――――何時も、その一言が言えない。
心で告げる事は簡単で。思う事は簡単で。何時も何時もこの胸にある言葉なのに。
なのにどうしても。どうしてもその一言だけが、告げる事が出来ない。告げる事が、出来ない。
とても簡単な一言なのに。とても簡単な言葉、なのに。
「全くお前は何時になったら、素直になってくれんだろーな」
微笑う、お前。何時も思っている。笑った顔がひどく無邪気だと。何時も誰よりも前に立ち、強い男であるお前が…微笑う時はひどく。ひどく子供のような笑顔を向ける事を。
その顔を何時もずっと。ずっと見ていたいと、そう思っている。太陽みたいな眩しいその笑顔を。
「―――」
「ってだんまりかい…本当手の掛かる奴だな」
俺のその態度に不機嫌になる事無く、くしゃりと髪を乱されて。乱されてそして。そしてそっと引き寄せられた。大きくて厚いその胸板に抱き寄せられると、俺はひどく安心出来る。この場所さえあれば、俺はきっと。きっと何も怖くないのだろう。
「…お前が悪い……」
「何でだ?ルトガー」
背中に手を、廻した。言葉の変わりに腕を廻して、そして胸に顔を埋める。少しだけ薫る汗の匂いがひどく雄を感じられて、それが。それが俺だけが知っている薫りだと思うと、満足感を覚えた。そんな事で俺は、自分が満たされているのに気付く。そんな些細な事で。
「お前が俺を甘やかすからだ」
「…ってなんだそりゃ?」
「言葉通りだ」
それ以上上手い言葉が見つからなくて不貞腐れたように黙っていると、そっと。そっと大きな手が俺の髪を撫でてくれて。撫でて、くれて。そして。
「しゃーねぇだろ。俺は惚れた相手には…甘めーんだよ……」
そして俺の頬を一つ撫でて、唇にキスをしてくれた。
とても簡単な事なのに。とても簡単な一言なのに。
俺はそれを言えなくて。素直に、言えなくて。何時も。
何時も無口になって黙ってしまう。本当は。
本当はその目を見て、ちゃんと。ちゃんと言いたいのに。
――――お前に向き合って…ちゃんと告げたいのに……
「――――」
「って何か言えよ、こら」
「………」
「本当にお前は…しゃーねえな…」
「…好きだぜ…ルトガー……」
俺も好きだ。俺もお前だけが好きだ。
俺を必要だと言ってくれたお前。俺を認めてくれたお前。
俺はもう誰も失いたくないから。大切な者を失いたくないから。
だから一緒にいる相手は強い相手がいい。ともにいる相手は。
俺が安心して背中を預けられる人間が。俺が護らなくても。
俺が護らなくてもともに戦いあえる相手がいい。俺を。
俺をサカ人でも何でもなく、ただの『俺』だと言ってくれるお前がいい。
――――お前がいい。お前でなければ…俺は駄目なんだ……
「…ディーク……」
簡単だ。何時も思っている。
「ん?」
何時も思っている。お前だけが。
「…俺は……」
お前だけが好きだって。お前だけが。
「…俺は…お前が……」
何時も心で言っている。心で告げている。
「……き…だ………」
こんな言葉を言うだけなのに、俺は。俺はずっと言えなくて。何時も思っている事なのに言えなくて。言ってしまったら、言葉にしてしまったらお前も。お前も消えてしまうような気がして。
俺が素直に他人に好きだと言えていた人達は。
迷わず好きだと告げていた人達は、全員。
全員俺の廻りから消えてしまった。全員あの日。
あのベルンの奴らに故郷を攻め込まれたあの日。
――――好きだといった人達は全て…全て…俺の前から消えた……
だから言えなかった。言いたくても、言えなくて。
「やっと、言ってくれたな…ルトガー」
お前まで消えてしまったら。お前までいなくなってしまったら。
「…ディーク…俺は……」
俺はもう生きてゆけないから。独りではもう生きてゆけないから。
「やっとお前の口から…聴けた…ありがとう…ルトガー……」
けれども。けれどもお前なら。お前なら、俺の前から突然。
「―――ありがとう……」
…消えたりは…しないよな……。
きつく抱きしめられて、そして。そしてもう一度唇が塞がれて。
何より優しくて、切ないキスをお前は俺にくれて。そして。
そしてそっと俺の耳元に告げてくれた。ただ一言を…告げて、くれた。
――――愛して…いる……と。
お前となら生きてゆける。お前となら死ねる。
お前となら俺は何も怖くない。何も、怖くない。
だからずっと。ずっとともにいてくれ…ずっとそばに、いてくれ……