風の音



何時も聴いているのは、優しい風の音。


突然泣き出した彼女に、俺はどうしていいのか分からなかった。どうしていいのか分からずにそっと。そっと頭を撫でたら、ぴくりと身体が動いて。動いてそして。そして挑むような目で俺を見上げてきた。
「…バカっ!……」
大きな瞳からぽろぽろと涙を零しながらやっとの事でそれだけを言うと、ふいっと背中を向けてしまう。その背中がひどく。ひどく小さく華奢に思えて。思えて俺は堪らなくなって、そのまま背後から抱きしめた。


『私が…そばに、ついてあげましょうか?』


あの日以来、何時も。何時も俺のそばにいてともに戦ってくれた。向こう見ずで突っ走る俺のそばにいて、ともに戦ってくれた大切なパートナー。そう大事なパートナーだった。でも。でも今は。
「…ティト…俺は……」
ベルンとの、そして竜との戦いが終わり、俺達は元の国に帰る事になった。今までの戦いで失ってきたものを取り戻すために。それが俺達の…皆のこれからすべきことだった。それが、俺達がしなければならない事だった。
「…バカ…貴方なんか…何も分かっていない……」
別れを、告げるつもりで逢いに来た。やっと国に帰れることをともに喜び合おうと思い。一緒にずっと戦ってきた君に一番に、その喜びを告げようと思い。

…けれどもそんな俺に。そんな俺に君は泣きながら、バカと…言った。

抱きしめていると、伝わってくる。身体の震えが、伝わってくる。そして泣き声も、聴こえてくる。押し殺して耐えながらも、それでも泣いている声が。それが、伝わって。ひどくリアルに俺に伝わって。俺は。
「…貴方なんて…国に帰ればいいんだわっ!もう戦いが終わったんだもの、私なんて必要ないでしょうっ?!」
「そんな事はないっ!」
君の言葉に俺は反射的に答えていた。そして零れた言葉に俺は、はっとする。それは今まで。今まで自分が気付かなかった事だった。気付けなかった事、だった。けれども、俺は。
「…アレン?……」
驚いたように動かなくなった君を俺は自分へと向かせた。そしてまだ涙で濡れる君の顔を見下ろしながら。見下ろしながら、俺は。俺は…気が付いた…。そうだ、俺は。
「君が必要だ…俺には…ティト…戦いじゃなく……」
俺はずっと。ずっと君が必要だったんだと。君だけが、必要だったんだと。戦いだけじゃなく、もっと別の。別の気持ちで君が、必要だったんだと。
「…君がいたから俺は…そうだ…分かった…君がそばにいてくれたから俺は強くなれたんだ」
そばにいてくれれば不思議と、強くなれる気がした。君がいてくれるだけで、危険な事も全てなくなるような気がした。それは、全部。全部俺にとって君が。
「…アレ…ン……」
見開かれたように俺を見上げる瞳が。真っ直ぐに見上げてくる瞳が、ひどく綺麗で。そうだ、君は。君はとても綺麗だ。俺はこんなに君のそばにいたのにそれすらも気付かずに。気付かないで。
「…ティト…今更かもしれない…でも言わせてくれ…俺は…その…」
こんなにも君が綺麗で、そして。そして誰よりも優しい女の子だという事に。


「…君が…好きだ……」



バカ、と言いそうになって私は止めた。その代わりにそっと背中に手を廻して。手を、廻して。
「…鈍感……」
ひとつ背中を抓って、微笑った。涙で顔はぐちゃぐちゃだったけれど。でも微笑った。嬉しかったから。嬉しい時に微笑える女になりたいってずっと思っていたから。だから一番好きな貴方の前でだけは。貴方の前でだけは、ちゃんと。ちゃんと微笑えるように。
「…すまないティト…俺は…こういった事に…鈍感で……」
ねぇ、アレン。私ちゃんと微笑っている?恋する女の子の顔、しているかな?今までずっと素直じゃなかったから。シャニーみたく感情を表に出す事が出来なくて、ユーノお姉ちゃんみたく、穏やかな笑みを浮かべる事が出来なくて。何時も何時も不器用だったけれど。
「…鈍感よっ…でも…そんな所が…好きよ……」
でもね、素直になりたかったの。ずっと自分の想いに素直になりたかったの。気持ちを出すのが下手で、ぎこちない顔しか出来ないけど。でも。
でも私…貴方の前では一番自分が好きな顔を、していたかったから。
「…ティト……」
「鈍感で、突撃バカで…向こう見ずでほっとけなくて…でも真っ直ぐで…そんな貴方が好き」
もう一度微笑った。そうしたら貴方も微笑ってくれた。少しぎこちない笑顔だったけれど。でも貴方も。貴方も私と同じで何処か不器用だから。そんな所が私…好き。大好き。
「…俺も…好きだ…君が…その…可愛くて仕方ない」
「…そ、そんな事いわないでよ…私どうすればいいのか…分からない…」
「このままでいい。このままの君が、好きだから」
大きな手が私の頬にそっと伸びてくる。伸びてきて、そして。そして頬を包み込んでくれて。包み込んでくれて、そのまま。そのままひとつ、キスをしてくれた。


