Clouse



耳元に届くこの鐘の音は、何処から聴こえてくるものなのだろうか?


私は強い女だから。私は戦う女だから。だから決して人前で泣いたりなんてしない。どんな時でも、どんな瞬間でも。強く、そして凛々しく。誰の前に出ても、隙を見せたりなんてしない。
ほらだから。だから今もちゃんと。ちゃんと、何時もの顔をしているでしょう?何時もの魔道軍将の顔を、しているでしょう?


「――――セシリア…お前でもそんな顔を…するんだな」


そんな顔?どんな顔をしているって言うの?私は何時もの顔をしているわ。どんな時でも、どんな瞬間でも。私は決して隙なんて見せはしない。そんなものを見せてしまったら、また言われるから。女のくせにって。女だからって。だから絶対に私は。私は何時も微笑っているの。


「…お前でも…そんな顔を……」


不器用で無表情で、笑い方すらどうしていいのか分からない貴方が。そんな貴方がこんな。こんな誰の目にも憚る事無く、涙を流す事が。こんな拭う事すら忘れて涙を零す事が。その瞳から、涙を零す事が。
「…どうして…パーシバル…何を言っているの?」
強くて、他人に隙を見せない所は似ていると思った。けれども覆っているものは違う。私と貴方を覆うものは全く別のものだった。貴方にとって隙を見せない理由は、誰よりも忠実な部下であるが故。誰よりも誇り高きエトルリアの騎士であろうとするため。けれども私は違う。私の被っているものは鎧だ。常に女だからという理由だけで見下されてきた。女の癖にと言われ続けてきた。だから私は鎧を被った。戦いに出るために、男の人達と同じ位置に立つために。そして。そして何よりも。何よりも……。



『セシリア、君は強い女だ。だから何があっても私にそばにいるね』
私を選んでくれた王子のために。私をこの場所まで引き上げてくれた王子のために。
『どんなになっても君は、きっと私のそばにいるね』
王子を護るための強さが欲しかったから、だから必死になった。私は必死になった。
『私は強い女が、好きなんだよ。私がいなくても生きてゆける女が』
強い女に。どんな時でも微笑っていられる女に。どんな時でも、冷静でいられる女に。



伸ばされた、手。大きな手。王子の繊細な指とは違う、貴方の無骨な手。それはひんやりと冷たかった。ひんやりと、冷たい。
「…そんな顔をするんだな…少女みたいだ……」
冷たい手が、私の頬にそっと触れる。触れて、そして。そして雫を拭う。拭う?ああ、私は。私は泣いているの?私は今、泣いているの?
「…何を言って…言っているの?……」
ダメよ、私は泣いてはダメなの。強い女でいなければいけないの。王子がいなくても、独りで生きてゆける強い女に。強い、女に。そうでなければ。そうでなければ、私を選んでくれた王子を裏切ってしまう。裏切る事になってしまうから。だから。だからダメ。私は泣いてはダメなのよ。
「…お前は…泣く時は…子供になるんだな……」
何を言っているの?貴方の方がずっと。ずっと子供みたいよ。滅多に笑わない貴方。滅多に顔の表情を変えない貴方。そんな貴方が、泣いている。声も殺さずに、涙も拭わずに。誰の目に映ろうとも構わずに。構わずに、泣いている。それこそ子供みたいよ。小さな子供みたいよ。そのくらい今、貴方は純粋に泣いているのよ。
「…貴方の方が…ずっと…ずっと子供よ…パーシバル…生意気言わないで……」
伸ばされて涙を拭う指は、大人の男の手だった。けれども目の前にある双眸は子供のような剥き出しの色彩だった。真っ直ぐに流す涙。覆うものは何もなく、ただ零れる涙。けれども今。今貴方が流しているものは、私の目からも零れているのね。私も…泣いて…いるのね……。


誰が欠けてもダメなの。誰一人欠けてはダメなの。
私と貴方と王子と。ずっと、三人で。三人で夢を見てきたから。
エトルリアの未来を。ダグラス殿が、王が、引退したその時は、三人で築き上げようって。
三人で、作ってゆこうて。私達はその為にこうやって、生きる意味を見つけ出したのに。
なのにどうして。どうして今。今ここに王子が…王子がいないの?
どうして、私達のそばにいないの?



「…ねぇ…パーシバル…どうして…どうして王子が…いないの?私達のそばに…いないの?」



遠くから、鐘の音が聴こえてくる。聴こえて、くる。
「…どうして、いないの?どうして?……」
弔いの鐘が。哀しみの鐘が。遠くから響いてくる。
「…どうしてなのっ?!ねえ、どうしてなのよっ!!」
どんなに耳を塞いでも、聴こえてくる鐘の音。


『セシリア、君は大丈夫だよね。君は誰よりも強い女だから』


大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。こんなにも簡単に。こんなにも簡単に私の鎧は剥がされた。こんなにも簡単に、私の鎧は崩された。王子がないだけで。王子がここに、いないだけで。
「…セシリア……」
そっと抱きしめる腕。私を抱きしめる貴方の腕。震えている。小刻みに、震えている。腕も肩も、震えている。可笑しいね、私。私戦場で貴方の背中をずっと見てきたけれど、こんなにも貴方の背中が小さいなんて知らなかった。私が手を伸ばせば抱きしめられる背中。可笑しいね、私はずっとこの背中は何よりも大きなものだと思っていたのに。
「…パーシバル…パーシバル……」
手は冷たかったけれど、こうして抱きしめあえば暖かいね。けれども淋しいね。けれども…哀しいね。
「…私…ダメなの…王子がいないとダメなの…王子がいなければ……」
淋しくて、哀しい抱擁。暖かいのに。身体はぬくもりを感じているのに。こんなにも貴方は暖かいのに。
「…セシリア…すまない……」
誰に対して貴方が謝っているのか、私には分からなかった。私の名前を呼びながら、それでも貴方が謝っている相手は違う人のような気がした。ううん…貴方が謝っているのは…本当は王子に対してなのだろう。でも、もういない。王子はいない。もう、いない。



『君は強い女だ。だから私は…君が好きなんだよ、セシリア……』



強い女になりたかった。貴方の死をも乗り越えられる、強い女に。
けれども私はそれ以上にただの女だった。貴方を愛したただの女だった。