――――絡み合う糸から…逃れられなくなっていた。
捕らわれたのか、捕らわれたかったのか、もう。
もう自分では分からなくなっていて。
どうしたいのか。どうしたかったのか、もう。
…もう何も…何もかもが…分からなくなっていた……。
好きだった、本当に貴方だけが、好きだった。赦されない事は分かっている。赦されるはずはないことは。それでも僕は貴方が好きで、貴方だけが欲しかった。
「…あっ…クレっ…んんっ……」
逃げ惑う舌を絡め取り、深く合わせる。金色の髪に指を絡め、そのまま深く引き寄せた。このまま。このまま貴方を僕だけのものに出来れば、いいのに。僕だけの貴方でいてくれれば、いいのに。
「…駄目だ…クレイン…王子が……」
服のボタンを外した所で貴方の手に遮られる。それでも首筋に残された紅い痕が、王子の付けた物だと気付けばそこに噛み付くようにキスをした。強く、キスをした。
「…あっ……」
その刺激に貴方の髪が揺れ、睫毛が震える。それでも必死になって僕から逃れようとするのは、王子から僕を護ろうとしてくれているから。でも。でも…。
「パーシバル将軍、何時まで隠し続けるつもりなのですか?何時まで貴方は自分を犠牲にしてまで、僕を護ろうとしてくれるですか?」
「…私は…クレイン……」
けれども僕にとってそんな優しさですら、胸の痛みを伴うものでしかない。こうして僕が貴方を抱くたびに、貴方は王子に身も心も傷つけられてゆく。貴方が王子だけの騎士であるために…貴方が王子のものだと分からせる為に。
「…私は…お前を……」
――――愛している…その言葉を聴く前に、僕はその唇を強引に塞いだ。
私は赦されない事をしている。私は罪に落ちている。
それでもこの手を離す事が出来ず、お前の肌を求めるのを止められない。
私は王子の騎士だ。身も心も全て王子のものの筈だ。けれども。
けれども私はまた。またどうしようもない程にお前に惹かれている自分がいる。
お前の激しさが、想いが心地よく。いや自分から求めてしまうほどに。
お前が欲しいと、身体が、こころが、言っている。
「…クレイン…すまない…私は……」
お前に抱かれている時だけが、苦しい。苦しくて、切ない。
「…私は…お前を拒めない……」
王子に抱かれている時は、ただ。ただ快楽を享受するだけでいい。
「…傷つけるだけしかなくても…私は……」
ただ与えるものを受け取ればいい。でもお前から与えられるものは。
「…私は…お前を…求めて…いる……」
私のこころに深く根付き、そして内側から壊してゆくのを止められない。
――――それでも、欲しい…私はお前が……
「貴方のその言葉が、聴きたかった」
「…クレイン……」
「その言葉さえ聴ければ、僕は今この場で死んでもいい」
「…そんな事を…言うな……」
「死んでもいいんです。貴方を愛しているから―――王子……」
お前の言葉にはっとして私は背後を振り返った。そこには冷たい瞳で私達を見下ろし、そして口許だけで微笑っているただ独りの主君が、いた。
「お前だったんだね…クレイン…人のものを奪うのは良くないと子供の頃教えて聴かせなかったか?」
クレインの下に組敷かれたパーシバルを見下ろしながら、エルフィンはゆっくりと二人の前に立った。冷たい目がパーシバルを見下ろしている。その瞳こそがパーシバルの選んだ瞳だった。冷たく、それでいて容赦なく真実だけを見極める瞳。その瞳に支配され、仕える事が騎士としての自分の全てだった。
「パーシバルは私のものだ…お前には渡さないよ」
「…あっ…王子っ……」
パーシバルの腕を取るとそのまま引っ張り背後から身体を絡め取る。そのまま開かれた胸元に手を忍ばせ、胸の果実を指で摘んだ。
「それでも僕はパーシバル将軍が好きです。貴方から、奪いたい」
「あんなに小さくて可愛かったお前が、こんな風に私を見つめる日が来るとは思わなかったよ。そんなにもパーシバルが好きか?」
「――――愛しています」
真っ直ぐな目で反らす事無くクレインはエルフィンに告げた。その姿にエルフィンの、腕の中のパーシバルの身体が微かに震える。それに気付いたエルフィンは噛み付くようにパーシバルの耳を噛んだ。
「そんなにもクレインが好きか?パーシバル」
「…私は…王子……」
「愛しているのだろう?私から庇うほどに…私よりも」
「私は王子の騎士です…王子以上の存在は…」
「それでもクレインを愛しているのだろう?お前は私よりもクレインを」
「―――あっ!」
後ろから抱きしめていた身体をエルフィンは突き飛ばした。クレインの腕の中にパーシバルの身体が落ちてくる。それを抱き止めるとクレインはその身体をきつく、抱きしめた。
「それでもお前は私のものだ。お前が誰を愛そうとも…そうだろう?パーシバル」
そんなパーシバルに再び近付くとエルフィンはその髪を掴んで、引っ張った。顔を上げられ、エルフィンを見上げる格好になる。それでもパーシバルは…その腕だけはクレインの背中に必死に廻されていた。
「…はい…私は…私の忠誠はただ独りミルディン王子のために……」
その手が、許せなかった。それでも彼が求めるのは自分ではない事が、エルフィンには許せなかった。彼は自分のものでなければいけない。自分の為に生き、そして死なねばいけない。そのために自分はこの国を再建し、王子として生きる道を選んだのだから。彼の裏切りは決して許されはしないのだ。
「ならば私の言う事は何でも聴けるな」
「…はい……」
「ならば私の前で…クレインに抱かれろ。お前がどんな顔で姿で私以外の男に乱れるのか…この目で見せろ」
その言葉にパーシバルの瞳は絶望の色に捕らえられ、そして。そして諦めたように目を、閉じた。
どうして私は、こんなにも。こんなにも、お前に惹かれるのだろう?
