何時も前しか見ていない瞳。後を振り返る事のない、瞳。
その瞳をこちらに振り向かせたくて。振り向かせたかったから。
だから消えない傷と痕を、お前に刻んだ。
消えない傷と、痕。深く突き入れた楔を、睫毛が濡れるまで解放しなかった。その瞳が、快楽の涙で濡れるまで。
「…ラン…ス…っ!」
奥まで抉り、激しく身体を繋げる。繋がった個所が痺れて感覚がなくなるまで。なくなるまで、ずっと。ずっとその身体を貪った。
「…アレン…こっちを見ろ…俺を…見てくれ……」
紅い髪。太陽の日差しだけを吸いこんだような。あの真夏の太陽を吸いこんだような髪。触れれば柔らかく、そして日だまりの匂いのする髪だった。
その髪に口付け、そして。そしてきつく身体を抱きしめる。汗ばむ身体を貪り、消えない痕を身体中に散りばめた。
「…もうっ…駄目だ…俺は…あぁぁっ!」
喉を仰け反らせ喘ぐお前を見下ろしながら、俺は。俺は首筋に噛み付くように口付けた。血が滲むほどに、強く。強くソコに口付けた。
生と死の狭間で。何時もその中間で俺達は生きている。
戦場に立てば何時も。何時も死が背中合わせにある。すぐそばにある。
それに怯えながら、時に焦がれながら俺達は。俺達は戦い続けた。
戦い続けてゆく。それしかない。今の俺達にはそれしかなかった。
真っ直ぐ前だけを見つめている瞳。前しか見つめていない、瞳。
お前の視線の先にあるものは、戦場だけで。そして未来だけだった。
その中に少しでも。その中のひとかけらでもいい。俺を。俺を、刻んで欲しい。
身体を痙攣させながら、俺はお前の中に白濁した液体を吐き出した。それでも身体の熱は収まる事無く、沸き上がるのは劣情だけだった。
「…ランス…今日のお前…っ!」
荒い息を堪え言葉を紡ごうとするお前の身体を、俺は再び貪った。突き入れた楔を貫かないまま、腰を押し付け中を突き上げる。今さっき吐き出した生暖かい液体がぐちゅりと中で擦れ、淫靡な音を室内に響かせた。
「…あぁっ…あぁぁっ…もう…止めっ…壊れ……」
目尻に浮かぶ涙がぽろぽろと頬を伝い、シーツに染みを作った。口からは堪えきれない唾液が伝い、お前の顔を液塗れにした。けれどもその顔は、ひどく。ひどく俺を欲情させるものだった。
「今日は止めない。お前の身体に俺の精液の匂いが消えなくなるまで…止めない」
お前の中に埋めた楔が再び熱を擡げ、媚肉を強く押し広げてゆく。それに抵抗するようにきつく締め付ける内部を、激しく引き裂いた。吐き出した精液のぬめりを感じながら、締め付ける肉の感触に溺れる。このまま。このまま本当に、全てを俺で埋めてしまいたい。
「…やぁっ…ランスっ…あぁぁっ!」
匂いを。雄のすえた匂いを。お前の身体の奥まで。消えなくなるほどに、俺の匂いを。お前の全てに。全てに注いで、そして埋めてしまいたい。お前の全てを埋めてしまいたい。
死と隣り合わせの戦場の中で。何時も。何時もお前は先陣にいる。それが。
それが一番先に死ぬんだと、そう言っているように見えた。一番先に、死ぬんだと。
お前ほど真っ直ぐな奴はいない。お前ほど死を恐れない奴はいない。
分かっている。お前にとって大事なものは『護る』事が全てだから。だから分からない。
大事なものを『失いたくない』という思いが。その思いが、お前には分からない。
前だけを、見ている。だから気付かない。俺がどんな思いで、お前を見つめているのか…気付かない。
生きる事と、死ぬ事。お前にとってはそれは大差のないものだった。
「…やぁ…ランスっ…ランスっ!……」
ロイ様を護るために生きる。ロイ様を護るために死ぬ。お前にとっては同じ事。
「…壊れ…壊れる…もぉ…あぁぁっ……」
けれどもお前にとって同じ事でも、俺にとっては違う。俺にとっては違うんだ。
「…ああああっ!!」
お前が生きているから、俺は生きる意味がある。お前が死ねば、俺には生きる意味を見失う。
「壊れたら、俺が全部拾うから…だから壊れてしまえ」
耳元で囁いた言葉に、お前の身体が一瞬硬直する。その刺激が中にある俺をきつく締め付けた。それだけで達してしまいそうなほどに、強く。
「…ランス…俺……」
与えられた刺激を堪えるようにお前の瞳が開き、そのまま背後に腕を廻された。さっきまできつく掴んでいたシーツはくっきりと雛を作っていた。
「…俺…お前を…傷つけたのか?」
廻された手が、そっと。そっと俺の背中を撫でる。お前の爪痕で血の筋が出来ている背中を。その背中をお前の震える指が、そっと辿る。
「…それとも…お前は何時も…そんな…哀しそうな顔で…俺を…抱くのか?」
辿る指先。暖かい指先。この指にぬくもりがあるのを、何時も確かめている。戦場では確かめられないから、何時も。何時もこうして抱きながら。
「―――戦場でのお前を…何時もこんな瞳で見ている」
お前の暖かさを。お前の熱さを。お前の生きている印を。こうして俺の全てで確かめている。
「…見ている…お前は前しか見ないから、気付いてないだろうがな……」
俺の言葉にお前はひとつ。ひとつ微笑った。額から汗を零しながら。頬を上気させながら。荒い呼吸のせいで笑みの形は上手く作れなかったけれど。それでもお前は、微笑って。
「…俺が前しか見ないのは…お前が後を護っていてくれるって…分かっているからだ……」
その瞳が振り向かなくても。後ろを振り返らなくても。
伝わる存在が。伝わるものが。だから、前だけ見ていられる。
どんな時でも、どんな瞬間でも。振り返らずにいられる。
それはお前が何時も。何時も俺を見ていてくれるから。
どんな時でもお前の存在を、この背中が感じているから。
「…お前の匂い…俺から消えないよ…ずっと……」
「…アレン……」
「…消えない…俺からは…消えないから……」
「ああ、消させはしない。絶対に、お前からは」
生きる事、死ぬ事。それはいつも背中合わせで、髪一重だった。
けれどもそれは何時も。何時もお前と共有しているものだから。
だから、俺は怖くない。何も、怖くはないんだ。