気付くと何時も。何時も貴方を目で追い掛けていた。
向こう見ずなのか、命知らずなのか。それとも本当に。
本当に前しか見ていないのか、私には分からなくて。分からなくて、イライラしていた。
気にしなければいいんだってそう思いながらも、目が離せなくて。
離せなくて、そして。そして私は気が付いた。気が、付いた。
――――貴方の事が…好き…だったんだって……
腕に受けた傷を手当てしながら、私は零れそうになる涙を抑えるのに必死だった。ここは戦場なのだから、怪我をするのは当然だし、一歩間違えれば死に至ることもある。それは当たり前の事だった。けれども。けれども私は。
「ティト、痛いよ…もうちょっと優しく……」
「これでも優しくしているつもりよ。大体貴方があんなに無茶するからっ!」
わざと怒った口調で貴方に言った。そうしなければ私は本当に泣いてしまうから。本当に耐えきれずに泣いてしまうから。だから。
「無茶じゃない。それが俺のすべき事だ」
「それでもっ……」
それでも貴方を心配している人間がここにいる事くらい、少しは分かって欲しい。貴方がいなくなったら…貴方が死んでしまったら…泣く人間がいる事に。
「―――ティト……」
溜め息をひとつ付いて。包帯を巻いていない貴方の手が、そっと。そっと私の髪に触れた。それはひどく不器用でぎこちない手だったけれど。けれどもひどく優しい手だった。優しい、手だった。
分かっている。それが貴方だという事を。一つの事しか見えなくて、何時もがむしゃらだけど。だけど本当は誰よりも優しい人だって…本当に優しい人だって分かっているから。分かっているから、私は。
「もしかして君は…俺を心配してくれているのか?…」
大きな手が何度か私の髪を撫でて、少しだけ驚いたような顔をしながら貴方は尋ねてきた。何処までも鈍感な人。何処までも他人の気持ちに気付かない人。でもそんな所も私は悔しいくらい、好きだから。大好き、だから。
「あ、当たり前でしょっ?!心配しているから私はっ……」
だから、止められなかった。頑張って堪えていたけれど、零れて来る涙を…止められなかった。
何時も真っ先に戦闘へと向かう人。誰よりも先陣をきって、戦う人。
だから何時も誰よりも危険な目にあって。何時も傷だらけで。それでも。
それでもそれが自分のする事だからと。自分のする事…だからと。
迷わずに前だけを見て進み続ける。どんな危険な目に合おうとも。
どんなに自分を危険に晒しても…それが役目だからと。だから私は。
私は貴方から目を離せなくて。貴方から目を離す事が出来なくて。
…貴方が心配だから。貴方の事が…誰よりも心配だから……
綺麗な目をしている人だって思った。本当に綺麗な瞳を、している人だって。
真っ直ぐに前だけを見つめて。そして正しい事だけを見つめようとする瞳。
本当に大切なものを誰よりも分かっているのに、それ以外の事は全然見えてなくて。
一番大切なものだけが、貴方にとって絶対だから。だからそれ以外の事に。
それ以外の事に私が気付いてあげられたらと、思った。それ以外の事を、私が。
私が気付いてあげられたらと。貴方のために、少しでも役に立ちたいと。
「…ティト…その……」
心配なの。心配、なの。貴方が死んでしまわないかって。
「…馬鹿…知らないから……」
私が何も出来ないうちに。何も、出来ないうちに。
「…知らない…貴方なんて……」
貴方がいっぱい傷ついてしまわないかって。
「――――ごめん、ティト…俺は…その………」
髪を撫でていた手が離れて、ひとつ。ひとつぎゅっと拳を作ったかと思ったら、次の瞬間に貴方はそっと私を引き寄せてくれた。広いその胸に。
「…俺は…その…女の子の気持ちとか…そういうのに鈍感で……」
どきどきと、音がしている。貴方の心臓の音が耳に響くほどに。どくどくと鳴っている。でも。でもね、今。今私の胸も貴方と同じくらい…ううんもっと。もっとどきどきしているの。
「…馬鹿…アレン……」
「…本当に…俺は…馬鹿だな……」
私の言われた言葉を素直に受け取ってしまう貴方。悔しいけれど、そんな所も好き。そんな所が、大好き。馬鹿正直って貴方のためにある言葉だって思う。本当に貴方のためにある言葉だって。でもね。でも私はそんな貴方の嘘の付けないところが…本当に好きだから。
人の気持ちに鈍感で、それを隠す事も出来なくて、何時も。何時も正直に見せてくる。それがもどかしいと思いながらも、でも。でもそれこそが貴方の一番いい所だって、私は気付いてしまったから。だから。
「…馬鹿だな…俺は…好きな子を泣かせるしか出来ないなんて……」
だから、信じられる。貴方がぽつりと零した言葉が。それが貴方の本音だって、信じられるから。
「…今の言葉…本当?……」
「…今の言葉って…あ、…俺は…その…あの……」
貴方の顔を我慢できなくて見上げたら。見上げたら、耳まで真っ赤になっていた。本当に真っ赤になっていた。だから私も。私もつられて…真っ赤になって。
ふたりで顔を紅くしながら、しばらく何も言えずに…見つめあっていた。
不器用な私よりも、もしかしたらもっと。もっと不器用な人かもしれない。
「…俺は…君の事が…ずっと……」
けれども私よりもずっと。ずっと正直に自分の気持ちを告げられる人。
「…ずっと…好きだった……」
真っ直ぐな瞳で、想いを告げられる人。そんな貴方が、私は好きだから。
「…うん…私も…私も…好き……」
「…アレンが…好き……」
まだ互いの顔は真っ赤なままで。おかしなくらい真っ赤なままで。
けれども私が微笑ったら。微笑んだら、貴方もそっと微笑ってくれた。
誰よりも優しい顔で、そっと。そっと微笑んでくれた。
「あ、あの…ティト…」
「何?」
「…君を…抱きしめてもいいか?…」
「…馬鹿…そんな事聴かなくても……」
「…聴かなくても…私はずっと…貴方にそうして欲しかったんだから……」
ぎゅっと、貴方に抱きしめて。
抱きしめて、欲しかったんだから。