どうしてこんなにも…お前を求めてしまうのだろう……。
王子の騎士でいればよかった。王子のためだけに生きられればよかった。
それ以外のものは私に必要なく、それ以外のものは見えないはずだった。
それなのに私は今。今自分を見つめる紫色の瞳に…焦がれずにはいられない。
「…クレイン……」
背中に廻した手はそのままでパーシバルはクレインに口付けた。それは痛みと切なさを伴う口付けだった。
「…んっ…ふ……」
「…パーシバル…将軍…っ……」
自らクレインの唇を舐め、舌を侵入させる。積極的に自ら口付けを貪り、クレインのシャツに雛を作った。濡れた音が室内に響き、それを作り出しているパーシバルの瞼が揺れた。
「…クレ…イン……」
「…将軍……」
唾液を口許に零しながらパーシバルの唇が離れる。その顔にクレインは欲情した。何時も自分から奪うだけだった。自分からその腕を取り身体を重ねるだけだった。そうしなければ…いけなかったから。
何時でも加害者が自分で、被害者が貴方でなければならなかったから。
けれども今パーシバルの方から積極的にクレインを求めている。それが例え王子の命令であろうとも。それでもこうして、彼のほうから自分を求めてくれている。
「…パーシバル将軍……」
「…あっ……」
背中に手を廻させたままその身体を床に押し倒した。王子が見ていても、もう構わなかった。いや見せつけたかった。自分の腕の中で感じてくれるその姿を。見せつけたかった。
「…あ…あぁ…クレインっ……」
首筋に噛み付きながら、胸の飾りを指で甚振る。わざと乱暴に愛撫を施せば、腕の中の、パーシバルの顔が苦痛とも快楽ともつかない表情をした。けれどもそれはひどく雄を欲情させる顔、だった。
「…はぁっ…あ……」
ぴちゃぴちゃと音を立てて胸の飾りを舐める。指できつく摘み上げながら、そのたびにパーシバルの背中に廻された指に力が篭る。それを感じながらクレインは、彼の感じる個所を集中的に攻めたてた。
乱れるように、と。王子の腕に抱かれている時よりも、もっと。もっと、乱れるように、と。
視線を、感じる。痛いほどの視線が、私を貫く。
顔色も何一つ変えずに、王子は私を見下ろす。
貴方以外の男に抱かれ、乱れてゆく姿を。ただ。
ただ冷たい瞳で、そっと見下ろしている。
「…クレイン…あっ…あぁ……」
それでも私は止められない。その視線に晒されながらも、お前を求めるのを止められない。指に胸を押しつけ、焦れたように腰を振る姿はさぞかし低俗で淫らなのだろう。でも、止められない。
「…あぁ…もっと……」
止められ、ない。止められるはずがない。私が求めているのは、お前だから。私が『自分自身』として求めるのはお前だけだから。例え王子の目にこの醜態が晒されようとも。いや晒されたからこそ。だからこそ、私はこころの一番奥にある想いを、閉じ込める事が出来ない。
「パーシバル将軍…僕は……」
「…止めないでくれっ…もっと…あっ!」
細くしなやかな指が私自身に触れる。それは既にお前を求め形を変化させていた。どくどくと脈打ち、お前を求めていた。
「…貴方が欲しい。貴方だけが…欲しい……」
「…クレ…イン…クレイン…あぁっ……」
腰を揺らし、指の動きを感じた。ただ、感じた。もうどうなってもいいと思った。どうなろうとも、私はお前が欲しかったから。
そう、私がお前を欲しいんだ。だから本当は…私の方が加害者なんだ。
「―――あああっ!!」
先端を強く扱かれて、パーシバルはクレインの手のひらに自らの欲望をぶちまけた。その手はきつく、彼の背中に廻されたまま。
「お前のそんな顔を初めて見たよ、パーシバル」
「…王子……」
まだ快楽の余韻を残す瞳をエルフィンは見下ろした。パーシバルの前にしゃがみ込み、まだ荒い息のままのその唇を強引に塞ぐ。
「…んっ…んんっ!」
忍び込んで来る舌に、パーシバルは反射的に答えていた。そう仕込まれていた。そう身体が感応するように教え込まれていた。ずっとそうやってパーシバルはこの男に仕えてきたのだから。
