何時もあいつとは喧嘩ばっかし。
顔を合わすと悪口ばっかり言っている。
けれども。けれどもあいつがいないと。
あいつが、視界にいないと。
…淋しいのは、どうしてだろう?……
空の上を飛んでいるのは大好き。色々なものが見えるから。地上にいたら見る事が出来ないものも、こうやって。こうやって空からだと、見下ろす事が出来るから。だから、好き。
「今日もいい天気。うーん気持ちいい」
空の上では誰も聴いていないからと安心して、つい声に出していってしまった。けれども本当に今日の空は蒼くて、風も心地よいほどに穏やかだった。こんなに気持ちのいい飛行だったらずっとこうしてペガサスに乗っていたいと思った。ずっとこうやって、風になっていたいと思った。今が戦争中でなかったなら。
「敵の姿も見えないし、このままもう少しだけ飛んでてもいいかな?」
またつい声に出して言ってしまう。これが地上だったら、ただの危ない人だけど。けれども誰もいない空の上、だから。誰もいない自由な空の上だから。
空を飛んでいるのは好き。色々なものが見えるから。
知らなかったものが、見えてくるから。だから、好き。
あたしの知らなかった事。あたしの気付かなかった事。
それがこうして見えてくるから。見えて、くるから。
――――だから、大好き。こうして風になれるのが……
きらきらと太陽は眩しくて、シャニーは目を細めた。眩しい光が緑に反射している。それはとても綺麗でシャニーの口許を綻ばせた。
「お、レイとソフィーヤじゃん」
少しだけ低空飛行になって地上の様子をシャニーは見下ろす。そこにはこの暑いのに『ずるずる』な衣服を着ているシャーマン二人が何か話していた。
「…ってあの二人そういう関係なんだーへぇ……」
レイが照れくさそうな顔で何かを言っている。そんな彼にソフィーヤが控えめに、けれども嬉しそうに微笑っていた。その顔は明らかに恋をしている少女の表情で。恋をしている女の子で。
恋をしている、女の子…そう思った時にふと。ふとシャニーの脳裏にあるひとつの顔が浮かんできた。浮かんできて、そして。
そして気付いたらその人物を探している自分に、気が付いた。
喧嘩ばかりしている。何時も顔を合わせたら、そればっかり。
でもね。でも、逢えないと淋しいの。こうして言い争っていないと。
バカみたいに淋しくなるの。視界にあんたがいないと、あたし。
――――あたし…淋しくなる……
「ってワードあんた何やってんのよっ?!」
頭上から降って来た声に驚いたような顔でワードは振り返る。その手には小さな鳥が、乗っかっていた。
「いきなり大声だすなよ、シャニー。落ちるだろうがっ!」
片手で木にしがみ付きながら、ワードはそれによじ登っていた。普段なら木に登るなど何でもないのだが、手に鳥を乗せている以上中々上手くはいかなかった。
「だってあんたが片手で木に登ろうとしてるから…ってその手の鳥は何?」
「あ、これか。ほらそこの巣から落ちちまったんだよ。だから元に戻してやろうと思ってな」
そう言いながらワードは視線だけを木の枝に掛かっている巣に移した。流石に指を指す訳にもいかないので。そんなワードに、シャニーは。
「…あんた…バカ?……」
「バカって何だよっ!鳥が可哀想じゃねーかよっ!」
「違うわよっそんな事じゃなくてっ!」
「そんな事じゃなくて…何であたしを呼んでくんなかったのよっ!」
バカ、バカバカバカ。何でそんな危ない事すんのよ。
あたしがひょいって空を飛べば。空を飛べば、元に戻すのなんて。
戻すのなんて、簡単なのに。なのに何で。何でそんな危ない事。
――――危ない事…するのよ……
「…だってよ…お前ロイ様に偵察行くように言われてたじゃねーかよ」
「だからって、そんな危ない事」
「って危ない事だからよ…お前に…そんな危ねー事……」
「―――ワード?」
「ってな、何でもねーぞっ!何でもねーって」
「…バカ……」
「…ホントにあんたバカ…なんだから……」
あたしはあんたから手の鳥を奪って、そのまま巣の上に置いて上げた。ペガサスに乗っているんだから、空を飛べるんだからこんな事大した事ないのに。なのに、あんたは。
「ほら危なくないでしょ?」
あんたをそう言いながら見下ろした。こんな風に何度もあんたを見下ろしてきたけど、今この瞬間ほど。この瞬間ほど…あんたの事を…あたしは……。
「でも俺は…心配…いや何でもねーよ……」
あたしはあんたを、好きだと思った事はなかった。そして。そしてこれからは、もっと。もっとあんたを好きだと思う瞬間が来るんだろうとも。
「ちゃんと言え、こら」
だからぺちって頭を叩きながら、あたしは言った。自分でも耳が紅くなっているのが分かる。そしてあんたの頬も。頬も同じように紅くなっていて。そして。
「…心配…だったんだよ……」
そしてそのままぼそりとひとつ。
ひとつ、あんたはあたしに言ってくれた。
喧嘩友達。ずっと、そうだった。これからもきっと。
きっと、ずっとそうなんだろう。けれども。けれども少しずつ。
少しずつ、あたし達が違うものへと変わってゆくのが。
…変わってゆくのが…分かる…から……。
だからずっとね。ずっとこうやって一緒に、いようね。