幾つもの星



何時しか地上に星が落ちてきて、それをそっと手のひらで掬えたらと。
そんな事を本気で話していた。本気で、思っていた。
それが子供特有の無防備な夢で、そして。そして子供だったから。
だからありえない現実すらも、強い希望で見ていられたのだと。
今になって気付いても。もうあの頃に戻れなくても。それでも。


――――それでも消えないものが…手のひらに残るものがあるから……



夜空に浮かぶ星だけは何時もずっとここにあった。どんな時もどんな瞬間も、この星だけは僕達をずっと見ていた。
「ロイ様、随分と遠くまで来てしまいましたね」
幾つもの夜と朝を越えて、僕達はここまで来た。気付いたら戻れない場所にまで来ていた。けれども。それでも、隣りにはお前がいる。それだけは変わらなかった。ずっとずっと、変わらなかった。
「そうだね、でもたまにはいいよね」
ベルンとの戦いが終わり、僕らは国へと戻った。そして無我夢中に働いた。戦争のせいで傷ついた国を元に戻すために。一緒に戦った皆がそれぞれの故郷に戻って夢中になって、働いていた。僕も自分の領地を元通りにする為に、本当に寝る間も惜しんで…働いた。
「国に戻ってきてから、ずっと働きづめでしたものね。たまには息抜きもしなくては」
そんな僕に皆が付いて来てくれた。マーカスは勿論アレンも、ランスも。そしてお前も。お前も僕以上に、頑張ってくれた。本当に僕以上に。
「息抜きは、ウォルトがそばにいてくれれば何時も息抜きにはなっているんだけれどね」
「…ロ、ロイ様…何を言って……」
「本当の事だよ。僕はウォルトの前でだけは…本当の自分を曝け出せるから」
耳まで真っ赤になりながら困ったような表情を浮かべるお前に、僕はひとつ微笑って。微笑って、そっと。そっとその身体を抱き寄せた。



空の星のように、何時もお前がそばにいた。
どんな時も、どんな瞬間も。そばにいたのはお前だった。
生まれて初めて口を聴いたのも。手を、繋いだのも。
人を好きになったのも、誰かとともにいたいと思ったのも。
何時も僕の初めてにはお前がいた。何時も、何時も。


――――どんな瞬間でも、お前が僕の隣りで微笑っていてくれたから……


「…ずっと一緒にいてくれるよね……」
どんな辛い事でも、どんな苦しい事でも。
「…僕と一緒に…ウォルトだけは……」
ひとりじゃないって思ったから。ひとりじゃないと。
「…僕のそばに…ずっといてくれるよね…」
苦しみも哀しみも、半分こ出来るから。お前と。
「…ずっと…一緒に……」
お前と分け合えるから。だから僕は乗り越えられる。


どんな重たい運命でも。どんなに困難な道でも。分かち合える人がいるから。


「―――今更ですよ、ロイ様」
「…ウォルト……」
「僕は貴方とともにいるために生まれてきた。僕がいるのは貴方がいるから」
「…うん…そうだね……」
「ロイ様、僕は貴方のために生まれてきたんです」


「…貴方のそばにいるために…生まれてきたんです……」



もしも背中の羽が互いにひとつしかなかったら。
きっと失われた片翼は互いの背中にある。僕らは。
僕らはふたりでいて初めて。初めて空を飛ぶ事が出来るから。
ふたりでいて初めて。初めて僕らは『ひとつ』になれる。


生まれて来た時は誰もがひとりだけれど。けれどもそれはただひとりの半身に出逢う為に。



抱きしめた身体を少しだけきつく引き寄せた。腕の中で微かな息を零して、そのまま。そのままお前は僕を見上げる。この瞳だけがずっと、僕を見ていてくれた。この瞳だけが僕の本当の事を知っている。僕自身の生身を、知っている。
「ウォルトの瞳に星が映ってる」
その頬を手で包み込み、ぬくもりを感じる。近くに、いる。こうして触れ合える距離に、いる。一番大切なものはこうして僕のそばにある。それは何よりも、どんな事よりも、しあわせだから。
「ロイ様の瞳にも…映ってますよ…凄く綺麗です……」
どんな名誉を手に入れるよりも、どんな力を手に入れるよりも、こうして。こうして一番近くにあるぬくもりが、大切だから。一番そばにあるものが、大事だから。
「このまま食べてしまいたいな」
お前が、大事だから。お前が、大切だから。だからこれからも。これからもずっと僕のそばにいて。そばに、いて。
「…もう…ロイ様ったら……」
そばにいてください。弱くて脆い僕を、その瞳で見つめて、そして包み込んでください。


見つめあって、微笑いあって。
そして重ねる唇は、ずっと。
ずっと、消えないぬくもりを。
消える事のないぬくもりを。


――――お前と僕とで、そっと分け合えるから。



空の星はずっと。ずっと僕らを見ている。変わることなく見守っている。その星のようにお前の瞳も、ずっと。ずっと僕を見ていて欲しいと願った。それだけを、願った。