「…王…子……」
「お前が本当にイク、顔をね」
耳元で囁かれた言葉にパーシバルの身体がさぁぁっと朱に染まる。そんな身体を抱きしめながらクレインはエルフィンから奪うようにパーシバルの唇を塞ぎ、そのまま剥き出しになった秘所に指を埋めた。
「…んっ…くふっ…ん……」
くちゅりと濡れた音ともに中を掻き乱され、パーシバルの睫毛が震える。クレインはその表情を見つめながら、唇を何度も何度も吸い上げた。後ろを指で、掻き回しながら。
「子供のような独占欲だ、クレイン」
「…何とでも言って下さい…僕は将軍が欲しいんです…貴方に渡したくない」
「…クレイン…はぁっ…あぁ……」
肩に顔を埋めさせながら、クレインはパーシバルの秘所を指で弄った。腰を揺らし、奥へと導くその媚肉に答えるように何度も何度も。
「誰にも…貴方を渡したくないんです…将軍」
「…私…も……」
意識が快楽に飲まれてゆく中で、パーシバルはぽつりとひとつ零した。それは彼が一番最期の場所に隠していた…ただひとつの真実だった。
――――今この場所で、この場所で私を殺してくれないか?
そうすればもう。もうきっと。
きっと誰も傷つけないでいられる。
誰も傷つけずに、私だけが。
私だけが、壊れそして、消えられれば。
でも、愛している。お前を、愛している…クレイン……
王子を裏切る事は出来ない。それでも私は。
私はお前を、愛しているんだ。どんなになっても。
お前の真っ直ぐな真剣な想いが。痛いほどの想いが。
何よりも心地よく、そして何よりも苦しい。
「――――それがお前の本心だな…パーシバル……」
王子の言葉にこくりと頷く前に、私は。私はクレインの欲望によって身体を貫かれた。熱い楔が私のに埋められ、そのまま掻き乱される。接合部分の濡れた音だけが、私の耳に響いた。
「…ああっ…あああっ!……」
喉を仰け反らせて喘いだ。このまま。このまま貫き殺されたいと願いながら。このまま、壊れてしまいたいと願いながら。自ら腰を振り、そのリズムに合わせ肉の感触を全身で感じた。お前を、感じた。激しいくらい熱い、お前の欲望を。
「…クレインっ…クレイン…ああっ……」
「…将軍…パーシバル…将軍……」
「…もっと…あぁっ…もっと私を…っ……」
このまま。このまま溶けて、どろどろになってしまいたい。そして全て消えて、しまいたい。
「それでもお前は私のものなんだよ、パーシバル」
「――――っ!!」
エルフィンはパーシバルの髪を掴むと、そのまま自らの前を肌蹴け滾った自身を取り出した。それをそのままパーシバルの口に突っ込む。
「どんなにお前がクレインを思おうとも、お前は私のものだ」
「…んぐっ…んんんっ……」
パーシバルの喉が、仰け反る。下からはクレインに突き上げられ、口はエルフィンのソレに支配されて。同時に穴を塞がられて、目尻からぽたりと雫が零れるのを止められなかった。
「私のものなんだよ、パーシバル」
「んぐっ!!」
どくんっと弾ける音ともにパーシバルの口中にエルフィンの欲望が注がれる。それと同時に貫いていたクレインもパーシバルの中で…果てた……。
「…パーシバル将軍……」
「…クレイン……」
舌がそっと、辿る。エルフィンの流した精液を舐め取るために。クレインの舌が、そっとパーシバルの顔を辿る。
「…何時か必ず僕が…王子から貴方を奪います…例えこの命に変えても……」
優しく辿る、舌。優しく辿る、指先。そのどれもこれもがパーシバルには嬉しく、そして。そして何よりも切ないものだった。
「…駄目だ…それだけは…私はお前が死んだら…そんな事は……」
舌が、指が、辿る。パーシバルの瞳から零れる涙を…拭うために……。
そんなふたりを見つめながらエルフィンは微笑った。口許だけで…微笑った。それは支配者の笑み、だった。それはパーシバルが唯一仕えようと心に決めた、王たるものの瞳だった。