Sweet time



何時の間にかこんな風に振り回される事すら…心地よいものになっている。


「おい、ヒュウ」
背後から聴こえてくる声は相変わらず不機嫌そうだった。何時もそうだけど、今日はその不機嫌さに拍車が掛かっている。
「何だ?今日こそ俺のリザイアを返してくれんのか?」
振り返ってその顔を見下ろしたら…微妙な顔をしやがった。不機嫌で、そして怒っているようで。でも…でも何処か強がっているように見えたから。
「…あんた、それしか言えねーのかよ……」
「そりゃーお前が返してくれるまではな」
脚を屈めてお前の視線と同じ位置に合わせると、その顔を見つめた。やっぱり不機嫌で、怒ったような顔をしている。そして。そして…泣きそうな顔を、している。
「…馬鹿……」
「ん?」
「あんたは大馬鹿だって言ってんだよっ!!」
そう言うと堪えきれずに、お前はその大きな瞳からぽたりと大粒の涙を零した。


背後からお前に向かって矢が飛んできたんだ。スナイパーが狙い打ちしてやがった。
だから咄嗟に俺はお前を庇った。ただそんだけの事。
別に何かを思ってとか、何かを考えたとかそんな事じゃなく、反射的に。
反射的に身体が動いていた。動いて、そして。
そしてお前突き飛ばして、矢は俺の肩に命中した。ただそれだけの事。

ただお前が怪我したり、傷ついたりすんのが…見たくなかっただけだった。


「バーカ、泣くような事じゃねーだろうが。お前は無事だったんだからよ」
だって俺よりもずっとお前小せーし。お前傷ついたら、泣く奴がいるからよ。俺はばっちゃんだけだから別に構わないけど。お前の兄とか、あの盗賊の坊やとか…哀しむだろうから。
「…でもあんたが…怪我…した……」
それに俺が。俺自身が、夢見が悪くなるから。目の前で怪我なんかされた日には、俺が。お前を護れなかった俺が…気分悪くなっちまうから。だから。
「…あんたが……」
それ以上何も言えなくなって、言葉が詰まっちまって。ただ俯いて必死に涙を堪えようとするお前が。そんなお前が、俺にとっては。
「らしくねーよ、ガキ。ガキはガキらしく大人に護られてりゃーいいんだよ」
俯いている頬にそっと手を当てた。その瞬間びくんっと大きく身体が跳ねたのが分かる。それでも俺は手を離さずにその顔を上げさせた。そして涙のせいで真っ赤になった瞳に、真っ直ぐに視線を重ねる。

こうやって真っ直ぐに見る事で、俺は。俺はお前と同じ位置に立っていたいから。

「…これだから大人は…あんたは馬鹿なんだ……」
ぷいっと視線を反らそうとする顔を手で抑えこんで、瞳を近づけた。至近距離で見つめられるのが耐えられないのか、溜め息とともに目を閉じる。こんな所は本当にガキなのに、それなのに普段は大人顔負けの生意気な事ばかりを口にする。大人ぶって、そしつ強がって。本当はお前だってただのガキなのに。何処にでもいる子供と一緒なのに。
「馬鹿って言うな、命の恩人に」
そうだ、お前はガキなんだ。ガキだったらガキらしく、素直に大人に甘えればいい。子供らしく、怖いものは怖いと言えばいい。
「ってあんたが勝手にしたことだろっ!」
噛み付いてばかりで、強がってばかりで。本当はお前はずっと、自分で思っているよりも子供なのに。それなのに何処か無理に背伸びしているから。
「ああ、そーだよっ。俺が勝手にした事だ。だからお前が気にする事は何もない。俺が勝手にお前を庇いたくてした事だから」
俺の言葉に一瞬。一瞬だけびっくりしたような…何とも言えない表情をして。そしてぎゅっと目をつぶって、必死にお前は何かを堪えているようだった。



「…何で…そんな事…言うんだよっ……」



ずっと護る事しか知らなかった。自分を護る事しか。天然アニキを護る事しか。
だから、知らない。俺は、知らない。誰かに護られる事なんて。誰かが護ってくれる事なんて。


―――そんな事誰にも…誰にも俺には教えてくれなかった……。


知らない。俺は、知らない。だから分からない。
「何でって本当の事だからしゃーねぇだろ?」
どうしていいのか分からない。どうすればいいのか分からない。
「お前、護りたかったんだよ…そんだけだよ……」
こんな時どんな顔をすればいいのか。こんな時どんな言葉を言えばいいのか。


…本当は…嬉しかったんだ…あんたに怪我させて悪いって気持ちよりも…俺庇ってくれた事が……


「…分からない……」
護ってくれる大人なんていなかった。
「…レイ?……」
物心ついた時から俺には親なんていなかったし。
「…分からないよ…あんたに……」
俺だけに与えられる無条件の想いなんて。
「…あんたに…どんな顔…すれば…いいのか……」
…そんなもの、俺…俺は…知らないから……。



「バーカ、何時も通りでいいんだよ。何も変わらねーだろ?俺達は」



そう言って、あんたが微笑う。子供みたいに、微笑う。
大人なのに、俺よりもずっと。ずっと子供みたいな顔で。
それを見ていたら自然に。自然に、俺も。俺も微笑って、いた。



「ああ、そうやって微笑えよ。子供は子供らしくが一番だ」
くしゃりと大きな手が。大きな手が、俺の髪を乱した。悔しいから、俺は。俺はぎゅっとあんたの手を抓って。抓って、そして。
「…って子供扱いするな……」
そして同じ位置にあるその瞳を瞼の裏に焼き付けて。焼き付けて、その唇にひとつ、キスをした。



「…これでも子供扱い…するのか?…」



びっくりしたような顔を一瞬だけ見て、そして。そして耐えきれずに俺は背中を向けた。そうしたら。そうしたらふわりと。ふわりと後ろから、抱きしめられて。
「―――バーカ…そんな風に照れる所が…ガキなんだよ…」
「…う、うるせー…初めてだったからそのその……」
恥ずかしくて身体をじたばたさせたら、力を込められて抱きしめられた。そしてそのまま。そのまま髪にひとつキスをされて。
「そうか、初めてか。そりゃーラッキーだぜ」
「当たり前だろっ!」
「じゃあ二回目」
「…え?……」
そのまま上から覆い被さるように、そっと。そっと、唇を重ねられた。



生意気で、口が悪くて、素直じゃなくて。
でも。でも俺は気付いたから。お前の本当の姿に気付いたから。
本当は誰よりも子供で、本当は誰よりも淋しがりやな、お前に。


馬鹿みてーだけど、護りたかった。そばにいて、こうして甘やかしたかった。


ガキならガキらしく、甘えて欲しかった。
素直になって欲しかった。そうしたら俺。
俺誰よりも大事にお前の事。お前の事護るから。


――――だから俺の前でだけは…素直になって欲しかった……。



「…って何回してんだよっ!あんたはっ!」
「いいじゃん、お礼だよ、お礼」
「…勝手にしているってさっき言ったくせに」
「勝手にしたけど、さ。でもお前からしてきたんだぜ」
「…ちっ…しゃーねえな……」



「…じゃあもう一回だけ…俺から……してやるよ……」