――――零れ落ちる涙を、そっと。そっと拭った。
頬から零れ落ちるその涙を拭って。そのままそっと睫毛に口付けた。その瞬間にぴくりと身体が、跳ねる。それを宥めるように背中に手を廻して、そっと撫でてやった。
「…神父様……」
やっとの事で零れて来た声に、私は微笑った。そうしたらまた貴方は泣き出した。睫毛が揺れるたびに雫が零れてきて後から、後から頬を濡らしてゆく。その涙の純粋さが、その涙の綺麗さが…私には何よりも愛しいものだった。
「…いや…神父様…死んだりしたら…嫌だから…あたし……」
耐えきれずに私の胸に顔を埋め号泣する少女が、何よりも愛しくそして大事な存在だった。ずっとずっと、私にはただ独りの護りたいものだった。
近付いた剣士が貴方に目掛けて剣を振り落としたから、私はその身体を盾にしただけ。大事な貴方を護りたかっただけ。私を護ると、神父様の護衛はあたしだと。そう言う貴方をそばに置いていたのは。置いていたのはこんな瞬間に…私が貴方を護りたかったから。剣もやりも持てない貴方の盾に、なりたかったから。
「…死にませんよ、貴方を置いて…ドロシー……」
何よりも純粋で、何よりも綺麗な心を持っている貴方。
「貴方を独りにはしませんよ。そうしたら貴方が困るでしょう?」
誰よりも大切な私の小さな少女。ずっとずっと大切な。
「私の『護衛』という大事な仕事が…なくなってしまうでしょう?」
大切なただ独りの、少女。私だけの…少女。
何時も貴方をそばに置いておきたくて。
貴方だけを手元において置きたくて。だから。
だからわざと貴方に関心のない振りをした。
貴方以外に目を向ける振りをした。そうすれば。
そうすれば貴方は怒りながらも、私にそばに。
私のそばにいて、くれたから。
私は貴方をずっと護りたかった。貴方だけを、護りたかった。
「…仕事よりもあたしはっ……」
私を見上げる瞳が、綺麗だと思った。泣いている貴方が綺麗だと思った。
「…あたしは…神父様が大事だから……」
綺麗だからこのまま。このまま噛みついてしまいたいと思うほどに。
「…誰よりも…あたしなんかよりも…神父様が大事なの……」
このままこの腕の中に閉じ込めてしまいたいと願うほどに。
やられると思った瞬間に、飛びこんできた背中が。広い背中が。
それが神父様だと気付いて、あたしは泣きそうになった。あたしは、泣いた。
一番護りたい、護らなければいけない人が、あたしを。
あたしを助けようとしてくれている。助けて、くれる。それは嬉しい。
嬉しくて、嬉しくて、泣きたくなって。けれども。
けれども一番失いたくない人が、一番大事な人が、あたしの為に。
あたしの為に傷つくのは、哀しい。嬉しさよりも、全然哀しい。
だから泣いた。貴方を護れないあたしの不甲斐なさと。貴方を傷つけてしまった哀しみに。
大きな手がそっと、あたしの頬を包み込んだ。
「でも私にとっては、ドロシー」
あたしの頬を包み込んで、そして微笑って。
「貴方の方が大事なんですよ」
何よりも優しく微笑んで。ほほえんで。
「…何よりも大切なんですよ……」
そっとあたしの唇に、貴方の唇が触れた。
――――それは苦しいくらい優しい、キスだった。
「…神父…様……」
「貴方が無事ならそれでいいんです」
「…そんなの…駄目です……」
「どうして?」
「…駄目です…神父様がいないと…あたし…」
「私も貴方がいなければ駄目です」
「…神父様?……」
「こうして貴方が無事でなければ…私は駄目になるんです」
「―――貴方がこの地上に生きている事が、私には意味のある事なんです」
神への祈りよりも、天への誓いよりも。
こうして触れているぬくもりが。こうして交わす言葉が。
こうしてそばにいて、見つめている事が。
それが何よりも大事だから。それが何よりも大切だから。
――――貴方がこの地上に生きて、そしてしあわせそうに微笑っている事が。
「じゃあ約束してください。あたしと」
「―――ドロシー?」
「あたしと一緒に…一緒に生きてください」
一途ともいえる瞳が。真っ直ぐに私を貫く瞳が。
それはこの世のどんな宝石よりも綺麗なものだから。
私が知っているものの中で、一番綺麗なものだから。
「…ええ、約束しましょうドロシー…一緒に生きてゆくと……」