最期のキス



大切に、大切に、護ってきたものだった。
この手のひらにずっと。ずっと大事に育ててきたもの。
誰にも触れさせずに、誰にも穢れさせないようにと。
ずっとずっと、大事にしてきたものだから。ずっと大切にしてきたもの。

ただひとつそれだけが、僕の癒しで救いだった。

愛しているんだと告げればよかった?ずっと愛していたんだと。
本当は欲しかったのはお前だけだって。お前だけだって…そう言えばよかった?
そうしたら、僕に。僕にねぇ、振り向いてくれた?僕だけを、見ていてくれた?

何もいらないんだ。本当は何も欲しくなかった。
僕の世界にお前がいてくれれば、それだけでよかった。
それだけで、よかったんだ。ただ独り。


ただ独り、お前が僕のそばにいてさえくれれば。



内側から浸透した狂気が、僕を狂わせた。狂わせそして、戻れない場所へと連れてゆく。もう、戻れない。あの頃には、戻れない。何も知らずに、ただ。ただ無邪気に笑っていたあの頃へは。
「…ロイ様…どうして…こんな……」
頭上に括られた手はしっかりと縄で縛られ容易に解く事は出来なかった。投げ出された両足には鎖が結ばれ、その金具の感触が素肌にひんやりと冷たかった。
「どうして…それを僕に聴くの?ウォルト」
身体を捩れば手首が擦れ、足首には金具が当たる。その感触にウォルトは無意識に恐怖を覚えた。怖いと、思った。生まれて初めて目の前の存在を怖いと思った。
「お前が悪いんだよ、全部…お前が……」
生まれた時からずっと一緒だった。ずっと一緒に育ってきた。身分の違いはあれど、それでも自分にとって一番近くにいた相手だった。一番近くにいて、一番理解している…そんな相手だった。けれども今は。今は一番遠い存在のように思える。一番遠い、存在に。
「…ロイ様?……」
その言葉の続きを聴く前に、ウォルトの脚がロイの腕によって持ち上げられ、そのまま足首に口付けられた。生暖かい唇の感触が肌に当たり、思わずウォルトは身体を捩る。けれども拘束された身には、無駄な行為でしかなかったが。
「何をっ…ロイ様……」
足首に触れていた唇がそのまま足の指に滑ると、ひとつひとつソレを舐めてゆく。ちぴちゃぴちゃとわざと音を立てながら。その行為に驚愕しながらも、ウォルトは身体が震えるのを堪えきれなかった。堪えられなかった。
「指、舐められただけで感じるの?イヤらしい身体だね」
「…ロ、ロイ様…な、何をっ……」
足許から上目遣いに自分を見上げ、口許だけで笑いながら告げた言葉に。その言葉に、ウォルトの顔がさぁぁっと朱に染まる。
「そうだよね、感じるよね。お前の身体はこうされる事を…知っているんだから」
ロイはその場に立ち上がると縛りつけられたウォルトを見下ろして…見下ろしてそしてビリリっと音とともに衣服を引き裂いた。


ずっと大事に、大事にしてきたものだった。
この手にずっと大切に抱えたいた想い。大切な想い。
けれどもそれはいとも簡単にこの手から奪われた。
懸命に護ってきたものを奪われ、そして穢された。

口にすればよかった?最初から思いを告げていたら?そうしたら、違っていた?



「止めてくださいっ!ロイ様っ!!」
服を引き裂かれ胸元に手が伸びてきて、ウォルトはロイの真意に気が付いた。必死で否定をし、身体を捩って逃れようとする。けれども拘束された身体は動く事が出来ず、胸に触れてくるロイの手を遮る事は出来なかった。
「…いやっ…止めっ!…あっ……」
しなやかな指がウォルトの胸の飾りに触れる。形を指の腹で辿りながら、ぷくりと立ち上がったソレにかりりと爪を立てる。その痛いような刺激にびくんっとウォルトの身体が跳ねた。
「…やぁんっ!…あっ…止め…て…くださいっ……」
イヤイヤと首を振りながら拒否をしながらもウォルトの身体は感じていた。現に胸の果実は痛いほど張り詰め、もっとと刺激を求めている。桜色の突起が紅く熟れ、無意識にロイを誘っていた。
「イヤと言いながら、そんな声で鳴くのかい?ウォルト」
耳元で息を吹きかけられるように囁かれ、ウォルトの瞼が切なげに震えた。そのまま耳たぶを噛まれ、舌が皮膚を舐める。その感触がぞくぞくする程、ウォルトにとっては……。
「…止めて…ください…こんな…ロイ様…こんな事は……」
「こんな事?でもウォルトは何時もしているんだろう?こんな事を」
ロイの言葉にウォルトの身体があきらかにびくんっと震えた。瞳が驚愕に見開かれ呆然としたようにロイを見つめる。その瞳がロイには可笑しく、そして…哀しかった。

