幼い頃眠れない夜に、ずっと星を数えていた。空に散らばる一面の星を。
そんな俺に決まって母親は微笑って。白いその手で、俺の髪を撫でてくれた。
そっと髪を、撫でてくれた。白く細いその指先で。
――――けれども、その指はもう。もう何処にもなかった。
全てが失われた日。自分の居場所をなくした日。何もかもが、奪われた日。
空の星は何処にもなくて、優しい指先は炎に焼かれて消えていった。そして。
そしてその日以来、俺は夜空を見上げる事すらなかった。そんな余裕などなかった。
生きる事と復讐だけが全てになって、それ以外のものは何一つ切り捨て。何時しか。
何時しか笑う事も、楽しいと思う気持ちも、誰かを大切に思う心も、全て。
全て心の奥に凍りつけて、その全てを忘れていた。その想いを、忘れていた。
笑い方を、忘れた。喜び方を、忘れた。ひとを愛する事を、忘れた。
お前に出逢うまで、俺は本当に忘れていたんだ。何もかもを、忘れていたんだ。ただ血と殺戮のみが俺の日常になっていて、そして。そして一番大切な想いを…一番大切なものを、俺は忘れていたんだ。
『母さんが望む強さはただひとつだけよ…力でも権力でもない…愛する者を護れる強さを持てる人になってくれればそれだけでいいの』
胸に顔を埋め、そこから聴こえる命の音が、ただ優しくて。まるで子宮の中にいる赤子のように、俺は。俺は身体を丸めて眠っていた。
「子供みたいですわ、ルトガー」
そんな俺に無邪気とも思える笑みを向けながら、お前の指がそっと俺の髪を撫でる。驚くほどに白い指先。透明とも思える白い指。けれども触れればそれは暖かい人のぬくもりを感じる事が出来る。こうして指を伸ばして、触れれば。
「―――子供はこんな事は、しない」
「…あっ……」
指を絡めて、引き寄せてそのまま唇を重ねる。背中に腕を廻して自分へと引き寄せれば、素肌が重なり合い裸の胸が触れた。柔らかい乳房が胸板に押し付けられ、その感触に再び快楽に火が付いた。
さっきまで抱いていた身体なのに。さっきまで深く貪っていた身体なのに。
キスと言うには長すぎる口付けから唇を解放すると、俺はその胸の膨らみに指を這わした。柔らかい乳房を揉めば、胸の果実はすぐにぷくりと立ち上がる。俺の身体の中にまだ快楽の火種が残っていたように、お前の身体にもそれはまだ残っていて…。
「…はぁっ…あ…ダメですわ…っ…もう今日はっ……」
頬を赤らめながら、必死に沸き上がる快楽を堪える姿が愛しかった。イヤイヤと首を振れば綺麗な金色の髪がふわりと揺れる。そこから零れた汗が俺の頬にひとつ、当たった。
「―――嫌か?」
胸に柔らかい愛撫を与えながら、耳元で囁いた。その言葉にお前の紫色の瞳が俺の前に現れる。微かに潤んだその瞳が。
「…そんな風に言われたら…私は……」
「クラリーネ?」
「…言われたら…イヤだとは…言えないですわ…もうっ!……」
目尻を紅らめながら、お前は言った。最後には怒ったような口調になって、そして。そしてぎゅっと俺に抱き付いてきて。抱き付いて。
「…もう…責任取って…くださいね……」
最後の方は消え入りそうな小さな声で告げる。それが。それが俺にとってどうしようもない程に愛しかった。
星を数えて見る夢は、とても優しく暖かい。
そんな夢を俺はずっと見ていたはずなのに。
ずっとずっと、見ていた筈なのに。あの日以来。
あの日以来、忘れてしまった。忘れてしまっていた。
見る夢はただひたすらに悪夢だけで。目覚めた後も。
広がる世界はただの闇だけだった。ただの闇だけ。
お前の指が俺の髪を撫でる。お前の胸の鼓動が、俺のこころをそっと包み込む。
お前の腕の中で見る夢は、とても暖かい。とても、優しい。
お前の胸の鼓動に包まれて眠るのは、ただひたすらに。
ただひたすらに俺にとっては、安らげるものだった。
お前という光が、俺の闇を浄化し。そしてお前の愛だけが、俺を包み込む。
キスをした。顔中に、身体中に、キスをした。髪に頬に、胸に臍に、余すところなくキスをする。
「…あぁんっ…あんっ……」
胸の谷間のラインに舌を這わせれば、その白い身体がさっと朱に染まってゆく。感じる個所に唇を落とせば、二つの胸の膨らみがぷるんっと揺れた。
「…ルトガー…ああんっ…はぁっんっ!……」
指では触れずに唇だけで触れた。それだけでもお前の身体は素直に反応を寄越す。睫毛を震わせ、体を小刻みに痙攣させて。ぴくぴくと震える白い肢体がひどく魅惑的に俺の瞳に映った。
