夢を見た。夢を、見た。一面に散らばる真っ赤な血の夢を、見た。
目覚めても視界に紅い残像が消えなくて。その深紅の色が、消えなくて。
目覚めた瞬間に、飛び込んできた笑みにひどく不安を覚えた。目の前の相手は、何時でも口許に穏やかな笑みを浮かべている。それが崩れる時はこの腕に抱いた時だけだ。身体を繋ぎその顔に苦痛と悦楽を刻み込む瞬間だけ。
「――――どうしたんだい?」
今も貴方は微笑っていた。穏やかな笑みを口許に浮かべながら。嫌な汗でべとつく俺の髪を、そっと撫でてくれながら。
「…あ、いえ…俺……」
余程今の俺は情けない顔をしているのだろう。貴方は軽い溜め息とともに俺の髪をもう一度撫でてくれた。髪から零れる汗がぽたりと貴方の手に掛かっても、離れる事はなくて。
「嫌な夢でも見たのかい?」
髪を撫でていた手が、ゆっくりと俺の首筋に絡まる。そのまま抱き付いてくるしなやかな身体を抱き止めれば、腕の中にぬくもりが伝わった。その時になって初めて。初めて、俺の不安は消えてゆく。こうして腕の中で、実感する事で初めて俺は。
「そんな顔をしているよ…そんなに嫌な夢だったのかい?」
変わらない笑み。どんな時でもどんな瞬間でも、貴方は何時も微笑っている。そっと口許に笑みを浮かべ、そして。そして静かに俺を見ている。全てを悟り、全てを越えた者だけが許される穏やかな笑みだった。
「…貴方が…いない夢でした……」
抱きしめて、髪を撫でる。指を擦り抜ける見掛けよりもずっと細い髪。この髪が指に馴染むようになったのは、どれだけ貴方を抱いてからだっただろうか?
どれだけの夜を貴方と過ごしても。どれだけの朝を貴方と迎えても。それでも俺にとっては、永遠に遠い人だった。遠すぎる人、だった。
「貴方が何処にもいなくて…一面の血だけが散らばっている、そんな夢でした」
追い続け、ずっと追い掛け続け。そしてやっとこうして貴方を手に入れる事が出来たのに。その身体を抱けば抱くほどに、貴方の存在を益々遠いものに感じるのは…どうしてなのだろう?
「その血こそが私かもしれないよ」
「―――カレルさん?……」
「真っ赤な血こそが、本当の私なのかもしれないよ」
くすくすと声を立てながら貴方は微笑うと、ねだるように俺の唇に自らのそれを押し当てる。俺は迷う事無く、その口付けに答えた。
血の海。真っ赤な血の海。俺の身体に絡みつく真っ赤な血。
その血は淫らで、艶かしい。俺の脳みそまで浸透するほどに。
俺を溺れさせ、俺を堕としてゆく。甘く淫らな夢へと。
――――けれどもそこに。そこに貴方はいなかったから…貴方が何処にもいないから……
触れた唇は、すぐに激しい口付けへと摩り替えられる。舌を絡めあい、息を奪い合う激しい口付けへと。
「…ふぅっ…ん…んんっ……」
幾ら抱いてもきりがない。幾ら身体を貫いても、満たされる事はない。次々と沸き上がる欲望が、俺を襲い狂わせてゆく。
「…はぁっ…んっ…ん……」
舌の絡め合う濡れた音が、室内に響き渡る。ぴちゃぴちゃと、淫らな音が。その音が身体の熱を再び燃え上がらせ、重なり合う裸の胸が熱くなるのが伝わった。
「…ノ…ア……」
口許に零れる唾液がひどく淫らに貴方を見せた。ぞくりとするほどの淫蕩な瞳が、俺を見上げてくる。この瞳にどれだけの男が狂わされたのだろうか?そして俺も何処まで狂わされてゆくのだろうか?
