――――ふと空を見上げた。蒼い空を。
初めはただ。ただ口うるさい奴くらいにしか思っていなかった。やかましいくらいに話してきて。そして言いたい事だけを言って、いつも怒って帰っていった。いつもそんな事の繰り返しだった。でも。でもふと、気が付いた。ある日突然、気が付いた。
お前のそひの声が、何時しか俺にとって何よりも心地よいものになっていた事を。
本当に突然に、気が付いたから。
心がふと、油断している間に。
何時しかお前の存在が自然と。
自然と俺の中に入ってきた。ごく自然に。
―――――お前と言うものが、俺の心に住み着いていた。
金色の長い髪がきらきらと。きらきらと太陽の光に反射する。それについ目を細めたらお前は不貞腐れたように俺を睨んで来た。
「何か用ですの?私の顔に何か付いてでもいるのですか?」
「…何故そうなる?……」
頬を膨らまして拗ねる姿はまるで子供のようだ。いや実際子供な所が十分にあるのだが。
「…だって…私の顔、睨んでましたわ…」
お前の言葉につい俺は苦笑した。するとお前は益々不機嫌になる。それが可笑しくて微笑ったら…今度は顔を真っ赤にして怒り出した。
「レディに向かって笑うなんて、失礼な方ですわねっ!!」
「――――悪かったな」
俺が謝罪したら一瞬呆けたような顔をした。俺からそんな言葉を聴くとは思わなかったのだろう。本当にびっくりしたような顔を、して。そして次にはどうしていいのか分からないような困った表情をする。
「…い、いきなり謝られても……」
そんなお前を見ているのは嫌じゃない。いやむしろ見ていたいと、思う。くるくるとよく表情の変わるお前を。
「困る、か?」
無表情で感情を出せない自分には逆に羨ましくもあった。そんな風に剥き出しに感情を出せることが。そこには駆け引きも嘘もない真っ直ぐな気持ちが見せられているから。
「そっ、そうですわっ!」
今もこうして。こうして真っ直ぐな気持ちを見せてくれるから。驚くほどの、真っ直ぐな気持ちを。
どうして、だろう?どうしてこんなにも。
こんなにも私はこの方の前では素直に。
素直に、なれないのだろう?
嬉しいのに。こうしてそばにいれるだけで、嬉しいのに。
どうしてちゃんともっと。もっと正直に。
想っている事を、そのままに。そのままに。
――――言えないのは、どうして?
見られているのは嫌じゃないの。ずっと見ていてほしいの。
でもそんな事言えないから。言えない、から。
「…だって…私……」
どんな顔をすればいいのか.。
「……私……」
どんな言葉を返せばいいのか。
「―――全く、お前は…」
ぼんっと大きな手が頭にひとつ置かれた。そしてくしゃりとその手が私の髪を撫でる。一見乱暴なようで、本当は優しい手が。
「な、何をなさるのですかっ?!」
「それでいい」
「え?」
「お前はそれでいい。俺はそんなお前が…」
風がそっと吹き抜ける。耳元にそっと。
そして言葉をひとつ。ひとつ、運ぶ。
――――好きだ、と……
「なっ!い、今何て…」
「…聴いてないなら、いい……」
「だ、駄目ですわっ!そんなの駄目ですっ!!」
「…だって私…私も…貴方の事が……」
「聴いていたじゃないか」
「きっ聴いていませんっ!!」
「馬鹿、お前はすぐ分かる」
「え?」
「顔に出るから、すぐに分かる」
そう言って貴方はくすっとひとつ微笑って。微笑って、ひとつ。ひとつ頬に、キスをして。
「お前ほど、素直な奴はいない」
「…ルトガー……」
厚い頬のまま貴方を見上げる。見上げてその瞳の優しさにかち合って。かち合って、私も。私も貴方に微笑んだ。顔はまだ真っ赤だったけれど。
「私も素直になりますわ。貴方が好きです。だから貴方も…」
それでも今。今こうして何よりも貴方の瞳が…見たかったから。
「―――ああ…好きだ、お前が……」