PRIME



―――楽しい時には声を上げて微笑う事が、きっと。きっと一番大切な事。一番大事な事。


この不器用な大きな手のひらが、私にとっては何よりも大切なものだった。この、手のひらが。
「暖かいね、あなたの手のひら。とても暖かい」
そっと手のひらを重ねれば、お互いに少しだけ震えるのが分かって何だか可笑しくなった。可笑しくてひとつ微笑ったら、その優しすぎる瞳にかち合った。
「…リ、リリーナ…俺……」
どうしていいのか分からずに宙に浮いたままの手に自らの指先に絡めて、そっと頬に重ねた。一瞬びっくりしたように身体全部で反応したあなたをどうしようもなく愛しいと思いながら、そのまま。そのまま瞼を閉じてそのぬくもりを感じる。
「…あなたの心と同じで、暖かいね……」
宝物よりももっとずっと大切なもの。何よりも大切なただひとつの、ぬくもり。それが今ここにある。私の一番近い場所に在る。それだけでもう何もいらなかった。


―――あなたが知らない事を私が教えるたびに気付く事が出来た。想いを素直に伝える事の大切さを。想いを言葉にする事の大事さを。


一緒にいたいと思った。他の誰でもないあなたとともにいたいと思った。それが正しいとか間違っているのかそんな事を考える間もなく、ただ一緒にいたかった。それだけだった。
「ゴンザレス、これからも」
廻りの人たちは私を戒めたけれど、それでも変わらなかった。この気持ちは変わらなかった。だからそばにいる。だから一緒にいる。こうして瞳を合わせて、指を絡めたいと思う相手はただひとりだから。
「これからも私と一緒にいてね」
微笑う。嬉しい時は心から微笑う。幸せだと思う時は素直にそれを告げる。そんな当たり前の事を何時しか私は何処かで忘れていた。あなたと出逢ってこうして言葉を交わして、気持ちを伝える言葉を教えて…そして私自身が思い出す。好きなものは好きだと、言葉にする事の大切さを。
「も、もちろんだ。リリーナ…そのおれで…いいのか?」
生まれたての透明で真っ直ぐな気持ちがどんなに綺麗なものかを私は知っている。その綺麗な心を私は知っている。それに気付く事が出来た私はきっと世界中の誰よりも幸運だ。
「うん、あなたがいいの。あなたが、いい」
大きくて不器用で、何よりも暖かいひと。誰よりも心の痛みを知っている人。あまりにも優しすぎるから、他人を傷つける前に自分を傷つけてしまう人。その大きな身体からは想像もつかないほどたくさんの痛みと傷を持っている人。けれどもそれ以上に溢れてくるものは、暖かい優しさだから。
「あなたが、大好きだから」
初めてあなたが私に白い花をくれた日から、きっとこの恋は始まっていた。一緒になって泣いてくれた日から、ふたりの恋は始まっていた。器用でなくていい、上手くなくてもいい、不器用だけど真っ直ぐなふたりでいられればそれでいい。
「俺も、俺も…大好きだ……」
「ふふ、一緒だね。ふたり、一緒だね」
繋がった手のひらに少しだけ力を込めれば、おずおずと握り返してくれる手のひらがある。私を傷つけないようにと精一杯の注意を払って、それでも懸命に答えてくれる手のひらがある。
「一緒だね」
顔を上げて微笑う。今この瞬間が何よりも幸せだと伝えるために。今この時間が何よりも嬉しいものだと伝えるために。隠す事なく全てを、今伝えるために。


ひとつずつふたりで覚えていったね。ひとつずつ、知っていったね。
『リ、リリーナ、すきだ』
分からない事や伝わらない事もたくさんあったけど、それでも。
『すきだ。これがおれの、気持ちだ』
それでも諦めないでふたりで考えたね。そして言葉にした。そして声にした。
『これはおれの、気持ちだから。リリーナが教えたんじゃない、俺の』
思っている事を、今この瞬間感じている事を、外に吐きだして。
『おれの、想いだ。リリーナ、すきだ』
こうやってふたりで、見つけてきたね。大事なものを大切なものを、ふたりで。


――――ずっと笑顔でいられる方法がこんなにも単純で簡単な方法だったなんて、私はあなたといなければ気付く事は出来なかった。


手を繋いで、指を絡めて、そしてふたりで微笑いあう。視線を重ね合って、少しだけ熱くなった頬にくすぐったい想いを感じながら。
「あのね、ゴンザレス。ここから見る景色が子供の頃私はとても大好きだったの」
片方の手は繋いだままで、私は足許に広がる風景を指さした。幼い頃の私は哀しい事があるとこっそりと家から抜け出して、近くに在るこの丘に一人で泣きに来ていた。近所にある小さな丘なのに子供の頃の私にとってはとても遠い場所で、とても高い丘だと思っていた。
「ううん、きっと景色よりも私は」
ここなら絶対に誰にも見つからずに一人で泣ける場所だと思っていた。けれどもそんな私を何時も見つけ出して、頭を撫でてくれる大きな手のひらがあった。そして。
「私はお父様が景色を見せるために肩車してくれた事が」
そしてその大きな手のひらは小さな私をひょいっと抱き上げて、この景色を見せてくれた。大きな肩の上に乗せてくれて、この足許に広がる景色を。
「その事が嬉しかったから、だから大好きだったのだと思う」
その瞬間私は哀しかった事を忘れて、とても幸せな気持ちになった。どんな時でもこうして自分を見つけてくれる父の存在と、そして何も言わずにこうして抱きあげてくれる手のひらの暖かさが。
「リリーナ、見たいか?景色」
「え?わっ!」
私の回答を待つ前にあなたはひょいっと私を抱きあげると、そのまま肩の上に乗せられる。あの頃の子供だった時のように。
「リリーナの見たい景色、見えているか?」
「うん、見えている。見えているよ…ありがとうゴンザレス……」
けれども私はあの頃の小さな子供ではなく、見つけてくれる父はもう何処にもいない。でも私は今、見ている。あの頃と変わらないこの景色を、あなたと一緒に見ている。
「そうか、良かった。リリーナが嬉しければ、おれも嬉しい」
「私も嬉しいよ。あなたと一緒に見られて嬉しいよ」
微笑う。ふたりで、微笑う。嬉しい気持ちは嬉しいと正直に告げる。幸せだと言う想いは、ためらうことなく言葉にする。あなたの前では私は何も隠さなくていい。思った事をそのまま告げればいい。そうする事でふたりはもっと。もっとしあわせになれるから。ふたりはもっと微笑いあえるから。


「――――これからもずっと。ずっと見ていこうね。ふたりで一緒に」