血の、匂いがする



夢を、見た。俺がお前を、殺す夢。
お前が「しゃーねぇな」と言いながら。
言いながら、笑って。微笑ったお前を。
俺はこの剣で、切り刻む。


――――泣きながら、剣で切り刻む夢。



お前の背中に最初に傷を付けたいと思ったのは…そうしたら絶対にお前は俺を忘れないからと思ったから。どんなになろうとも、刻まれた傷が俺を。俺を思い出すだろうと。

そんなバカみたいなことを、本気で思っていた。

そのうちにもっと違うものが欲しくなった。傷だけじゃない。一番最初に付ける傷よりも、もっと。もっと違うものがお前から欲しくなった。そしてそれを手に入れる為ならば、俺は。俺は本当にもっと。もっと怖いことを思うようになっていた。


「―――ディーク……」
お前の命が、欲しい。そう思った。
「どうした?ルトガー」
その命をこの手に入れたいと。そうしたら。
「………」
そうしたら俺は。俺は満たされるのかと。
「どうした?だんまりか?訳分かんねー奴だな」
お前の全部を手に入れたら、俺は。
「何時か俺が」
俺は、満たされるのかと…思った。


「お前を殺したいと言ったら、どうする?」


そんな事をしても満たされないことは分かっている。一時的に満足してもその後に残されるのはただの真っ黒な穴。ぽっかりと空いた穴。そして気付くんだ、一番欲しかったものがそうして永遠に得られないという事を。

それでも一瞬でもお前が、俺だけのものになれば。
この手に全てを、手に入れることが出来るのならば。


「バーカ、お前なんかに殺される程俺は間抜けじゃねーよ」
笑う。まるで太陽みたいに笑う。たくさんの血と、たくさんの傷と、そして。そしてたくさんの人の罪と罰を背負い続けている男。人を切ることで、人を殺すことで自分自身に重たい罪を自らに課せ続けている男。それでもお前はまるで。まるで太陽のように、微笑うから。
「でもお前が」
微笑うから、俺は。俺は自分の闇の深さにどうしようもない程の苦しさを覚えながら、その光に癒され救われることに気付く。矛盾しているようでいて、それでも。それでもどちらも俺にとっての唯一のことだったから。
「お前がそれで、満足なら」
伸びてくる、手。大きな手。俺の頬にそっと掛かる、手。傷だらけで透明な血が染み込み、罪の鎖が結ばれていても。それでもお前の手は。お前の手は、何よりも優しい。
「お前を捕らえているものが開放されるんなら…やってもいいぜ」
そのまま手を離したくなくて、指を絡めた。伝わるぬくもりが切ないほどに苦しくて、俺は目を閉じることしか出来なかった。


俺を捕らえる闇は、お前が作りだし。俺を救い出すのは、お前の光だけだ。


「なーんて、な。嘘だぜ、ルトガー」
目を開けようとして、それは叶わなかった。そっと降りて来る唇が、俺の睫毛に触れたから。そしてそのままゆっくりと頬に鼻筋に、そして唇へとそれは降って来る。痛みと切なさと、そして何処か甘さを含みながら。
「…ディーク……」
「んなもんお前にやらねーよ。そうしたらお前、独りになっちまうだろうが」
頬に触れていた手がくしゃりと俺の頭を一つ乱した。そしてそのまま肩に手が掛かると、そっと抱き寄せられる。たくさんの傷を持つ身体。戦い続けた身体。それでも背中だけには傷はない。綺麗な背中に傷だけは、ない。
「独りでベルン滅ぼすなんてさせねーよ、相棒」
その背中に傷を付けたいと思った。一番初めに傷を付けたいと。自らの剣で付けて、そして消えない印をお前に残したいと。


―――絶対に消えないものを『お前』に、残したいと……


分かっている。分かっているんだ。
俺はお前が欲しいんだ。お前だけが、欲しいんだ。
他の誰でもないお前を、俺だけのものにしたいから。


だから夢を見る。お前を殺す夢を見る。
そして屍になったお前を手に入れて、一瞬だけ。
一瞬だけ満たされるその思いの為に。


――――でもそれ以上に俺は…俺はお前のそばに…いたい…から……



「そー言やーお前さ、ずっと前に俺の背中に最初の傷を付けるのは俺だって言ってたよな」
「―――よく覚えているな」
「ばーか忘れる訳ねーだろうが。でもそれってさ」


「もうとっくに付けているだろう?」


ニヤリと口許で笑われてその意味を確かめる前に、背中に廻した手で気が付いた。そう確かに俺はお前の背中に傷を付けている。この爪で傷を…。
「――――っ!!」
「こらっ人の顔ひっぱたくなよ、バカ。痛てーだろうが」
「お前が変な事を言うからだっ!」
「ってしゃーねぇだろう、本当のことだからよ…だからいいじゃねーか」
「…何がだ?……」
「何時でもお前俺の背中に傷、付けられるんだからよ。それが出来るのはお前だけだ」


「お前以外誰も、出来ねーんだぞ」


血の、匂いがする。何時もお前は血の匂いがする。
でもそれを知っているのは俺だけで。そして俺が。
俺が血の匂いをしているのも知っているのはお前だけで。


お前だけが本当の俺を…知っている。そして俺もお前の本当を、知っている。




「だから、ずっと俺の背中の傷が消えねーように…そばにいろ……」