何時かもっと大人になって、うーんと綺麗になって。
そして。そしてお義父さまもどぎまぎするくらいの、綺麗な。
綺麗な女の人になるから、だからね。
…だからそれまで、待っていてね……
ずっと大好きだったの。お義父さまなんかじゃなくて、もっと別の意味で。ずっとずっとお義父さまの事だけを、見てきたの。でもあたしは子供で、お義父さまにとっても『娘』でしかなくて。だから一生懸命、あたし娘を演じてきた。お義父さまの娘になれば、愛してもらえるから。大切にしてもらえるから。だからあたし、ずっと小さな娘でいたの。
本当はもっと別のあたしを見てほしかったけれど。本当は別のあたしを知ってほしかったけれど。
でもね、それだと困るから。お義父さまが困るから。だからあたしはずっと。ずっと無邪気で子供な、お義父さまの娘でいるの。でも何時か。何時か、気付いてね。
…あたしが、貴方の娘ではなく…独りの女だって事を……
「お義父さまーお帰りなさいっ!!」
遠征からダグラスが帰って来たと知って、ララムは居てもいられず屋敷に戻ってきた。ベルンとの戦いが終わりエトルリアに戻ってきた自分は、身分を隠す必要はなくなっていた。けれども元々奔放な性格のララムは堅苦しいエトルリアの上流社会には馴染む事は出来ず、気付けば踊り子の衣装を纏い街に繰り出していたが。
「…お義父さま?……」
扉を開ければ優しいダグラスの笑顔があるものだと思っていたララムには、その光景は意外だった。鎧を脱ぎ捨て、普段着に着替えたダグラスが微かな寝息と共にソファーの上で眠っていたのだ。
そんなダグラスを起こさないようにとララムは静かに扉を閉めて、ゆっくりと眠っているソファーの椅子に近付く。
「お義父さま?」
身近に立って声を掛けてみても、反応はなかった。返って来るのは寝息のみだった。顔を近づけて、そのまま手をひらひらとさせても全然反応が返ってこない。
「…お義父さま…疲れてらっしゃるのね……」
ミルディン王子が王位につきパーシバル将軍が次世代のエトルリアの大将軍にと、地位を譲ったにも関わらずダグラスの激務は減る事はなかった。若い世代にエトルリアを任せても、それでもやはり重鎮たるダグラスの力は必要とされているのだった。
「―――お義父さま……」
何時か全てが終わってのんびりと過ごせる日が来ればと、ララムは何時も思っていた。責任感も愛国心も誰よりも強いダグラスだからこそ、現状を放っておけず多忙な日々を送ることは分かっているのだけれでも。それでも今まで誰よりも自分を犠牲にして来たダグラスだからこそ…だからこそ、もう…とララムは思う。
「…ララムは心配です…お義父さまに何かあったら……」
独りぼっちだった自分に差し伸べてくれた手、だった。大きくて暖かい手が、自分に向けられ、そして。そして大切なものを与えてくれた。言葉じゃない暖かいものを、その手が与えてくれた。
それは自分がずっと望んでいて、そして諦めてきたものだった。
暖かいものが、そっと。そっとその手から染みこんでくるから。
「…あたしまた…独りぼっちになっちゃう……」
大きくて厚い、その手から。とても優しい思いが。
「…お義父さま…ララムを独りにしないでね……」
染みこんで、そして。そしてあたしを包み込んでくれるから。
その手をそっと取って、頬に当てた。大きな手があたしの頬を包み込む。
このぬくもりだけが、何時も。何時もあたしのこころに暖かい光をくれた。
何時か、あたしがもっと。もっと大人になって。
そしてお義父さまにとって娘じゃなくなる日が来たら。
その時が来たら、好きだって。好きだって。
…そう言っても…いいかな?……
その手を頬に重ねながら、ララムはそっとダグラスの顔に自分の顔を近づけた。間近に見れば目尻に皺が刻まれているのが分かる。それが苦労と時間の跡だという事はララムには嫌という程に分かっている。そしてそれをどんなに足掻いても自分は埋められない事に。
どんなに追いつきたくても、追い着く事が出来ないものがあるという事も。
それでもそばにいきたくて。それでも近くにいきたくて。何時しかこの視線が同じ位置に立てる事を、祈っている。そして願っているから。
「…大好き…お義父さま……」
何時しか『お義父さま』としてでなくこの言葉がいえる日が来る事を、ずっと。ずっと自分は待っているから。この言葉を、言える日が来る事を。
…顔がそっと、重なる。ララムの髪がダグラスの頬に掛かり、そして……。
けれどもそれを知っているのは。
けれどもそれを見ていたのは。
――――ふたりの間を通り抜けた風だけだった……
いつか、ね。いつか、きっと。
きっとあたしは、告げるから。
本当の想いを、告げるから。
…だから、その時は…その時は…あたしを…娘としてでなく女として…見てね……