――――ずっと貴方だけを、追い続けていた。
俺が竜に乗ったのも、竜騎士になったのも、貴方に追い着きたかったから。
誰よりも強く、そして誰よりも自分に厳しい貴方に。少しでも俺は追い着きたかったから。
ずっと追い掛けていた。その背中を追い掛けていた。
その竜に乗り、そして飛び続ける貴方の背中を。
「俺は…貴方と…貴方とだけは戦いたくない!」
こんな日が来るとは夢にも思わなかった。こんな風に貴方と対峙する事になるなんて。夢にも、思わなかった。ずっと俺は貴方を追い続け、貴方という目標の為に竜に乗り続けるのだと。ベルンの騎士であり続けると、そう。そう思っていた。
「…ツァイス……」
けれども道は別れた。俺は姉さんの言葉を信じ、ベルンへと剣を向けた。自分が育ち生きてきたこの国を。この国を裏切り、俺自身が見つけ出した真実に生きる事を決めた。けれども。けれども、それでも。
「…ゲイルさん…俺は…貴方に剣は…向けられない……」
それでも、貴方だけは。貴方だけとは戦えない。戦えは、しない。どんなになろうとも、俺は貴方だけには。
「―――甘えた事を言うな、ツァイス…それがお前の選んだ道だろう」
ずっと追い掛けていた人だった。ずっと追い続けていた人だった。俺にとっての目標で、そして俺にとっては何よりも。何よりも大切な人、だったから。
「…それでも俺は…貴方とだけは…ゲイルさん……」
戦えない。貴方とだけは…戦えない。どんなになろうとも俺は。俺はずっと。ずっと貴方だけを、追い掛けていたのだから。
――――小さな手のひらが、何時も俺の背中を掴んでいた。
真っ直ぐな大きな瞳が俺を見上げるたびに。真っ直ぐな瞳が俺を見つめるたびに。
小さな身体で懸命に俺の後を付いて来るお前。必死に俺に付いてくるお前。
そんなお前をどんなに愛しく思っていたか。そんなお前を…どんなに大切に思っていたか。
その瞳は変わらずに、ずっと変わることなく俺に向けられ。
真っ直ぐな瞳。穢れなき瞳。何時も何時も揺るぎ無い瞳で。
揺るぐ事のない瞳で、俺を見つめていてくれた。
「―――戦え、それがお前の選んだ道だろう」
ずっとお前とともにいたかった。ともに、いたかった。
「…戦えません…俺は……」
俺を追い続けるお前をどんなに愛しく、そして。どんなに大事だっか。
「…ならば戦えるようにしてやろう……」
いや大切だから、こそ。誰よりも、大切だからこそ。
――――お前は自らの選んだ道を、迷うことなく進んで欲しい……
驚いたように見開かれた瞳を瞼の裏に焼き付けて、そのまま強引に唇を塞いだ。驚愕のあまり動かなかった隙を逃さずに、そのままその身体を地面に押し倒した。
「…ゲイルさん…何をっ?!」
「お前が俺と戦えるように…俺を憎むように」
ずっとお前を見てゆきたかった。これから先もずっと。ずっと、お前を。これから先どんな未来をお前が掴むのか。どんな道をお前が進んでゆくのか…ずっと。ずっと、見てゆきたかった。
それはもう…叶わない夢と、なったけれども。
「…ゲイルさん…やめっ…あっ!」
手首を掴み抵抗を抑え、そのまま服を引き裂いた。まだ少年ぽさを残す瑞々しい肌が露わになる。艶やかでそして、滑らかな肌が。
「―――憎め、俺を…そして戦え……」
「…やめ…っこんな…やめ…ゲイルさ…あぁっ……」
空いた方の手で胸の果実を摘み、指の腹で転がした。それだけで若い身体は反応を寄越す。ぷくりと突起が立ち上がった所でそれを口に含めば、堪えきれずに甘い声が口から零れた。
「…やめ…止めてくださ…あぁ…はっ……」
逃れようと身体を上へと這い上がるお前を組み敷いて押さえ込んだ。苦しげな表情と切なげな声が、俺をひどく欲情させた。本当はずっと。ずっと俺はこうしたかったのかもしれない。
―――こんな風にお前を…犯したかったのかもしれない……
頭の中が、真っ白になった。自分が今何をされているのか分からない。分からないけれども、声が…声が口から零れて来る。冷たい指が俺の肌に触れて、敏感な個所を執拗に攻めたてる。その感覚に俺の口からは、自分じゃないような声がひっきりなしに零れ落ちる。
「…あぁ…あ…やっ…あ……」
指の感触が、舌の感触が。俺の肌をくまなく滑り、睫毛を吐息を震わせる。巧みな指先が、ざらついた舌が。
「…あぁ…ゲイル…さんっ…あぁ……」
目尻から涙が零れて来た。それがどんな意味を持つ涙なのか、流した俺ですら分からなくなっていた。快楽の為の涙なのか、哀しみの為の涙なのか。それとも。それとももっと、別のものなのか。
「―――憎め俺を…俺に対する偶像を…消してしまえ」
分からない。分からなかった。けれども俺は…何時しか本気で抵抗する事が、出来なくなっていた。
伝わるのは、痛みだった。こころの、痛みだった。
俺の方が被害者なのに、どうしてだろう。どうして。
貴方の方が哀しそうに見えるのは、どうしてだろう?
