そっと指先を絡めて、そして。そして目を閉じて。
その先に見たふたりの夢が、ゆっくりと。
ゆっくりと結ばれ、そして。そしてひとつになる瞬間。
――――きっと泣きたくなるくらいに、しあわせなんだろう。
ふわりと風が吹いてツァイスの紅い髪を揺らした。それは真っ赤な血の色のよう見え、それでいて優しい夕焼けの色にも見えた。
「…ツァイス様……」
そっと名前を呼んでも変事は返って来なかった。聴こえてくるのは微かな寝息だけで。けれどもそれが何よりもエレンの口許をそっと綻ばせた。
もう一度風が吹いてツァイスの髪を乱す。エレンは起こさないようにそっと。そっと手を伸ばして髪の乱れを直した。
―――そんなささやかな事が、何よりも嬉しいと感じる瞬間。
見上げれば木の隙間から柔らかい光が零れて来る。萌える緑の鮮やかな色をきらきらと反射する太陽の光が。それを、目を細めながらエレンは見つめていた。その間もエレンの手はそっと。そっと自分の膝の上で眠るツァイスの髪を撫でていたけれど。
こうして自分が彼に触れている事が不思議だった。男の人は苦手で、男の人は怖くて、何時も。何時も近付かないように影に隠れていた自分。ギネヴィア様お付きのシスターとしてずっと生きてきた。そうしてこれから先も生きてゆくのだと、自分はギネヴィア様と神様に全てを捧げた身だと、そう思っていたのに。今は、こんなにも。こんなにも、自分は。
「…いいえ…違いますね……」
誰かを好きになるなんて思わなかった。男の人は怖くて、近付くだけでびくびくしていたから。だからこんな自分が誰かを好きになるなんて思わなかった。けれども今は。
「…ツァイス…ですよね…貴方がそう言えと言ってくれたから……」
今はこんなにも自分はたった一人の人に心を奪われている。好きと言う思いが溢れている。溢れて零れて、自分を満たしている。好きだというその気持ちだけが。
「…そう言って、くれたから……」
その気持ちだけで、とても。とてもしあわせになれるから。
何時も、気にかけていてくれた。
引っ込み思案で、内気な私に、何時も。
何時も気にかけ声を掛けてくれていた。
どんな時も、気付けば貴方が。
貴方がそばにいて、私を護ってくれたから。
――――大きな竜の翼と、大きなその背中で。
不器用で、どうしていいのか分からない私を。
そんな私を貴方が導いてくれる。
大きな手が私を、連れて行ってくれる。
私を今まで知らない場所へと。私の知らない所へと。
貴方の大きな翼とともに、私を連れていってくれるから。
「…ツァイス…私……」
本当はきちんと瞳を見つめて。そして。そして真っ直ぐに想いを告げたいけれど。この気持ちを、告げたいけれど。
「…私…貴方が……」
けれどもまだ臆病な私は言う事が出来なくて。伝える事が、出来なくて。だからこんな風に。こんな風に貴方に。
「…好きです……」
眠っている貴方にしか、告げる事が出来なくて。
「…俺も君が…好きだよ……」
「…ツ…ツァイス様っ!い、何時から起きて……」
「君が俺を『ツァイス』って呼んでくれた辺りからかな?」
「…そ、そんな前からですかっ?!……」
「い、いやその……」
「…君がそう言ってくれるのが…嬉しかったから……」
耳まで真っ赤になった私に貴方はひどく子供のように微笑った。
本当に子供のような顔をして。そして。
そして私の髪に指を絡めて、そのまま。そのまま引き寄せて。
そっと、くちびるが、かさなる。
「…あ…ツァイス…様……」
指が髪に触れる。そっと私の髪を撫でる指。
「…好きだよ…エレン……」
優しく私の髪を撫でる指先が。
細かい傷がいっぱいあって、ひどく切なくなった。
君と夢を見て。ともに同じ夢を見て。
何時か同じ場所にいければいいと。
ともに同じ場所に立てれば、いいと。
――――ベルンのあの空の下へ、と。
「…はい…私も…好きです…ツァイス……」