捕らわれの月



お前に捕らわれ、そして絡め取られる指先。
綺麗な水の中に眠るように永遠に。永遠に、このまま。
このままこの指先に溺れていられたらいいのに。


――――冷たい水に貴方を埋めたい。そうすれば、ずっと貴方は僕だけのもの。


ずっとこうしてそばにいられたら。ずっと貴方だけを見つめていられたら。何も、何も、いらないのに。
「…パーシバル将軍……」
綺麗な髪に触れ、そして頬に指を滑らせる。何処かひんやりと冷たさを感じる肌が、ひどく切なかった。
「…もう何処にも行かないでください……」
「―――クレイン……」
このまま貴方を腕の中に沈められたらばいいのに。このまま貴方を僕だけのものに出来ればいいのに。けれども、貴方は零れてゆく。この指先から、この指の隙間から…そっと零れてゆく。
「…すまない…私は……」
その先を聴きたくなくて強引に唇を塞いだ。そこから零れる微かな甘い吐息だけが僕のものならば。僕だけのものならば、こんなにも苦しくはない。こんなにも、苦しくはない。

――――貴方が僕だけのものならば。

それでも肌を重ね、痕を刻む。僕が付けた痕だとわざと分かるように。それにあの人が気付いた時、貴方ではなくその刃が僕に向けられるようにと。
貴方が被害者でなくてはならない。僕が加害者でなければならない。そうしなければ、貴方を傷つけてしまうから。貴方を…傷つけてしまうから。それでも。
「…私はお前だけは…護るから……」
それでも告げる貴方の言葉に。ただひたすらに僕は自らの無力さを感じていた。



捕らわれの月。逃れられない鎖。
引き千切り、そして血まみれになって。
血まみれになって何を。何を得るの?


――――逃れられないと分かっていても…それでも欲しいものは何なのか?



私は何に、怯えているのだろうか?何に、怯えている?心の何処かで願っていながら、それでも必死に拒否し続けたものは、ただ。ただひたすらに私は……。
「パーシバル」
この人の為に、生きてきた。この人の為に、生きている。我が剣は永遠に貴方だけに、捧げられている。騎士としての忠誠も、この命もこの身体も全て。全て私は貴方だけに捧げている。
「…ミルディン王子……」
全てを貴方に捧げた身だから、そこに後悔など何一つない。何もないはずなのに、何時しか違う想いが胸の中で痛み、疼いている。ちくり、ちくり、と。
「―――違う匂いがする」
こうして抱きしめられて、首筋に口付けられて。そして組み敷かれ身体を貫かれる事が、それが唯一のカタチになっていた。目に見えない忠誠を、想いを見せるただひとつの手段になっていた。
「…王子?……」
「私ではない匂いがする。誰に抱かれた?」
見下ろす瞳はただひたすらに穏やかだった。その中に含まれる強い光に気付きさえしなければ。けれどもその光こそが何よりも。何よりも私が選んだものだった。この強い光こそが、私が捧げるべき想いの先にあるものだった。
「言わないのか?言わないのなら身体に聴くぞ?」
貴方だけが私の全て。私の命も身体も全て貴方に捧げている。けれども。けれども何時しかこのこころは。この、こころは。
「私は王子の騎士です」
お前へと旅立ってゆくのを。お前を願ってしまう事を…止められないでいる。止める事が、出来なくなっている。
「―――貴方だけの、騎士です」
一層壊れたら楽になれるのかと、思う。それでも壊れられないのは、ただひたすらにこころが求め続けるのを止められないから。


気を失うまで貫かれ、噛みつかれた個所から傷が溢れ出た。
声が途切れ途切れになるほどに。喉が潰れるほどに。
消えない痕を作り、貴方のものだと刻まれる。貴方だけのものだと。

――――私は貴方だけのもの…なのだと……


「――――くっ……」
シーツを握り締め、途切れる意識を堪えた。深く貫かれ、何度目かの射精を体内にされ、それでも。それでもまだ意識を手放すわけにはいかない。
「…はぁぁっ……」
「強情だな、まだ口を割らないのか?パーシバル」
髪から、身体から汗が零れて来る。それでも私は…どんなになろうともその名を口にする事は出来ないから。
「…あぁっ…ミルディン…王子っ……」
楔が敷き抜かれどろりとした液体が足許を伝う。けれどもそれが終わりではなかった。それで許されるはずはなかった。
「お前が誰を庇っているのか言わないのなら…それでもいい。けれどもお前は私のものだ」
「―――ああっ!!」
再び楔が埋め込まれる。腰を引き寄せられ激しく揺さぶられた。強い刺激が意識を飛ばし、唇から悲鳴のような声だけが零れて来る。けれどもその名前だけは…名前、だけは……。
「誰にも渡さない…私だけのものだ」
その言葉に私はただ首を縦に振るしか出来ない。その通りだから。その通り、だから。幾ら心が別の場所にあろうとも、私が生涯剣を捧げるのは貴方だけなのだから。


唇から血が、零れた。堪えて噛み切った血、だった。
その血を貴方の舌が舐め取る。
そう血の最後の一滴まで、私は貴方のものだから。


それでも目を閉じて浮かぶのは別の顔、今にも泣きそうな瞳で私を見つめる紫色の瞳。



どうして私は選べないのか。どうして選ぶ事が出来ないのか。
貴方のために生き、そし死ぬ事に迷いはないのに、何故。
何故私はあの紫色の瞳を、求める事を止められないのか?
どうして私は…自分の大切なもの達を苦しめずにはいられないのだろう。


――――私がいるから…いけないのか?私が選べないのが…いけないのか?



このまま舌を噛み切って欲しい。
そうすれば私は貴方にこの命と身体を捧げられる。
貴方への忠誠に嘘偽りなく。
そしてこころは。こころは別の場所へと。
お前の許へと、飛び立ってゆけるから。



「…私だけのものだ…パーシバル……」



捕らわれの月。見えない鎖が身体を引き裂いてゆく。
それでも止められないものが。止める事が出来ないものが、ある。



「…私は…貴方だけの…騎士です……」




…止める事の出来ない想いが…あるから………