ふたり、手を繋いで歩いたね。
こんな月の夜。何時か届くかもしれないって。
月にまで届くかも、しれないって。
―――こうして指を絡めて…歩いたよね……
この道はずっと続くんだって、信じていた。小さな私には永遠とも思える距離。歩き続けても、ずっと。ずっと辿り着けないと、本当に信じていた。
「エルフィン。お月様、大きいね」
漆黒の空にぽっかりと浮かぶ月は、とても大きく見えた。小さな私には、本当に大きな丸い球体だった。この手を一生懸命に伸ばしても、全然届く事のない大きな月。空に浮かぶ月。
「大きいね、ファよりもずーーっと大きいね」
「フフ、そうですね。ファよりもずっと大きな月ですね」
私にとって貴方も大きな人だった。こうやって手を繋いで歩いても、懸命に顔を上げなければ貴方の顔は見る事が出来なかった。こうやって、顔を見上げなければ。
「大きいね、凄いね」
それでも貴方は何時も振り返ってくれた。私が見上げればその場に立ち止まって、そして身体を屈めて。屈めて同じ視線に。私と同じ目の高さに、同じ位置になってくれた。
「ええ凄いですね。でも本当は…貴方の方がずっと凄いんですよ」
綺麗な指先が、そっと頭を撫でてくれる。この瞬間が何よりも好きだった。細くて白い綺麗な指先が、私の頭をそっと。そっと撫でてくれるこの瞬間が。
――――何よりも、好きだった……
小さな手のひらを包み込む貴方の手。
暖かく、そして優しい貴方の手。ずっと。
ずっと、ずっと、私は。私はこの手が。
この手が繋がれているんだって思っていた。
疑う事も、未来も、何も知らない無邪気な子供。
私が一番きっとしあわせだった頃。しあわせだった、頃。
ずっとその時が続くんだって、信じていられた瞬間。
「ファはね、何時かね。エルフィンのお嫁さんになるの」
優しかった。とても優しかった。貴方の笑顔は。
「そうですね、何時か」
私の記憶の中の、貴方の笑顔は、何よりも優しかった。
「―――何時か…そんな日が来るといいですね」
優しすぎて、苦しい。今は、苦しい。
思い出した瞬間、胸の中に広がるどうしようもない程の切なさが。
どうにも出来ない想いが。私にはどうしていいのか、もう分からない。
何時も手を繋いで、月を見にいっていた。誰も知らないたりだけの秘密だって言われた事が嬉しくて、私は何時も貴方にせがんでいた。
「ファは本当に月が好きなんですね」
何時も言われていた言葉。ずっと月を見上げていた私に貴方が言った言葉。優しく微笑みながら、言った言葉。
「うん、好き。大きくて綺麗だから。でもね」
「でも?」
「エルフィンの方が…好き……」
月を見ているよりも本当は。本当はこうして手を繋げる事が、貴方が隣にいてくれる事が。それが何よりも。何よりも、私は嬉しかったの。何よりも、嬉しかったの。
「私もですよ、ファ。貴方が…誰よりも好きですよ……」
それが一番大事な事だった。私にとって、そしてきっと貴方にとっても大事な事、だった。
「…綺麗ですよ…ファ…誰よりも……」
大人になった私を包み込む手は、皺だらけで。
「…貴方は…誰よりも綺麗……」
私を見つめる瞳は窪んで、そして霞んでいた。
「…ずっと綺麗なままで…小さなお嬢さん……」
それでも貴方は貴方だった。私の愛した貴方だった。
「…ずっと好き…エルフィン…ずっと好きよ……」
記憶の中の笑顔。私の記憶の中の、貴方の笑顔。
それは今こうして。こうして微笑んでいる顔なの。
皺だらけになって、目が窪んで、真っ白な髪の。
そんな貴方の笑顔なの。優しい、笑顔なの。
それは何も変わらない。何一つ、変わらない。
――――ずっとずっと、私が好きな貴方の笑顔なの……
ねぇ、私。私しあわせだったよ。
貴方に逢えて、しあわせだった。
無限とも思える命を生きる中で。
それだけが宝物なの。それだけが。
ずっとずっと、私の宝物なの。
…永遠に綺麗な私の大切な…場所なの……
あの頃と何一つ変わる事のない月がぽっかりと空に浮かんでいる。
あの月だけはずっと見ていた。私達をずっと、見ていた。
そして。そして私の指先に残るものも何も変わらない。
貴方のぬくもりは、永遠に。永遠に私の指に刻まれているから。
――――記憶の中の笑顔と、ともに……