「…あぁっ…ルトガーっ…ソコはっ…あっ!」
がくがくと震える両足を開かせ、膝を折り曲げた。薄い茂みを掻き分け、しっとりと濡れる花びらに舌を這わす。入り口を何度か舐めて、そのまま奥へと舌を侵入させた。ぴちゃぴちゃとわざと音を立てながら、内壁を舐めてやる。そのたびに、びくびくとお前の身体が痙攣をした。
「…はぁんっ…ああんっ…やぁんっ……」
鼻に掛かる甘い声が、俺の欲望を増殖させる。柔らかく熱い媚肉を舐めながら、指先で脚の付け根を撫でた。ソコがお前の性感帯だった。俺だけが知っているお前の秘密だった。
「ひゃあんっあんっああんっ!」
唾液と蜜で濡れぼそるお前のソコを見つめて、ぷくりと膨らんだクリトリスに舌で触れた。その瞬間、びくんっとお前の身体が弓なりにしなる。突き出した胸が揺れ、長い髪がシーツの海に散らばった。
「…あっ…あぁっ…ダメ…ダメぇ…ソコは…あぁぁんっ……」
耐えきれずにお前の手がシーツを掴み、何度もイヤイヤと首を振った。それでも俺の舌は止まる事無く、ソコを嬲り続ける。ちゅぷりと零れる愛液を吸ってやれば、がくがくと折り曲げられた脚が震えた。
「…やぁんっ…あんっあんっ…私…私っ……」
「――――イクか?」
顔を上げてお前の乱れる姿を見つめた。片手でシーツを握り締め、もう一方の手を口に持ってゆき、堪えるように咥えている。その指は唾液でねっとりと濡れて、お前の目尻からはぽたぽたと快楽の涙が零れ落ちていた。
唾液と涙が白いシーツに染みを作り、乱れた髪が金の波を作っている。それがひどく、目に焼きついて離れなかった。
「…い、いやです…このままでは…私……」
そんな状態でも俺の言葉に紫色の瞳は睨むように、俺を見つめてくる。濡れて視界は滲んでいるはずなのに。それでも挑むように俺を見つめて。
「…私だけが…その…イヤです…一緒に……」
「…クラリーネ……」
「…どんな時でも…一緒ですわっ!……」
お前の言葉に俺は口許が自然に綻ぶのを、抑えきれなかった。自然に口許に幸福な笑みが浮かぶのを…止められなかった。
「ああ、そうだな。俺達は…ずっと一緒だ……」
自然に、笑えた。気付いたら、笑っていた。お前を見ているうちに何時しか。
何時しか俺は笑い方を思い出し、そして愛する心を思い出していた。
お前という存在が、俺の凍っていた全ての想いを…こうして自然と曝け出させる。
くるくると表情のよく変わる瞳が。
思った事がすぐに出る表情が。その全てが。
全てが俺にとってなくした筈のものだった。
――――全てお前がいたから…思い出せたものだった……
「ひゃっ!あああああっ!!!」
細い腰を掴むと、そのまま俺は自身を一気に侵入させた。熱く絡みつく媚肉を引き裂き、最奥まで侵入を果たす。その途端俺をぎゅっと内壁が締め付けてきた。
「クラリーネ」
名前を呼びながら腰をパンパンと打ちつける。中の肉が擦れ合ってぐちゅぐちゅと濡れた音を室内に響かせた。
「…あぁぁんっ…ああんっ…あぁぁっ……」
身体を仰け反らせながらお前は喘ぐ。そんなお前の胸に唇を這わせながら、俺はお前の中を味わった。何度も抜き差しを繰り返し、そのたびにきつく締め付ける内壁を。
「…ルトガーっ…ルトガー…あぁぁぁっ!……」
震える手が伸ばされ俺の背中にきつくしがみ付いた。それでいい。この背中はお前だけのものだ。お前だけのもの、だから。
「―――クラリーネ…俺の……」
「…ああんっ…あんっ…ルトガー…ルト…んっ!」
唇を重ね、舌を吸った。ちゅぷちゅぷと生き物のように舌が絡み合い、互いを追い詰めた。その間も俺は何度もお前に腰を打ちつけ、激しく中を抉る。そうして上も下も絡み合って、俺達はひとつになった。
「…んんんんっ…んんんんっ!」
蕩けるほどの熱と締め付けに溺れながら、俺はその体内に自らの欲望を吐き出した。
髪を、撫でる指。髪をそっと、撫でる指。
「きつかったか?」
まだ微かに残る荒い息と、汗ばむ身体で。
「…誰のせいだと思っているのです?」
それでも俺の髪を撫でてくれる指先。白い指先。
「俺のせいだな、クラリーネ。だから」
優しく、そして暖かい、お前の指先。
「――――だから俺が…一生責任を取ってやるから……」
星を数えて見る夢。それは優しい夢。
お前の鼓動を聴いて、ぬくもりを感じて。
そして見る夢は、何よりも。何、よりも。
暖かく、そして。そして優しいもの。ただひたすらに…安らぎを与えてくれるものだった。