貴方の元へと、この翼で舞い降りる事が出来たならば。
ねぇ、そばにいて。何もいらないから、ずっと。ずっとそばにいて。
それだけでいいから。それだけで、いいから。
何もいらないから、だから。だから私のそばにいて。
背中の翼をもぎ取った。いらないものだからと、もぎ取った。竜の翼。空を飛ぶ白い羽。でもそれが。それこそが貴方と私を遮るものならば。この翼が貴方と私を違うものへとするならば。
背中が悲鳴を上げて、真っ赤な飛沫が飛ぶ。それでも羽をもぎ取った。いらないものだから。必要のないものだから。
「…エルフィン…エルフィン…何処にいるの?……」
背中の痛みよりも痛いものは心の痛み。切り裂かれる心の痛み。地上の何処にも貴方がいない事への、痛み。何処を捜してもさ迷っても、貴方がいない事の苦しさ。
歩くたびに私の後を血の紅が着いて来る。折れた翼が散らばってゆく。けれども私は歩き続けた。飛べなくなったから、素足で歩いた。石を踏みつけそこから傷が出来ても、それでも構わずに歩き続ける。さ迷い続ける。ただひとり。ただひとりの、貴方を捜して。
「…ねぇ…何処にいるの?ねぇ…ファ…独りぼっちだよ……」
何時しか髪は背中まで伸びていた。どんなに追いかけても追いつかなかった脚は、今はもう。もうこうして貴方と同じ幅で歩く事が出来る。出来るのよ。同じ場所にやっと立てたのよ。
私はやっと。やっと貴方に追い着く事が出来た。やっと貴方の場所まで辿りつけた。やっと貴方の所まで…所まで…これたのに……。
「…ファ…独りぼっち…だよ……」
頭上から細かい雨が降って来る。それがファの身体を濡らし、流れた血を浄化していった。雨が溢れた血を洗い流す。長い髪に、背中に、そして足許を流れる血を。
それでもファはさ迷い歩き続ける。まるで狂った娘のように。実際端から見たら狂人の娘なのだろう。来ている服の背中は裂け、そこからは血が溢れ出している。羽を毟り取った痕が残る背中。そして長い髪を雨に濡らしながら、細かい傷が沢山出来た素足で森を歩き続ける。そして。そして辿り着いた場所に、ファはひどく子供のような顔で…微笑った。
「…エルフィン……」
そこにあるのは肉の塊だった。剥き出しになった肉の塊。腐りかけ爛れている肉の塊。その前にファは座りこむと、そっとソレを腕に抱いた。抱いた途端にぽたりと爛れて破片が落ちてゆく。それでもファは慈しむようにソレを抱きしめた。
抱きしめ、そして。そして微笑う。それは変わる事のない彼女の子供のような笑みだった。
ここが世界の終わりの場所だった。ふたりにとっての終焉の場所だった。
年老い死にゆく愛する者と、ふたり。ふたりだけで、この。この場所で。
森の奥の、小さな木の家で、迫り来る終焉をただ静かに待って過ごしていた日々。
少女になった竜の娘は、年老い土に返る男をただひたすら。
ただひたすらに愛し続けた。愛し続け、た。終わりが来る事は知っていた。
全てが終わる事は分かっていた。それでも。それでもそばにいた。
その日が来るまで、ずっと。ずっと竜の娘は、老人のそばにい続けた。
――――もうすぐ世界の終わりが来る事を…分かっていながら……
幾千もの夜、幾千もの朝。その日が来るのを怯えながら、そばにいた。ずっとそばにいた。後は死を待つだけの男と、これから花咲き美しくなってゆく少女と。それは誰にも理解されない、ただひとつの本当の愛だった。ただひとつの、愛だった。
「…エルフィン…好き…大好き……」
肉体的に身体を繋げる事は出来なかった。だから男はその皺だらけの手で、少女の身体に触れた。感じる部分をその手が辿り、少女を女にした。
「…大好き…エルフィン……」
男の指が少女の蕾を掻き乱し、一番感じる部分に触れる。それだけで少女はイク事を覚えた。強い刺激よりも、触れられている相手に感じた。身体よりも心が、感じた。
「…大好き……」
その男だった塊を抱きしめ、竜の娘はソレに口付けた。ソレが人の形をしていた時に、よくしていたように。触れるだけのキスを、何度も何度も。
ねぇ、そばにいて。ずっと、そばにいて。
それだけでいいの。それだけで、いいの。
だからね、この手を。この手を離さないで。
離したりしないで。ね、お願いだから。
「…エルフィン……」
大きな瞳から零れて来る雫は決して空の雨ではなかった。その塊を抱きしめながら、少女は一方の手を離すと、そのまま自らの胸に触れた。まだ膨らみ始めたばかりの胸だった。それを少女は手のひらで包み込む。男がそうしてくれたように。男の手が、そうしたように。