哀しかった。その瞳が全ての事を。全ての事を、肯定しているのが。



誰にも渡したくないから、ずっと。ずっと大事にしてきた。
「しているんだよね…ランスと…」
僕だけのものにしたかったから、大切に大切にしてきた。
「ランスに抱かれて、女のように喘いでいるんだよね…何時も」
それなのに、奪われた。それなのに、この手から。この手から。
「何時もこうやってランスの指に触れられて、イッているんだよね」
奪われた。奪われた。大切なお前を、奪われた。


「…ロイ様…僕はっ……」


くすくすとロイは笑った。けれどもその顔はウォルトには泣いているように見えた。泣いているように、見えた。
「ランスはよくて、僕は駄目なのか?」
指先が尖った胸に触れる。それをつつつと指がなぞりながら、ウォルトの身体を滑ってゆく。ロイの指先が通った個所がほんのりと紅く色付き、白いウォルトの肌に血のような線を作った。
「…違っ…そういう事じゃ…僕はっ……」
掲げられた腕はそのままにロイの両手が確かめるように、ウォルトのそれぞれの、わきの下に伸ばされる。そのまま下へと滑り、彼の華奢な身体のラインを手のひらで確認をした。その滑らかな肌の感触を。
「ウォルトのそばにいたのは僕なのに…何時もそばにいたのは僕なのに…どうして?」
「…やめっ…あぁっ…ロイ…さまっ……」
わき腹のラインを辿っていた両手がウォルトの下半身に掛かると、そのまま下着ごとズボンを引き降ろした。けれどもそれは鎖に繋がれた足首のせいで中途半端にした降りなかったが。けれどもそのせいで、ウォルトの脚は完全に固定されてしまったのだ。
「胸弄られただけなのに、もうこんなになっているんだね」
ぐいっと脚を広げられ、ウォルト自身がロイの眼下に曝け出される。それは震えながらも立ち上がろうとしていた。その様子をロイは舐めるような視線で見下ろす。まるで視線で犯すように。
「くすくす、イヤらしいなぁ。見られているだけで…大きくなってるよ、ココ」
「…そ、そんな事…言わないでください……」
ロイの言葉に耐えきれずウォルトは顔を背け目をぎゅっと瞑った。けれども目を閉じてもロイの視線がソコに注がれているのが感じられる。視界が遮られた分だけ、神経が下半身に集中してしまう。どくんどくんと、熱い脈が身体中に…感じられる。
「淫乱なんだね、ウォルトは」
「―――ああっ!!」
ロイの指先がぴんっとウォルトの先端を弾いた。その刺激に鈴口からとろりと先走りの雫が零れている。自身は痛い程に張り詰め、筋がくっきりと浮かび上がっていた。
「イヤらしいなぁ、本当に。もう液が零れている。でもまだ駄目だよ、ウォルトが正直になるまでは」
「――――なっ……」
自身の先端に痛みを感じ、想わずウォルトは目を開きソレを見つめた。ウォルトのソレには金属のリングのようなモノが、先端のくびれた部分にカチリと音ともに嵌められた。そうする事でウォルトの入り口は締め付けられ、イク事を許されなくなる。
「は、外してくださいっ!…ロイ様こんなっ……」
「駄目だよ、外さない。お前が正直に言うまでは」
「…な、何を…ですか?」
「決まっているだろう?お前がランスに抱かれているって言うまでは、ね」
その言葉にウォルトはぎゅっと唇を噛み締めた。それを言う事は…ウォルトには出来なかった。例え事実でも、言えなかった。言えばランスにどれだけ迷惑が掛かるか分かっているし、それに。それに今のロイの瞳は…正気じゃなかった。そう、何時もの彼の瞳じゃなかった。

