Little Girl



――――その手を、そっと暖めてあげたい。


冷たくなった手のひらを、そっと包み込んで。そして寒くないように、と。
君が凍えてしまわないようにと。小さな君が、寒くないようにと。


…私の全てで、君を暖めることが…出来たならば。



一面の白い世界。真っ白な雪が降り続けるイリアの大地。初めて見る白い物体にその大きな瞳が益々大きくなって。
「エルフィン、冷たいよ。凄く冷たいよっ!」
振り続けていた雪が収まった途端に、小さな身体は元気いっぱいに飛び出してゆく。背中にある羽をぱたぱたとさせながら。その羽さえなければ、本当にただの子供だった。何処にでもいる無邪気な子供だった。その背中の羽さえ、なかったならば。
「そんなに薄着で出たら風邪を引きますよ」
そう言っても無駄だった。里から出たことのない子供は、初めての雪との遭遇に嬉しさを隠せないでいる。触れれば冷たいのは分かっていても、何度も雪に触れその感触を確かめていた。
「平気、ファは風邪なんて引かないもん。それよりもエルフィンっ!」
小さな身体で大きく手を振って私を呼ぶ君は。君は本当にただの子供だった。こうしていれば他の子供たちと何一つ変わらない、純粋な子供。
小さな身体が私の前に近付くと、冷たくなった手のひらが指先に絡まってくる。小さな、手。私が包み込めば全て。全てすっぽりと隠れてしまう手。小さな、君。
「ファと、遊ぼう。ね」
引っ張るように私の手を掴む君に、笑って答えた。私は多分君の一番の望みを叶えられないから、だから。だからこうして小さな望みを懸命に叶えようとしているのかもしれない。



――――ファね、ずっとね。ずっとエルフィンといたいの。
…私もいたいですよ。貴方と、一緒に……
――――だから待っててね。ファが大きくなるまで、待っててね。
…それが…出来たらいいですね……
――――約束だよ、絶対に待っててね。


真っ直ぐな瞳。反らされる事のない大きな瞳。
そこには嘘も偽りも、駆け引きも何もない。何も、ない。
ただ綺麗なものだけが、その瞳にはある。その瞳には。
私の廻りにはなかったもの。私には与えられなかったもの。
ただひたすらに純粋で、そして綺麗なその瞳。


常に人の上に立つ立場だから、裏切りも偽りも、全てこの身で受け止めてきた。当たり前の事だった。それが日常だった。相手の全てを信じれば裏切られる。だから必要な部分だけを利用すればいい。そうする事が、人の上に立つ事だと気付けば身に付けていた。



『エルフィン、大好き。ファ、エルフィンが一番大好きなの』



見つけたもの。ただひとつだけ見つけたもの。
そこには裏切りも偽りも、嘘も何もない。ただひたすらに。
ひたすらに純粋で、そして真っ白な心があるだけだから。


私が見つけたただひとつの癒し。そしてただひとつのかけがえのないもの。



神など信じた事はなかった。信じるものは常に自分だけだった。どんなになろうとも裏切らないものは自分の心だけだった。けれども。
「手が冷たいですよ、ファ」
けれども今ここにある命は。この小さな命だけは、決して私を裏切らない。私は信じられる。この命だけが私にとってのただひとつの真実。
「へへへ、さっきまで雪いっぱい触ってたから」
この手のひらから伝わるぬくもりだけが私にとってのただひとつの癒し、そしてただひとつの祈り。君だけが私のただひとつの、救いだ。
「フフ、でもあまり無茶はいけませんよ」
この小さな命だけが、私の浄化の光だった。この命だけが、私のただひとつの永遠だった。


冷たい手のひらをそっと包み込んで。包み、込んで。
そっと息を吹きかけて、ぬくもりを与える。暖かいぬくもりを。
こうしてずっと。ずっと私が君にぬくもりを与えられたならば。
この小さな身体を、ずっと。ずっと暖められたならば。


―――――何もいらない。君がただ無邪気に微笑っていてくれれば、それだけでいい。



「エルフィン、暖かいね」
「ええ、その為にこうしているのですから」
「でもね、ファ」
「何ですか?」
「…寒くなくてもね…寒くなくても」


「…エルフィンと手、繋いでいたいよ……」


繋がった指先が、ずっとならば。ずっとずっと繋がってゆければ。
本当に何も怖くはないのに。何も恐れる事はないのに。何一つ怯える事はないのに。
でも何時しかこの手は離れてゆく。必ず、離れてゆく。


―――何時か君を独り置いて、私の手は腐ってゆく。


「私もですよ、ファ。ずっと貴方と」
それでも何時しか。何時しかこのぬくもりが消えないほどに。
「貴方と手を繋いでいれたならば」
消えないほどに君に私という存在を埋めこむ事が出来たら。
「それだけで…嬉しいですよ」
そうしたら私は君の心の中に、残る事が出来るだろうか?



永遠なんて何処にもない。形あるものは必ず滅びてゆく。それでも。それ、でも。



空から再び雪が降り始める。冷たく白い雪が。
この白い花びらに埋もれてしまえたならば、全てが。
全てがこの想いのままに、留まる事が出来るだろうか?



…私が地上から消えても、このぬくもりを、君のそばに留めておく事は…出来るだろうか?