聴こえてくるのは何時も風の音。
貴方とともに戦いながら、何時も。
何時も聴こえていた。貴方が。
貴方が敵にやられていないかと。
貴方が傷を追っていないかと。

―――風の音に、ずっと私は聴いていた。



「…ティト…何時か……」
国に帰りたい思いは変わらない。けれども今は。
「…何時か君を俺の国に…」
君と離れたくない想いが、支配している。
「…来てくれるか?……」
気付いてしまったら、もう離したくないと…想っている。


「―――何時かなら…今…約束して……」


真剣に見つめてくる瞳に、俺は君の身体を抱きしめ口付ける事で答えた。ゆっくりと唇を塞ぎ、そのままぎこちないキスを繰り返す。何度も重ね合う内に息が苦しくなって、互いに唇を離して微笑った。そして。
「…約束…して…ちゃんと私に証拠を残して…いって……」
そして耳まで真っ赤になりながら君はそういうと、俺の胸に顔を埋めた。そんな君を抱きしめると身体が小刻みに揺れているのが分かる。それで、分かった。君が俺に何をして欲しいかを。
「…ティト……」
「…私のこと…好きならちゃんと…逢えなくても…大丈夫なように……」
「―――いいのか?」
その言葉に君はこくりと頷いた。そんな君を何よりも愛しく思いながら、俺はその身体を抱き上げベッドへと運んだ…。



私が、大丈夫なように。離れても大丈夫なように。
強く、なれるように。素直に、なれるように。

貴方の前で素直になれるように。
そして、他の人の前でも素直になれるように…どうか。
どうか貴方の勇気を、私にください。


――――私に…どうか強くなれる力を…ください……


不器用な動作で、服を脱がすのがひどく可笑しかった。私だけ脱ぐのは恥ずかしいから貴方も脱いでと言ったら、真面目な顔で脱ぎ始めた。そんな所も…そんな所も、好き。
「…アレン……」
互いに生まれたままの姿になって向き合った。恥ずかしかったけれど、凄く恥ずかしかったけれど。でも今は。今はそれ以上に、素直になりたいから。
着ているものをなくして、自分を覆っている者を全て脱ぎ捨てて。裸の心で、真っ直ぐな心で触れ合いたいから。
「…ティト…俺は…その優しく出来ないかもしれない……」
「うん、いいよ。私…そんな所も…好き…だから……」
胸を隠していた手を離して、そのまま背中に抱き付いた。広くて大きな背中。そして細かい傷が沢山ある背中。何時も最前線を戦う貴方は傷だらけだった。後から、後から、沢山の傷を作って、それでも戦い続ける。そんな貴方が私は…好きだから。
「…好き…アレン……」
「…俺もだ、ティト…君が、好きだ……」
「…あっ……」
大きな手が私の胸に触れる。包み込まれ、柔らかく揉まれるだけで私の身体は震えた。胸の果実が感じてぷくりと尖り、それにぎこちない仕草で指の腹が触れる。
「…あぁ…あ……」
指の腹で尖った胸の果実を転がされながら、乳房を揉まれた。大きな指の感触が肌に消えない痕を作り、それが私の口から甘い声を零れさせた。
「…あぁんっ…アレ…ン……」
「…ティト……」
不器用な手、だった。それでも私はぞくぞくした。貴方が触れているんだと思うだけで、感じた。手加減も具合も分からないから揉まれる力が痛かったりしたけれど。けれどもそんな所ですら貴方らしかったから。貴方らしくて、私は嬉しかった。
「…あんっ…はぁっ…んっ…あぁ……」
ちゅっと音ともに乳首が吸われた。最初は舌先で嬲られるだけだったけれど、そのまま口の中に含まれ軽く歯を立てられる。もう一方の胸は指で揉まれ続け、私の肌は朱に染まった。指先と舌の感触に身体が火照るのを止められない。
「…あぁんっ…あ…アレン……」
乳首は吸われたままで、指が下腹部へと滑ってゆく。わき腹をなで臍の窪みを抉られ、そして脚を開かされた。M字に曲げられて、茂みを指が掻き分ける。そしてそのままずぷりと音ともに、私の中に貴方の指が入ってきた。
「ひゃんっ!」
初めて与えられた刺激に私の身体はびくんっと大きく跳ねた。まるで電流が身体を通っていったみたいだった。一瞬頭が真っ白になる。けれども次の瞬間には痛いような、もどかしいような感覚が私を襲い始めた。
「…ひゃあっ…あぁ…あんっ……」
くちゅくちゅと濡れた音ともに花びらが掻き乱される。乾いていたはずのソコが、じわりと濡れてくるのが自分でも分かった。貴方の指が中を掻き乱すたびに。そして媚肉を開いてゆくたびに。
「…あん…はぁっ…あぁ…ん……あっ!!」
突然視界が真っ白になる。貴方の指が私の一番感じる個所を探り当てたんだと気付いた頃には、もう。もう私は甘い声を零す事しか出来なくなっていた。もう、声を上げる事しか。
「…ああんっ…あんっ…あんあんっ……」
痛いほどに張り詰めたソレを大きな指がぎゅっと握る。その痛みに身体が跳ねた。痛みとそして。そしてそれ以上の快楽に。意識が乱され、息を荒げるしか出来ない。
「…ココが感じるんだな、ティト……」
「…あんっ…ああんっ…アレ…ン…やぁんっ……」
あまりの刺激に私は無意識に首をイヤイヤと振っていた。けれども腰は蠢き、刺激を求めて指にソコを押し付けている。それを…それを止められない。そして。
「―――あああんっ!!」
ぐいっと潰されるほどソコを握られて、私は耐えきれずに貴方の手に快楽の蜜を滴らせた。