未来を見つめ希望を語り、そしてともにいる大切な主君の瞳じゃなかった。



壊れた、瞳。何処か壊れている、瞳。
そのひび割れた隙間からは、今にも。
今にも透明な雫が零れて来るような、そんな。
そんな瞳だったから。だから。だから…。


…だから、今。今自分の口から、その名前を告げる事は…出来ない……


大切な人だから。貴方は僕にとって大切な人だから。命よりも、大事な人。
「…あっ…止め…ロイ様…っ…あっ……」
大事な人。何者にも変えられない人。でも、それでも僕は。僕はあの人のことが。
「…あぁっ…やぁっ…やぁんっ……」
あの人のことが好きなんです。貴方を大切に想う気持ちとは別の場所で。別の所で。


もっとリアルで、もっと生々しい。醜いほどの想いで、僕はあの人が好きなんです。



先端を塞がれたままソレをロイの生暖かい口に含まれる。それだけでウォルトはイキそうになった。けれどもイク事は許されない。
「…あぁ…やぁっ…やぁぁっ……」
先端を尖った舌で突つかれ、そのまま側面のラインを辿るように舐められる。リングに歯が当たりカチリとした音だけがウォルトの理性を引き戻す。けれどもそれはすぐに先端の窪みを吸われ、その刺激に意識が奪われる。それの繰り返しだった。
「…止めて…もぉっ…もぉっ…ロイ様っ…ロイ様…許しっ……」
限界を超えた快楽はただの苦痛でしかなかった。脚を身体を震わせながら、ぽたぽたと目尻からウォルトは涙を零す。髪からは汗が滴り、頬は上気し、口からは悲鳴のような声が零れる。けれども、ウォルトが解放される事はなかった。されることは、ない。その名を呼ぶまでは。
「…許してぇっ…あぁぁっ……」
狂いそうな程の苦痛と快楽に、ウォルトはただひたすらに解放を願った。けれどもロイはそれには答えずにウォルトのソレから唇を離すと。
「―――どうしても言わないんだね…それならばこのままお前を犯すよ」
ウォルトの先端にリングを付けたままで、柔らかな双丘を両手で掴んだ。そしてぐいっと広げ一番恥ずかしい個所を露わにする。その蕾はまだ何も触れていないのに、ひくひくと切なげに震えていた。
「やぁっ…見ないで…そんな所っ……」
「ランスには何時も見せているんだろう?ココに、あいつのを咥えているんだろう?」
入り口を指先が何度か辿る。そのもどかしいほどの愛撫ですら、ウォルトの身体は反応した。全身が性感帯になったように、反応した。
「ひゃっ!」
廻りをなぞっていた指がそのままずぷりとウォルトの秘孔に埋められる。くいっと中で指を折り曲げれば、その身体は鮮魚のように跳ねた。
「…くふぅっ…はぁっ…あぁぁっ……」
イヤイヤと首を振る事しかもうウォルトには出来なかった。イク事も許されず、挿入される悦びを知っている蕾は、与えられる刺激に嫌というほどに反応を寄越す。指で掻き回されるたびにそこから熱が広がって、全身を支配した。蕩けるような甘い疼きと、同時に襲う限界を超えた快楽。それがウォルトの神経をすり減らし、思考を奪った。もう、何も考えられなかった。何も、考えられない。頭が真っ白になり、ただ。ただ与えられる刺激を追う事しか。追う事しか…もう。
「…ああんっ…あんっ…もぉ…もお…僕…僕っ……」
無意識に腰を揺すり、指の刺激を追う。口許から唾液を零し、熱に侵されたような瞳でロイを見上げた。もう、何も。何も、考えられないから。
「イキたいの?ウォルト?それとも挿れて欲しいの?」
「…もぉ…許しっ…許してぇっ…!」
哀願するウォルトを見下ろしながら、ロイは中を掻き回していた指を引き抜いた。そうして充分に硬度を増した自身を取り出し、蕾の入り口に当てる。けれどもまだ、挿れはしなかった。熱く硬くなったソレで、入り口を撫でるようになぞる。そのもどかしいほどの柔らかい刺激が、ウォルトの身体を煽った。ただでさえイケないもどかしさに震わせていた身体が、柔らかい愛撫に堕ちてゆく。もう、耐えられなかった。もう、限界だった。



