――――ふたりで、進んできた道だから。
気付けばどんな時も、貴方がいたね。
私が負けそうになった時、私が挫けそうになった時、貴方が一緒にいてくれた。
一緒にいてくれたから、私頑張れた。私は、頑張れた。
貴方がいるから私、ここまでこれたんだって。
貴方がいるから私はここまで辿りつけたんだって。
共に歩んできた道に、そっと振り返る瞬間。
隣に貴方がいて、そして微笑っていてくれたら。
今までの辛かった事も、苦しかった事も全部。
…きっと全部、優しい想い出に変わるだろうから……
「ウェンディさん」
何時ものように剣の素振りを追えた貴方が、笑顔で私のもとへと駆け寄ってきた。人懐こい笑顔だって何時も思っていた。その笑顔の中には沢山の痛みや苦しみが隠されているのに。それでも貴方は何時も一生懸命で、そして何時も微笑っている。
「稽古は終わったの?オージェ」
「ええ、終わりました。ウェンディさんも今帰りですか?」
鎧を脱ぎ普段着の格好をしている私に見下ろしながら貴方は尋ねた。そういえば前よりも背が、高くなった気がする。こうして私が見上げる首の角度が前よりも…違っているから。
「ええそうよ、オージェ…一緒に帰らない?」
ベルンとの戦いが終わって、私達はオスティアへ戻ってきた。大きな戦いは終わったけれど、それで全てが終わったわけではない。日々何が起こるかわからない日常の中で、私はこの鎧を着続ける事を選んだ。兄上は普通の女に戻って欲しいと言ったけれど…私はただ護られるだけの女ではいたくなかったから。
自分の身は自分で護れるように。そして未来を…自分の手で掴み取れるようになりたかったから。
貴方も剣を取る手を止めなかった。どうして戦い続けるのと聴いた時の答えを私は一生忘れない。貴方が戦う理由――――今護れるものを…この手で護りたいと。
貧しい村の出身だと言っていた。妹すら捨てなければならないほどの。こうしてオスティアに来たのも、お金のためだって。でも今は違うって。今はお金のためじゃない…少しでも自分達のような境遇の人間がいなくなるように、と。本当の意味での争いを失くす為に剣を取るんだって。
自分の手で。自分が出来る事を、少しでもこなしてゆければと。
「最近はどう?剣の調子は?」
「頑張ってますよ…ウェンディさん程じゃないけれど…あ、この間ボールスさんに会ったんだすよ」
「兄上に?」
「ええ。ボールスさんは相変わらず嘆いていましたけれどね」
「―――女らしくして欲しいって?」
私の言葉に貴方は少しだけ困ったような顔をして、そしてこくりと頷いた。こんな時本当に困るのが貴方らしいと思う。こんな些細な事でも気にかける、貴方の優しさが。
「でも俺はそんな事思ってません。ウェンディさんは誰よりも…女らしいですよ」
そして照れながら…微かに頬を染めながらさそんな風に言う貴方が。そんな貴方が、私は…。
「…オージェ……」
私は貴方の事が、そんな貴方の事が好きだった。
気付いたのはふとした瞬間からだった。本当にふとした、瞬間。
貴方が隣で剣を振り、私がやりを持ち戦う。そんな毎日の中で。
そんな日々の中で、不意に。不意に気が、付いた事。
――――貴方が隣にいる事が…何時しか私にとっての『当たり前』になっていたこと。
ベルンとの戦いが終わり貴方が隣で戦う事が少なくなった瞬間に。
貴方が私の隣にいない瞬間に、気がついた。気が、付いた。
その淋しさに。その当たり前の空気が失われた瞬間に。気が、付いた。
私は貴方がいたから頑張れたんだと。貴方がいるから…頑張れるんだと。
共に歩んできた。一緒に歩いてきた。
互いを高め合いながら、同じ道を。
ふたりで同じ道を歩んできたから。
だからその道が不意に別れた瞬間。
――――私は身を切られるように…淋しかった……
「…あ、えっと…だってウェンディさん…俺の事、何時も…心配してくれるし」
一緒にいてね。これからもずっと、一緒にいてね。
「何時も俺の事、気にかけてくれる」
貴方と共にいたい。貴方と一緒にいたい。貴方と同じ道を歩いてゆきたい。
「…オージェ…私は……」
一緒に苦しい事も辛い事も、嬉しい事も楽しい事も。ふたりで、感じたいから。
「…私は貴方だから…気にかけている……」
どんな時でも、どんな瞬間でも、私は一緒に感じるのは貴方がいい。
「…オージェが…好き…だから……」
最後の言葉は風に。風に浚われるように小さな声で言った。貴方に聴こえないように、と。でも。でもそんな私に貴方はひどく驚いたような顔をして。そして。そして次の瞬間に。
――――そっと私の頬を掠めるような口付けと囁きを…くれた……
『…俺も…好きです…ウェンディさん……』
貴方がいたから、私は頑張れた。貴方がいるから、私は頑張れる。今までもこれからも。ずっと、ずっと。貴方と共にいられるのならば。
「…オージェ……」
貴方が一緒にいてくれるなら。同じ道を歩んでいけるなら。私はもっと。もっと強くなれるから。
「…ずっと…好きでした…俺も……」
辛い時も、苦しい時も、哀しい時も。嬉しい時も、楽しい時も、しあわせな時も、全部。
「…き、聴こえたのね……」
全部、私は貴方と分け合いたい。貴方と、分け合いたい。
「ええ聴こえました。俺は絶対に」
「絶対に貴方の声だけは…どんな場所でも、どんな時でも聴き逃さない……」
貴方の言葉にふたり。ふたり、見つめ合って。
そして微笑いあった。声を上げて笑って、そして。
そしてどちらからともなく指を絡め合って。そっと、絡め合って。
二人で歩き始める。何時もと同じで、そして少しだけ違う道を。
「――――俺達ずっと…一緒に…歩いてゆきましょう」