永遠の嘘



――――指先が触れる事すら、躊躇われる恋だった。


愛していると想いを告げて、そして。そしてその想いのまま身体を繋げたら。
そうしたら、全ては満たされたのか?全ては、叶えられたのか?
全ての想いと、全ての嘘と、そして。そして全ての愛が辿りついた先に。


そこにあるものが、今。今この手から零れて、そして流れてゆく。


祈りはただ一つ。ただひとつ、だけ。貴方のしあわせだけを、願っていますと。ただそれだけを祈り、願い、そして。そして乾きゆく大地に全ての想いを埋めてゆく。
「…私が貴方を愛していると言ったら…どうしますか?」
強い瞳だった。誰よりも強い光を放つ瞳だった。そこにあるものが、彼女のカリスマだとしたらそれに惹かれた男たちは憐れで物悲しい以外の何者でもない。こうして私のように、貴方が輝くために消費されゆく運命の男たちは。それでも。
「貴方のような聡明で、そして賢い方が…そんな愚考をお持ちとは思えませんよ」
それでも貴方が輝く為ならば、貴方が誰よりも綺麗に咲く華になる為ならば、私はきっと幾らでも。幾らでもこの命を、魂を差し出すのだろう。ただひとりの、貴方の為に。
「そうですね、愚かですね。でも私はただの愚かな女なのです…サウル様」
そっと微笑う貴方は誰よりも綺麗。誰よりも綺麗で、そして哀しかった。私は貴方にそんな顔だけは…させたくなかった。


指先さえ触れる事すら許されない想い。
瞳を見つめるだけで躊躇われる想い。

それでも恋をしたら?それでも愛してしまったならば?



私は何時も護られるだけだった。自分の意思で兄から逃れ、ロイ様に運命を託した時も。結局は、私は誰かに頼る事でしか生きられなかった。
兄から逃げる時もミレディ達の力を借り、そして。そして今も、ベルンの女王として国を支配するために…皆の力を借りている。
私は私自身の脚で道を歩いてはいなかった。私自身の意思で、自分の力で前に進んでいなかった。誰かに支えられ頼り、そうしてやっと。やっとこうして地上に生かされているだけだった。
「貴方を愛しています、サウル様」
そんな私が自分自身の手で初めて。初めて欲しいと願ったもの。手に入れたいと願ったもの…こころに祈りを捧げたもの。それが、貴方だった。
「ギネヴィア姫、本当に貴方はどうされたのですか?…そんなの貴方らしくない」
「私らしいとはどういう事でしょうか?ベルンの王女として気高く生きよとでもいう事ですか?」
すぐに、分かった。貴方がわざと道化の仮面を被っている事は。仮面の種類は違えど私の顔にもそれは掛けられている。ベルンの王女という仮面を。それを脱ぎ捨てた先にある生身の貴方がどんなに…どんなに強く誇り高き者か、私は知っている。


貴方は誰よりも強い人。貴方は誰よりも優しい人。
貴方は誰よりも賢い人。貴方は誰よりも暖かい人。

―――そして誰よりも…愚かなひと……


「…そうです…貴方はベルンの女王…貴方の、国の未来は貴方にしか救えない」
道化の振りをし、本当の貴方を隠して。そして。そして貴方は自分を切り刻み。
「貴方以外にそれは成しえないのです」
自分自身を切り刻み、そして他者を救う。誰も気づかない貴方の本当の信仰と救いを。
「―――貴方以外には」
それを誰よりも尊いと惹かれながら、私は身を切るほどの切なさを感じる。


貴方と、いたかった。貴方の傍に、いたかった。
貴方が自分を犠牲にしてまでも救おうとするもの全てを。
その全てを見てゆきたかった。そして。そして。
そんな貴方を…救う事の出来る唯一の相手になりたかった。



――――伸ばした指先すら…触れる事の躊躇われる恋…だった……



貴方を愛していると告げれば、それでしあわせになれたのだろうか?伸ばされた指先に触れればそれで。それでしあわせを手に入れる事が出来たのだろうか?けれども。
「あくまでも王女として生きよと…貴方は言うのですね……」
けれども今ここで貴方を抱きしめても、そこにある未来が貴方にとって障害にしかならないのならば。貴方の綺麗な道に傷をつける以外にないのならば。それならば。
「――――それが…貴方のためです……」
綺麗な貴方の道に私と言う障害は必要ない。綺麗な貴方の未来に私という穢れは必要ない。そんなものは、何処にもあってはいけないものだから。
「…貴方のためです…ギネヴィア様……」
貴方にとって私という存在が穢れ以外の何者にもならないのならば…私自身すらこの世に必要のないものだから。


「…貴方は…嘘吐きですね……」


頬から零れる涙を、この指先で拭ったならば。
「…ギネヴィア姫……」
指先から想いが零れて貴方に伝わるだろうか?
「…どうして…言ってはくれないのです?……」
愛していると。貴方だけを、愛しているんだと。
「…そんな嘘を付くいらくなら一層……」
…ずっと、ずっと貴方だけを…愛しているのだと……。



「…嫌いだと…言って欲しかった……」



愛しています、貴方だけを愛しています。
一度だけでよかったのに。一度だけ、貴方が。
貴方が私を抱いてくれたならば、それで。
それで私はこの想いを永遠に閉じ込める事が出来るのに。
この想いを一番こころの深い場所に、想い出とともに。

…けれども貴方はそれすら…それすら叶えてはくださらないのですね……



「それだけは…言えません…私には言えません…ギネヴィア姫……」
その髪に、触れて。その細い肩を抱き寄せて、その身体をきつく。きつく抱きしめたかった。
「…サウル様……」
抱きしめて、壊れる程に抱きしめて。貴方を私のものだけに。私のものだけに、したかった。
「…私には…言えません……」
それが赦されるのならば。神さえ背いて貴方を、抱きたかった。


永遠の嘘を付き続けることしか、私には出来ない。
貴方の未来を願い、それども止められない想いがある限り。
愛しているとは言えない。けれども全てを拒絶できない。
願うのはただひとつ。ただひとつ、貴方のしあわせだから。

それだけが、私の唯一の願いで、そして祈りだから。


「…それでも私は…ずっと願っています……」
さよならと、言えないから。さよならとは言えないから。
「…サウル様……」
もう二度と逢う事が出来なくても。もう二度と…逢えなくても。
「…貴方のしあわせだけを…ギネヴィア姫……」
私の心に永遠に貴方が在る限り、さよならだけは言えないから。


指先に、触れた。最期に、触れた。
触れてそっとその指に口付ける。
それが私の永遠の誓い。ただひとつの誓い。


――――何処にいても貴方のしあわせを…願っている、と。





「…しあわせに…ギネヴィア姫…私はずっと貴方だけを…見てゆきます……」