何時も僕を抱く腕は、優しかった。壊れ物を扱うように、僕を。僕を抱いてくれる。
『―――ウォルト……』
耳元に囁かれる言葉に、何時も。何時も僕は睫毛が震えるのを止められなかった。やさしく囁くその声に。
『…いいか?…挿れても?……』
汗でべとつく前髪をそっと撫でてくれながら、何時も額にキスをしてくれて。そして。そして優しく抱きしめてくれて。


そしてひとつになる瞬間が、僕は苦しいほどに…嬉しかった。


貴方が、好きだった。それは本当に自分でも驚くほどの、リアルな想いだった。目の前にある確かな想いだった。柔らかくそして優しいものじゃない。それは痛みを伴う、苦しいものだった。けれども。けれどもそれ以上に、喜びを与えてくれる…想いだった。
大切だと。ただ大切だという想いとは違う。護りたいと命を掛けたいという想いとも違う。そんな綺麗なものじゃなかった。そんな尊いものでもなかった。けれども…本当の気持ちだった。
苦しいほどに恋をして、もどかしいほどに想って、嫌になるくらい独りいじめしたいと願う。自分の嫌な部分をまざまざと曝け出して、自分の生々しい部分を怖いくらい見せつけて。でも、本当の想いだった。本当の気持ち、だった。
こんな醜い想いを向ける相手はただひとり。ただひとりだけだから。自分がただのちっぽけな生き物だと知る、この想いは。


ロイ様、僕は貴方のためなら何時でも死ねるんです。でも、僕はあの人がいるから生きたいんです。
貴方のためなら幾らでもこの命を投げ出せる。死ぬ事は怖いとも思わない。けれどもあの人が地上に生きている限り、僕はずっとあの人を見ていたいんです。あの人をずっと見ていたいんです。
貴方のためならばどんな犠牲も捧げられるけど、あの人の為に犠牲は捧げられない。けれどもあの人のためならば、僕はどんな自分でも曝け出す事が出来る。


