――――君と、この繋いでいる手が解かれる日まで。
何時かこの手は必ず解かれる。何時かこの指先は絡み合うことがなくなる。それでも。それでも。
「エルフィンの手、おっきいね。ファの手見えなくなっちゃうよ」
包み込む小さな手は、本当に幼い子供の手。暖かいぬくもり。暖かい、指先。伝わる体温が永遠であればこんなにも切なくはなかっただろう。
「そうですね、今は。今はファの手はこうして全部…包み込めますね」
「うん、おっきい手。エルフィンの手。へへへ、大好き」
無邪気な大きな瞳が、楽しそうに私を見上げて。見上げてそして。そして笑う。その笑顔が護れるためならば、きっと。きっと、私はどんな事でも出来るだろう。
綺麗な魂をずっと。ずっと君が持っていてくれるなら。
誰からも穢される事無く、誰からも消費されず。そんな。
そんな君の綺麗な魂が、ずっと。ずっと続くのならば。
この身が年老い朽ち果てても。私という存在がこの世から消えていっても。
子の無邪気な魂が永遠に。永遠に輝けるのであれば。
「エルフィン、ポロンポロン、やって。ね、ね」
これから先、君だけが大人にならない。君だけが生きてゆく。
「はいはい。分かりました」
この世界の中で私たちは死に逝き、そして消えていっても。
「わーいわーい、エルフィン大好き」
貴方の時は流れ続け、そして。そしてその中に。
―――私という存在は残るのでしょうか?
ただ純粋に、ただ素直に。このまま君が。
こりまま君が見てゆくであろう世界が、綺麗なままで。
争い事も醜い欲望も何処にもない、綺麗な。
綺麗な世界のままで、ずっと在り続けられるように。
君が誰もいなくなって独りになったとしても、世界が醜く壊れてしまわないように。
「何時かファの本当の名前が、私に届くといいですね」
ハープを奏でながら、無邪気な少女が隣ではしゃいでいる。砂漠ばかりの場所の中で唯一花が咲くこの場所で。そう君はこの地上に咲く小さな花。
「届くよ。エルフィンにはきっと届く。だってファが…一番に名前呼んで欲しいひとだから」
この無邪気な瞳が何時しか大人になった時に、私たちはこの世界のどこにもいなくて。いなくてただひとり君だけが取り残されて。たんさんの人の死を君はずっと見てゆく。永遠とも思える命で、大切な人をたくさん失ってゆく。それが永遠を生きるという事ならば。
――――それはどんなに残酷なことだろうか?
それでも君は、生きてゆくのならば。ずっと生きてゆくのならば。それが血の定めで、そして君の宿命ならば。
「呼びたいですね、何時か…何時か貴方の名前を」
ならば少しでも。今この時が優しく包まれるように。今こうしている瞬きするほどの時間でも、優しく過ぎてゆけるように。君にそっと時間が零れてゆけるように。
「呼んでね、ファの名前…呼んでね……」
ハープから手を離せば君の小さな手が私の指に触れる。今はこうして私はこの手を包み込むことが出来る。この小さな指先を。この暖かなぬくもりを。
ずっとね、ずっと一緒にいたいなって思っている。
エルフィンとずっと一緒にいられたらと。でも。
でもね、本当は分かっているの。ファ、分かっているの。
エルフィンとはずっとはいられないんだって。
本当はね、ファ。ファ、知っているんだ。
それでも今は一緒にいられるから。今はこうして手、繋げるから。
ソフィーヤお姉ちゃんが少しずつ大きくなって。
ファよりも大きくなって。ファは全然大きくなれなくて。
分かっているよ。だって、ファ。ファはずっと。
ずっと見てきたから。見てきた、から。
ファより小さかった男の子が先に大きくなってゆくことを。
ファよりも小さかった女の子が先に大人になってゆくところを。
ずっと見てきたから。だからね、平気。平気だよ。
何時もの事だから。何時もの事だから、平気だよ。
でもね、でもね、エルフィンとね。
エルィンと一緒にいられなくなることだけが。
どうしてかな?泣きたくなるくらい…哀しいのは?
ちゃんと分かっているはずなのに。ちゃんとファ、分かっているのに。
でもね、この手を離すことが。この手、離すことがどうしても。
…どうしてもファ…ファは、出来ない。
「どうしたのです?ファ」
だから今だけぎゅってさせてね。
「エルフィン、大好き」
ぎゅってして、暖かさ消えないように。
「大好き。ファ、エルフィンが一番好き」
ずっとこの手に、消えないように。
「―――私もですよ…ファ」
ずっとずっと、消えないように。
この指先が解かれる日が来ても、繋がったぬくもりは決して消えないように。
「ずっとファが好きですよ。私が消えても…気持ちはずっとファの中に残してゆきます。ファが淋しくないように」
それから私達は何も言わずに指を絡めていた。
言葉にすると壊れそうな何かを必死で護るために。
そしてそれをふたりがずっと、失くさないように。
暖かく優しく、そして少し切ないその想いを。
―――――ふたりの指が解かれる日が来ても…決して消えないように、と。