「…はぁっ…あ……」
柔らかく包み込むように外側の乳房を揉みながら、胸の果実を指で転がす。布越しに弄っているだけなのに、乳首がツンっと突き出しているのが分かった。
「…あぁ…エル…フィンっ……」
服の上からでは耐えきれずに、少女は裾から手を忍ばせ直に乳房に触れた。痛い程に張り詰めた突起に直接指で触れて、ぎゅっとソレを摘む。その途端、ピクンっと華奢な肩が跳ねた。
「…あぁんっ…はぁっ…エルフィン…あぁぁっ……」
片手で愛する人の塊を抱きしめながら、自らの指で胸を揉む。背中からはまだ乾ききってない血が溢れ、頭上からは水滴が降って来る。深い森を霧が包み込み、今この場面を静かに閉鎖した。誰にも分からないように、誰も見つからないように、誰も入れないように、と。
―――ただ『ふたり』だけの場所にした……
強く抱きしめれば肉の破片はぽたぽたと零れてゆく。それが肌蹴た少女の胸に落ちていった。何時しか抱きしめていたソレも崩壊し、少女の身体に零れてゆく。
「…エルフィン…エルフィン…あぁ……」
ビリリと音を立てながら少女は服を引き裂いた。布が散らばり羽のように飛んでゆく。まるでもぎ取った背中の羽のように。
少女の白い肌が露わになり、その肌に爛れた肉の破片を擦り付けた。何度も何度も擦り付け、少女は口から甘い吐息を零す。
「…はぁぁっ…あぁぁ…」
キスをされているようだったから。全身にキスを、されているみたいだったから。だから感じた。だから溺れた。愛する男の唇が全身に降り注いでいるような気が、したから。
「…あぁんっ…あっ…あぁ……」
それは。それは紛れもなく、少女と男のセックスだった。誰が何を言っても、それが彼女にとっての真実だった。
肉の付いたままの指を、秘所へと忍びこませる。まだ薄い茂みが生えたばかりの器官は、綺麗なピンク色をしていた。その割れ目をなぞり、ずぷりと指を埋めこんでゆく。
「…くふっ…はぁっ…あ……」
片手で胸を弄りながら、脚を広げ器官を掻き乱した。くちゅくちゅと濡れた音を響かせながら、少女は行為に溺れた。手についた肉の破片が一番感じる個所に当たる。その途端、びくんっとその身体が電流を流したように跳ねた。
「…あぁぁ…エルフィン…エルフィン…あぁんっ!」
指先がじわりと濡れるのを感じながら夢中で少女はソコを自らの指で慰めた。自らの指で慰めながら、男の肉で掻き乱されていた。そう、触れているのは愛する男のモノなのだ。男の破片なのだ。
「…ああんっ…あんっあんっ…!…ああぁっ……」
繋げたかった。一度でいいから、身体を繋げたかった。大人になるまで待ってなんて欲しくなかった。子供のままで良かった。子供のままで良かったから、一度でいいから身体を繋ぎ合わせたかった。
愛する男を受け入れたかった。ただ独り愛した人の熱さを、感じたかった。
「…あぁっ…もぉっ…エルフィン…もぉっ!」
目尻から涙が零れ耐えきれなくなると、何時もこうやって哀願していた。そうすれば男の指は彼女に狂うほどの快楽を与えてくれる。そうしてイッて、そして。そして必ずキスをした。身体を繋げない変わりに唇を繋げた。かさかさのその唇にキスをして。そしてひとつになった。
でももう。もうその唇は、何処にもないから。
「…あっ…あぁ…もぉ…ダメ…ダメェ…ああっ……」
何処にもない。何処にもいない。貴方が何処にもいない。
「…エルフィン…っ…エルフィン…ファ…もぉっ…もぉっ…」
何処にも貴方がいない。何処を捜しても貴方はいない。
「…もぉ…ファ…イクっ…イッちゃうっ!!」
地上の何処を捜しても、貴方のかけらはもうないの。
「――――ああああんっ!!!」
翼なんていらない。空なんて飛べなくていい。
命なんていらない。身体なんていらない。
貴方がいないなら、何一つ私はいらない。いらない。
キスを、して。何時もみたいに、キスをして。ねぇ、キスをして。
火照る身体は降り注ぐ雨で急速に冷えてゆく。冷たい雨が少女の身体を洗い流す。身体にこびり付いた肉の破片も、背中から零れた血も。全部全部、雨が洗い流してゆく。雨が、奪ってゆく。最期に残された地上に残されし『男』だったものを。
「…連れていって…エルフィン…ファを…連れていって……」
ふわりと、羽がひとつ頭上から落ちてきた。真っ白な羽が…落ちてきた。
少女の上に落ち、そして。そして、消えた。
それは彼女が見た幻だったのか、それとも一瞬だけ。一瞬だけ。
…男の願いが届いたものだったのだろうか?………