千年愛



生まれそして消えゆく無数の命の中で、ただひとつ私が見つけたもの。


ただこうして零れてゆく命を、消えてゆく命を見ているだけで。こうしてただ見つめる事しか出来なくて。ずっと、私はそうやって生きてきた。
人とは生きる長さが違うから、無限の時間を生きてゆくから。それはどうしようもない私の宿命。どうにもならない私の運命。けれどももしも。もしも一つだけ願いが叶うならば。


もしもひとつだけ、願いが叶うのならば。



『あのね、えっとね!ファもね、エルフィンに負けないくらいきれいになるから!おっきくなるまで待っててね!!約束だよ!』



私は大人になりました。大人といってもまだ人間で言う所の『少女』でしかないけれど。それでも背は伸び胸は膨らみ、貴方と同じ視線の高さにまでなれるようになりました。
貴方と同じ位置。貴方と同じ視線。貴方と一緒の視界。何時も見上げていた私が。ずっと貴方を見上げていた私が、こうやって。こうやって貴方と同じ位置に立てた時には。


――――私は貴方を見下ろす事しか出来なくなっていました。


「…私…大きくなったよ……」
貴方に追いつきたくて、ずっとずっとそれだけを思っていて。ただそれだけが私にとっての願いで、そして想いだった。
「…大きくなったよ…エルフィン…ファね、大きくなったよ……」
あの頃と同じように。あの頃のように語りかけ、そして。そして視線を見上げて貴方を見つめようとして。見つめようとして、そして。そして私は腕の中の重みに、現実に戻された。


白い、髪。しわだらけの顔。
皮膚はかさかさになって。そして。
そしてぽろぽろと剥がれてゆく。
あんなに大きく見えた貴方は今。
今とても小さな塊になって、私の腕に。
私の腕の中に、在る。


――――それでも私は貴方を誰よりも綺麗だと、そう想うから。


「…エルフィン……」
信じていた。あの頃は信じていた。
「…ずっとね、ファ……」
何時か大きくなって、貴方と。
「…ファはね、エルフィンの事だけを…」
貴方と同じ位置に立てるんだと。
「…大好き……」
ずっと。ずっと、信じていた。


大きくなれない私と、年老いてゆく貴方と。流れる時の砂がこんなにも違うのに。


『ファね、ずっとエルフィンといたいの』
大きな手が、綺麗な指が大好きだった。私の頭を撫でるその指が。
『ええ、私も…私もずっと貴方といたいです』
このぬくもりがずっと。ずっと与えられるものだと信じていた。
『叶うなら…貴方とともに…生きてゆきたい』
――――ずっと、ずっと、私は信じていた。


一度だけ、キスをしたね。最初で最後のキス。
憶えている。私がまだ子供で何も知らなかった時。
そんな時にふざけてした、キスが。
それが最初で最後だったなんて、夢にも思わなかった。



「…好き…エルフィン…ずっと…好き……」



髪を、撫でた。けれどもその髪はぱらぱらと零れ風に飛ばされてゆく。白い髪が風にふわりと飛ばされてゆく。もう貴方はここにはいない。この小さくなった塊の何処にも貴方はいないけれど。それでも私は抱きしめる。抱きしめ、る。
「…大好き…エルフィン……」
かさかさのぬくもりのない肌。ひんやりと冷たい身体。窪んだ瞳は最後は私の姿を映すことすら出来なくなっていた。だからきっと。きっと最後まで貴方にとって私は小さな子供のままなのだろう。あの頃のままだろう。
「…大好き……」
でも大きくなったの。私はこうして。こうして貴方を抱きしめられるくらいに。こうやって貴方を…抱きしめられる、くらいに。


もしもひとつだけ、願いが叶うなら。
もしも願いが叶うなら。この命を。
無限とも思えるこの命を、消してください。
長い時を刻むよりも、私にとっては。
私にとっては貴方とともにいた一瞬が大事。
それが何よりも一番、大事だから。


――――このまま。このまま貴方のそばに、逝かせてください。



かさかさの乾いた唇に、キスをして。鼓動のない胸に、頬を当て。
小さくなった貴方の塊をきつく抱きしめ、私は。私は眼を閉じた。

このまま永遠に目覚めたくないと願いながら、それでも私は生きてゆく。
それが運命で、それがさだめである限り。私は、無限の時を生きてゆく。



零れゆく命を、消えゆく命を、ただ見届ける事しか出来なくても。



無限とも思えるの時の中で私が見つけた、ただひとつのもの。ただひとつの、永遠。それは本当に瞬きするほどの時間でしかなかったとしても。私にとっては、永遠だから。




千年生きるなら、貴方を千年愛する。そして死に場所までその愛を私は持ってゆくから。