貴方のために死ねるのはしあわせ。あの人とともに生きられるのはしあわせ。


『ウォルト、好きだよ』
ランス様、貴方が教えてくれた。
『君が好きだよ』
貴方だけが教えてくれた。


――――痛みを伴う、激しい想いを。奪いたいと思うほどの、激しい想いを。




「…挿れて…ください…ランス様っ……」




泣きながら懇願するウォルトの顔は、ロイは自分が今まで知らない彼の顔だった。どんな時でも自分の前では綺麗な瞳を向けていた彼。真っ直ぐな純粋な瞳を向けていた少年。
けれども今。今自分の前で雄をねだり懇願する彼の顔は…ただの淫乱な生き物でしかなかった。それはロイが必死で護ってきたものとは、全く別の生き物だった。
「――――僕じゃなくて…ランスの名前を呼ぶんだね」
ロイの言葉ももうウォルトの耳には届かなかった。彼にとって自分を抱く人間はランス以外にありえないのだ。ありえないのだから。
けれども今彼を組み敷き、こうして抱いているのは他でもない自分だ。今こうして…。
「いいよ、挿れてあげるよ。いっぱい、ね」
ロイは入り口をなぞっていたソレを一端自分の手で掴むと、再び花びらに押し当てた。そしてそのまま先端部分をずぷりと埋め込む。
「―――ひぁっ!あああっ!!!」
指ではなく与えられた異物にウォルトは喉を仰け反らせて喘いだ。先端部分を埋め込まれただけなのに、ウォルトの身体は小刻みに痙攣を繰り返す。ひくひくと身体を震わせ、胸を尖らせて。
「お前の中…キツいね…」
「あああっ!あああああっ!!」
そのままロイは捻じ込むように竿の部分もウォルトの中へと埋め込んだ。根元までずぷりと挿入させると、一端動きを止めその身体を見下ろした。
日に焼けていない白い肌はうっすらと朱に染まり、その身体からは水滴になった汗がぽたりと伝っている。胸の果実は紅く熟れ痛い程に張り詰め、口からは止まる事のない悲鳴のような声が零れている。そして出口を塞がれた自身は限界まで張り詰め、びくびくと揺れていた。
「…あぁぁっ…あぁっ…ランス様っ…ランス様っ!」
無意識に拘束された手が動く。それは背中に手を廻そうとしているようだった。そう、背中に手を廻そうとしている。そうやってウォルトは何時も、彼の背中に手を廻していたから。
「違う、ロイだ。ウォルトお前を抱いているのは、僕なんだ」
「…ランス様っ…ランス様…っ…あぁぁ…もおっ…もおっ……」
「違う、ロイだ。ロイと呼んでくれ…僕の名を…呼んで…ウォルト……」
背中に手を廻して、そして爪を立てて。爪を立てて、感じているんだと伝えて。ひとつになっているんだと、伝えて。そこから零れる血こそがリアルだから。想いを形にしたものだから。
「…呼んで…僕の名を…ロイって…呼んで……」
爪を、立てられない。背中に手を、廻せない。優しいキスは睫毛に降りてこなくて、そして。そして囁く言葉は何時もの愛の言葉じゃない。何時もの言葉じゃ、ない。
「…ロイ…様……」
ウォルトの睫毛が開かれ潤んだ瞳がロイを映し出した。確かにこの瞬間、ウォルトの瞳に映ったのはロイだった。他の誰でもない自分自身だった。
「…ウォルト…僕の…ウォルト…好きだ…ずっとずっと…僕は……」
「…ロイ様…僕は…ああっ!」
ウォルトの言葉は揺さぶられた腰のせいで声にならなかった。激しく揺すられ、中を抉られ意識がまた飛ばされそうになる。けれどもさっきのように飛ぶ事はなかった。痛い程に自分を見下ろした瞳が、その瞳が瞼の裏から離れなくて。離れ、なくて。
そして抉られる痛みと揺すられる快楽の狭間で悶えながらも、外されないリングがウォルトの意識を呼び戻して。
「…あああっ…あぁぁっ…駄目…もう…僕は…壊れっ…ロイ様っ…あぁぁっ…」
「好きだ、ウォルト。好きだ、好きだ、好きだ」
「…もう…壊れちゃ…あぁぁっ!……」
「―――くっ!」
どくんっと弾けるような音がウォルトの体内に響く。それと同時にウォルトの中に熱い液体が注がれた。肩を揺らしながらロイがウォルトの中に欲望を注ぐ。そして。
「あああああっ!!!」
そして射精した達成感とその後に残るどうにも出来ない虚しさを抱えながら、ロイはウォルトのリングを外した。その瞬間勢いよく先端から精液が飛び出し、ウォルトの腹の上に零れた。



髪から零れる汗と混じりあいながら、貴方の頬から零れた雫が。
その雫が僕の、裸の胸の上に落ちてくる。ぽたり、ぽたりと、落ちてくる。
それが貴方の罪で、僕の罪だった。ふたりの、罪だった。


「…きだ…好きだ…ずっと…お前だけが…僕は……」
僕もずっと貴方が好きでした。嘘じゃない本当に貴方だけが好きだったんです。
「…ウォルト…僕は…ずっと……」
貴方だけを追いかけ、貴方だけを護ろうと。何時も必死になって貴方を追いかけて。
「…ずっと…お前だけ…お前だけが……」
けれども必死で追いかける僕を支えてくれる腕があった。必死になる僕を包み込んでくれる腕があった。
「…好きだ…ウォルト…好きだ……」
僕は初めて後を振り返って、そして。そして身を委ねる心地よさを知ってしまったから。
「――――好きだ…ウォルト……」
そして貴方に対する綺麗な想いよりも、心の奥から沸き上がるどうにも出来ない恋を選んだ。



