない。そう、王子以外にこの場所は…。
「誰かではなく…王子に見られたら、ですか?」
耳元で囁かれるクレインの言葉に、腕の中のパーシバルが反応をした。その肩をびくんっと震わせ、そして耐えきれずにクレインから視線を外す。けれどもそんなパーシバルの顎を掴むと、クレインはそのまま自分へと顔を向けさせた。
真っ直ぐな視線がパーシバルを貫く。何時も彼はこうだった。揺るぎ無い痛いほどの視線で、パーシバルを見つめる。
「…クレイン…離してくれ……」
そう言いながらもその語尾は弱いものだった。パーシバルにクレインは拒絶出来ない。完全に拒絶する事は、出来ない。それが出来ればこんなにも苦しくはないのだから。
「本当に嫌なら、私を突き飛ばせばいい」
紫色の綺麗なクレインの瞳にパーシバルが映る。彼が見ているのは何時も自分だけだった。その事に気付いたのは何時からだったのか?何時から…だったか。それを思い出す事だけがどうしてもパーシバルには出来なかった。けれども。
「突き飛ばして、そのまま逃げればいい。簡単な事でしょう?」
けれども、それを。その事実を自分が受け入れ、そして望むようになった瞬間は、嫌になるほどに憶えている。そう、嫌になるほどに。
「―――クレイン…お前は……」
王子のものだと知りながら、自分が王子だけのものだと知りながら。それでも無理矢理この身体を犯されたあの日。組み敷かれ貫かれ、そして。そして自分は初めて気が付いた。気が、付いた。
…こうして彼に抱かれる事を、自分も望んでいた事に……
「そうすれば、いい。貴方は被害者なのだから」
クレインの瞳に自分だけが映っている。自分だけが、映されている。それを何も言えずに見つめながら、パーシバルは重ってくる唇に目を閉じた。自分だけが映っているその紫の色を瞳の裏に焼き付けながら。



抵抗する自分の両手を戒め、乾いた器官に楔を貫かれた。
そこに優しい愛撫も、自分を労わる前戯もなく。ただ。
ただ欲望のままに貫かれた。引き裂かれた器官は悲鳴を上げ血を流し。
擦れ合う肉は、痛みしか生まなかった筈なのに。

なのに自分は感じていた。声を上げて、答えていた。

自分を抱いているのが王子ではなく、彼だという事が。
自分を見下ろしているのが、その紫色の瞳だという事が。
その事実が背筋を続々させるほどに、身体が溺れるほどに。
自分の身体は、感じた。自分の心は、感じた。


『…貴方が好きです、将軍…ずっと貴方だけが……』


散々犯された後、泣きそうな顔でそう言われて。
痛いほど真っ直ぐな瞳でそう告げられて。それが。
それが胸に広がり心地よい痛みと、苦しいほどの切なさを。
同時に自分の中に植え付けられて、埋め込まれて。
そして気付けば、解かれた手首を私はその背中に廻していた。



唇が触れ、そのまま舌が忍び込んで来る。パーシバルはその動きに無意識に答えていた。抵抗して引き剥がそうとした手はクレインの背中をきつく掴み、彼を引き寄せる。それが何よりもの、答えだった。全ての答えだった。
「…ふっ…んっ……」
絡み合う舌は淫らな音を立て、二人の耳に届く。降り注ぐ雨の音など掻き消してしまうほどに。いやそんな些細な音すら、耳に入らないように。
「…はぁ…っ…ぁ……」
唇が離れパーシバルの口許に飲みきれない唾液が零れる。それを指先で拭いながら、クレインは再びその唇を貪った。幾ら重ねても足りないとでも言うように。
「…このまま貴方を…殺せたらいいのに……」
「…クレ…イン……」
唇が痺れるほど口付けを重ね、やっとの事でクレインは解放をする。息を乱しパーシバルが一人では立っていられずに、彼の背中にしがみ付くまで。
「…そうしたら…私だけのものに…なるのに……」
髪を撫でられ、額に口付けられ、睫毛に唇を落とされる。その一連の動作がどうしようもない程に優しく、そしてパーシバルには苦しいものだった。



背後から雨の音が、聴こえた。その音に耳を傾けながら、パーシバルは全ての痛みから一瞬だけ逃れた。ほんの一瞬だけ逃れて、そして再びその痛みに身を焦がす。それは自分が彼を想う限り、決して消える事のない痛みだった。