「カレルさん…このまま……」
「それを私に聴くのかい?…私はもうこんなだよ……」
身体を密着させ、貴方は腰を俺に押しつけた。自身が俺に当たる。それは既に熱く形を変化させていた。
「―――君も、だね……」
「…っカレルさんっ……」
貴方の手が俺自身に触れる。しなやかなその指が。そっと俺を包み込み、そのまま撫でるように触れた。何度か指が俺自身を行き来し、手のひらが脈を打ち始めた俺を包み込んだ。
「―――っ……」
慣れた指だった。巧みな愛撫だった。そうして貴方は夜の海を渡ってきた。俺なんか貴方にとってはただの餓鬼でしかない。ただの子供でしかない。どんなに貴方を包み込み護りたいと思っても、俺は貴方にとって人生の半分しか生きていない子供だった。
「このまま私の手に出すかい?それとも」
貴方は上半身を起こすと、俺の上に跨った。立ち上がり限界まで張り詰めている俺自身を見下ろす。柔らかい愛撫を与えながら、俺を見下ろして。
「それとも、口がいいかい?」
「貴方に…飲み干して欲しいです……」
「分かったよ」
やはり貴方は微笑う。こんな場面で一番相応しくない穏やかな笑みを。そして一番相応しい、淫らな笑みを。それが貴方だった。それが貴方という人、だった。
「…んっ…んんっ…ふぅ…んっ……」
舌が先端に絡みつく。割れ目をなぞり、指が竿を撫でた。それだけで俺の先端からは先走りの雫が零れ、とろりとした液体を貴方の舌に零してゆく。
「…もう…出すのかい?……」
「…俺…限界です…もう……っ!」
口を窄め先端を強く吸われ、俺は耐えきれずに貴方の口に欲望を吐き出した。
貴方の喉が、俺を飲み干してゆくのが分かる。見上げた先に喉が上下し、口許に伝う精液を指で拭いそのまま口に咥えるのを。それを見ていたら、ふと。ふと激しい衝動が俺を襲った。
「…あっ……」
舐めていた指を掴むとそのまま強引に腕の中に閉じ込めた。そのままきつく抱きしめ、貴方を身体の下に組み敷いた。そしてそのまま尖った胸の果実を口に含む。
「…あぁっ…はっ…あ……」
ちろちろと舌先で嬲りながら、空いた方の胸の突起を指で摘む。きつく摘んでやると、びくんっと腕の中の身体が跳ねた。
「…ノア…あぁ…んっ……」
歯を立てかりりと噛めば、小刻みに身体が痙攣する。貴方の身体は俺の全てで覚えた。何処が感じて、何処が弱いのか。飽きるほどに貴方を抱いて、俺の全てで記憶した。それなのに。それなのに。
貴方は抱くたびに俺の知らない淫靡な表情を見せてくるから。俺を惑わせ溺れさせる顔を、見せてくるから。
「―――カレルさん…貴方は本当に酷い人だ」
「…何故?……」
「こんなにも俺から何もかもを奪ってゆくのに…俺には何も…与えてくれない…」
「…私の身体を好きにしている癖にかい?……」
「それでも傷つくのは…俺だけだから…何時も俺だけが…貴方を思っている…」
俺の言葉に、貴方は微笑う。何時もの笑みで、けれども少しだけ違う色合いを含みながら。そして。そして、貴方は。
「…本当にそう思うなら…今この身体を抱いてくれ…そして私の想いを、感じてくれ……」
先ほど俺が中に吐き出した液体が残る器官を開き、俺自身をそのまま飲み込んだ。
「――――あああっ!!」
自身が飲みこまれてゆくたびに、激しいうねりが俺を襲う。擦れ合う個所から生む熱が、激しい快楽を俺に与えた。
「…あぁっ…ノアっ…もっと…あぁぁ……」
動かない俺に焦れて、脚を腰に絡めそのまま引き寄せてきた。髪を振り乱し喘ぎながら。俺はそんな貴方に答えるようにその腰を掴むと、激しく揺さぶった。
「…あああっ…あぁぁっ…!」
腰を打ちつけるたびに繋がった個所から濡れた音が零れて来る。擦れ合う肉が激しい快楽を呼び、何もかも考えられなくなって。
「…カレルさん…カレルさん…俺の……」
俺のものだ、と言いたかった。そう告げたかった。けれどもそれを言わせない何かが貴方にあって。誰のものでもないと、貴方が告げているような気がして。けれども。
「…そうだ…私は…君の……」
けれども俺の飲みこんだ言葉を。告げられなかった言葉を。それを貴方がこうして。こうして、俺に伝えるから。俺に、告げるから。
「…君の…ものだよ…ノア…あっ!あああっ!!」
耐えきれずに貴方を最奥まで抉って。そのまま打ちつけるように貴方の中に欲望を吐き出した。
「…カレルさん…カレルさん……」
愛している。貴方だけを、愛している。
「…伝わるかい?私の想いが……」
ずっと貴方だけを。貴方だけを。
「…私も君が…好きなんだよ……」
ぼろぼろになっても、傷ついても貴方だけが。
「…君が…好きなんだよ……」
貴方だけが、俺にとっての唯一の人だから。
「…俺でいいんですか…こんな俺で…いいんですか?」
ずっと追いかけていた人。ずっと追い続けていた人。
どんなに抱いてもリアルがなくて。どんなに想っても独り善がりのようで。
どんなに強く貴方を願っても、腕から何時か擦り抜けてしまいそうで。
だからずっと消えない不安が。消せない不安が、俺にあって。
「…君がいいんだ…君でなければダメだ……」
「…カレル…さん……」
「…私が決めたんだ…君が最期だと……」
「…私が死ぬ時は、君のそばで死ぬんだと……」
君は気付いていないのかもしれない。きっと気付いていないのだろう。
でも君だけが私にくれたんだ。君だけが、私に剥き出しの想いを向けてきたんだ。
若い頃ならば、その情熱をただ醒めた目でしか見られなかったかもしれない。
けれども大切なものを失って、気付いた今の私には。今の、私には。
…もう二度と、大切だと願ったものを…失いたくはないんだ……
「…だから…そばにいてくれ…ノア……」