―――まるで貴方の方が…被害者のように…傷ついて見えるのは……
剥き出しにされた下半身に指が埋められる。前に触れずに、一番最奥の秘所へとその乾いた指が埋められた。
「…くぅっ……」
訪れる痛みに俺は苦痛の声を零す。それでもその指が引き抜かれる事はなかった。わざと乱暴に俺の中を、指が掻き乱す。わざと、乱暴に。
「…はぁっ…く…んっ…ぁ……」
何時しか痛みは少しずつ別のものへと摩り替わっていった。少しずつ、別のものへと。くちゅくちゅと濡れた音が身体に響くたびに、つま先からじわりと熱が沸き上がってくる。それが身体中を巡り、意識を次第に拡散させていった。
「…あぁ…ゲイル…さんっ…あぁぁ……」
俺は無意識に腰を振っていた。触れられていない前が震えながらも立ち上がり、更なる刺激を求めて自身を擦り付けていた。
「後ろだけで感じているのか?お前は淫乱な奴だな」
「…そ、そんな事…言わないで…ください…ああ……」
「本当の事だ。もうこんなになってるぞ」
「ああんっ!!」
指先で自身の先端をぴんっと弾かれた。その刺激に耐えきれずに、先端の割れ目から先走りの雫が零れて来る。それがつううと流れて、秘所に零れていった。その液体を貴方の指が掬い上げると、そのまま中の媚肉に擦り付けた。
「…あぁぁ…ん…はぁっ…もう…あ……」
限界だった。俺自身はどくどくと激しく脈を打ち、ただ解放を待つだけだった。けれどもそんな俺の先端部分を貴方の指がぎゅっと塞ぐと、中に埋められていた指が引き抜かれた。その刺激にすら、俺の身体はぴくんっと跳ねた。
「―――ツァイス…俺を許すな…それがお前のためだ…」
「…ゲイル…さ…ん?……」
その言葉の意味を確かめる前に俺の入り口に硬いものが当てられ…そしてそのまま一気にソレが俺の中に侵入した。
――――俺を…憎んでくれ…俺を…許すな……
「ひっ!ああああっ!!」
埋め込んだ楔の痛みにお前の口から悲鳴が零れて来る。それでも俺はこの行為を止めなかった。そのまま抵抗する媚肉を掻き分け、奥へ奥へと身を進める。
「…あああっ…ああああっ!!……」
中身が切れてお前の太腿にどろりと血が伝った。その血を潤滑油にして、楔を捻じ込んでゆく。身を進めるたびにお前の口から悲鳴じみた声が零れ、綺麗な眉が苦痛に歪んだ。
「憎め、俺を…こんな風にお前を欲望の玩具にする俺を」
「…ああ…あぁぁ…痛い…痛っ…あぁ……」
目尻から零れる涙を拭ってやりたかった。この指で舌で、そっと。そっと拭いたかった。汗でべとつく髪を掻き上げ、まだ幼さが残るその額に口付けたかった。けれども。けれども、それは出来ないから。出来ない、から。
「お前をこんな風にした俺を憎め」
抱きしめて、そして優しく。優しくお前を包み込みたかった。誰よりもお前を、この腕に抱きしめたかった……。
痛いのは、身体で。痛いのは、こころで。
「…あぁ…もう…許し…っああ……」
痛かった。痛かった。泣きたくなるくらいにこころが。
「…ああっ…あぁぁ……」
伝わるから。粘膜から伝わるから。貴方の痛みが、俺に。
「――――あああああっ!!!」
苦しいほどに、伝わるから。
伝わるものが、ある。どんなに言葉が否定しても。
こうして伝わるものがあるから。言葉じゃないものが。
どんなに否定しようとも、分かるものがあるから。
…痛みが、苦しみが、そして切なさが…こうして重ねた鼓動から伝わるから……
感覚が麻痺するほどになって。身体が痺れるほどになって。
意識が途切れ途切れになって、そして。そしてやっと。
――――やっと身体から、楔が引き抜かれた……
「…俺を憎め…ツァイス……」
途切れる意識の中で、呪文のように繰り返される言葉に。
「…俺を…憎むんだ……」
その言葉に俺はただ。ただひたすらに。
「―――俺を決して、許すな」
ただひたすらに、泣きたくなった。
貴方が本気でその言葉を言っていない事が、嫌という程に伝わるから。
「…ゲイル…さん……」
名前を呼ぼうとして。その名前を口にしようとした瞬間、そっと唇が塞がれる。
それはひどく優しく、そしてひどく切ない口付けだった。
「――――さよなら…ツァイス……」
二度と貴方は振り返らなかった。ぼろぼろに俺を犯し、そのまま置き去りにした。
そんな貴方の背中を俺は。俺は必死で。必死で手を伸ばして掴もうと…掴もうとした。
…けれどもその手は二度と、貴方の背中を掴む事は…なかった……