「…ティト…いいか?…」
勇気をください。いっぱいの勇気を。
「…うん…アレン……」
誰よりもそれを持っている貴方だから。
「…来て…アレン……」
私にその勇気を、分けてください。



「――――ひっあああっ!!!」



引き裂かれるような痛みに私の目からはぽろぽろと涙が零れて来た。そんな私に気遣うように貴方の手が伸びて、涙をそっと拭ってくれる。それだけで。それだけで痛みが消えるような気がした。
「…大丈夫か?ティト……」
「…平気…だから…止めたり…しないでね……」
その言葉に貴方は真面目な顔でこくりと頷いた。そして耳元で囁く―――責任は、取ると。
その言葉に私は微笑った。貫く痛みは消えないけれど、それでも微笑った。嬉しかった、から。何よりも嬉しかったから。嬉しい時はちゃんと。ちゃんと笑える人間になりたいから。
「あっ…あああっ!!」
その笑顔を確認して貴方は身を進めた。繋がった個所から出血しているのが分かった。痛みとともに奥で何かが破れた音がしたから。けれども貴方は行為を止めなかったし、私も止めて欲しくなんてなかったから。
「…ティト…俺の……」
「…アレ…ン…アレン…あぁぁ……」
繋がった個所が擦れ合い、痛み以外のものを生み出した。それがふたりで作り出したものだと思ったら。そう思ったら自然に腰が揺れていた。このリズムもふたりで。ふたりで作っているものだから。ふたりだけで、作っているものだから。
「…あああっ…あぁ…アレ…ンっ!……」
「―――ティト…俺の…俺だけの……」
「あああああっ!!!」
ぐいっと強く腰を引き寄せられて、そして。そして私の中に熱い想いが…注がれた……。



何時も聴いている、風の音。
貴方の声。そして。そして見ている。
ずっと、見ている。貴方の背中と。


――――貴方の瞳を…ずっと…見つめている……




「…ティト…迎えに行く…だから……」
「…アレン……」
「…その時は俺と……」


「…一緒になって…くれ……」




貴方の言葉に私は微笑った。何よりも嬉しそうに微笑って、そして。そしてこくりと頷いた。
その日が何時になるかは分からないけれど…分からないけれどきっと。きっと遠い日じゃないから。
その時まで私は。私は貴方から貰ったこの勇気と想いを持って。持って、待っているから。



「…うん…待っている…だから迎えに来てね……」