「…僕も…貴方が一番大切です…それはどんなになってもずっと…ずっと代わらないから……」



貴方のためなら死ねるけど、あの人の為には死ねない。
だってあのひとは必ず。必ず僕を助けてくれるから。


貴方より主君を選ぶ僕を、好きだと言ってくれたひと。こんな僕を認め、それでも受け入れてくれるひと。


「ごめんなさい、僕は貴方が思うほど綺麗じゃない。貴方が見ている僕は、ただの理想でしかないんです」
本当の僕はもっと醜い。もっと穢たない。もっともっと、俗世に塗れ現実に生きている。
「僕はただの…ただのちっぽけな人間でしかないんです……」
貴方が見ている綺麗なものを僕は壊したくなかったけれど。けれどもそれはやっぱり幻でしかなくて。子供の頃描いていた夢は、大人になれば想い出へと変わるものだから。だから僕らは何時までも綺麗なままの子供ではいられないから。
「もう…子供のままじゃいられないんです…ロイ様……」
夕日を見ながら指切りをして、夢のような話しを飽きるまで語っていたあの頃には。あの頃にはもう…戻れないから。
もう優しい子供の時間は、僕らには過ぎ去ってしまったのだから。



本当は分かっていた。どんなに先に思いを告げても、お前は僕のものにはならないと。僕のものには、ならないのだと。僕だけが同じ場所に立ち止まり、居心地のいいこの場所に立ち止まり、現実を見ようとはしなかったから。
時は確実に進んでいるのに。時間は確実に進んでゆくのに。なのに僕はそれから目を反らし、時間を止めてお前を見ていた。時は確実に進んでいるのに。確実に、進んでいるのに。
なのに僕は甘く優しい子供の時間に溺れ、そして何処にもいなくなった子供のお前をこの手で護っていた。


それでも、好きだった。それでも好きだったんだ、ウォルト。


手の戒めを解いて、脚の鎖を外して。そうしたらお前は僕から逃げるだろうか?それとも僕を殴るだろうか?どちらでもいいよ。どっちでもいい。それだけの事を僕はしたのだから。ソレだけの、事を。
だからいいよ。もし僕を殺したいほど憎んだら、このまま縄が解けた瞬間に、僕の喉を噛み切っても。
脚の鎖は今解いた。そしてはらりと音ともに縄が解ける。縄が床に、落ちる。これでお前は自由だ。自由だよ。だから僕に何をしてもいいよ。今なら、僕に何をしても。何をしてもお前が被害者だから。だから……。


―――――ふわりと、僕をその腕が包み込んだ。


「…ウォルト?……」
僕を憎んでいいのに。僕を軽蔑してもいいのに。
「…ロイ様…ロイ様……」
でもお前は僕を抱きしめる。優しく、慈しむように、僕を。
「…どうして…ウォルト…僕を…僕を……」
優しく、暖かく、まるで母親の腕のように僕を抱きしめる。
「…ごめんなさい…僕が貴方をここまで追い詰めたんだ…僕が……」
ぼくを、やさしく、だきしめてくれる。



大切なひとです。僕には本当に大切なひとなんです。
それはどんなになっても変わらない。ずっと変わらないから。
愛とか恋とか、そんな想いとは別の場所で。もっと違う所で。
僕は貴方を想っている。貴方を、想っている。それは。
それは僕にとってやっぱりかけがえのない想いなんです。


貴方が僕にとって大切なひとである事実は、どんなになっても変わらないから。


「…ごめん…ウォルト…ごめん…僕は…僕は……」
一緒に泣いた。ふたりで、泣いた。子供の頃みたいにふたりで。
「…ごめんね…ごめんね…お前をこんな傷つけたいわけじゃなかった…僕は…」
小さな子供のように。あの頃のように僕らは泣いた。声を上げて。
「…僕は…ずっとお前を大切に…大切にしたかったのに……」
ふたりで泣きじゃくった。ずっとずっと、ふたりで泣いていた。



そして僕らはさよならを告げた。子供の時間に、さよならを告げる。



それでも変わらないものがあるんだと。それでも消えないものがあるんだと。どんなになっても僕らにはあるんだと。例え道が別れても、想いが違う場所へと旅立っても。それでも、変わらないものが。変わらないものがここに。ここにあるから。あるのだから。




キスを、した。最初で最期のキスをして。そして僕らは「さよなら」と心の中で呟いた。