――――貴方だけを、愛しているのです……
ずっと母から聴かされていた、英雄の話。剣聖の話。子供心に憧れ続け、そして胸に暖めていた大切なもの。ずっと俺が心の中で護ってきた、一番純粋で綺麗な場所。そこに貴方がいて。そこに、貴方が在るから。
夜に微かに濡れる瞳を見下ろしながら、その髪をそっと撫でた。無造作に切られた髪は、それでもひどく指先に柔らかな感触を与えた。
「君は何時も被害者みたいな顔で私を抱くのだね」
ふわりとそっと貴方が微笑む。それはとても綺麗だった。儚いとも思えるほどに、綺麗だった。剣を持つ手とは思えないしなやかな指が俺の髪に触れ、そのまま絡まる。白いその指先が。
「そ、そんなつもりは俺」
「被害者は私の方だろう?」
くすりとひとつ微笑うと貴方は顔を上げて俺にひとつ口付けをくれた。艶やかに濡れた唇の感触に俺は欲情した。今さっきまでこの腕の下に組み敷いて、その身体を貪っていたと言うのに。
―――俺はまた。また、貴方が欲しくなっていた。
「…貴方が好きなんです…カレルさん……」
儚いと思う。こんなにも強いのに、こんなにも貴方は強いのに。けれども貴方は儚い。こうして手を伸ばせば、消えてしまう錯覚に陥るほどに。こうして抱きしめても、次の瞬間には何処にもいなくなってしまうような。
「だから俺は、不安なんです。貴方を抱けば抱くほどに…何処かに消えてしまわないかと」
貴方は綺麗で。戦う姿もただそこにいるだけでも、ひたすらに綺麗で。だから貴方にリアルを感じられない。貴方が本当にここに存在しているのかと思わせるほどに。
「俺は貴方を、失いたくないんです」
耐えきれずに力の限り、その身体を抱きしめた。強く、抱きしめた。そうして貴方がここに、いるんだと。俺の腕の中にいるんだと、確認する為に。
――――そらされる事のない、ひたむきとも言える想いが心地よかった。
それは私が遠い昔に置いてきたもので。私にはもう持ち合わせてはいない筈のものだった。
戦う事が、殺戮が、剣を振るう事が。私にとっての快楽だった。それが私にとっての全てだった。だからそれ以外のものを私は必要としなかった。それ以上のものを欲しいとは思わなかった。
こうして他人と肌を合わせる事も、私にとってはただ自分が『生きている』為の確認でしかなかった。
「若い頃は…剣を振るたびに身体が熱くなって、他人の肌を求めていた」
でも今。今私は彼に何を求めているのだろう。何を求めているのだろうか?
「誰でもいいから熱を沈めて欲しくて…名前すら知らない男の腕に抱かれたりもした」
真っ直ぐな想いが、ひたむきな想いが心地よく、この腕の中がひどく。ひどく落ちつくから。
「でも今私は、君とこうしている事が」
そうだ、私は求めている。私が遠い昔になくした、ひどく暖かく優しいものを。
「…ひどく心地よい……」
瞼がそっと、閉じられる。長い睫毛が降ろされて、そしてその腕が。その腕が俺の背中に廻される。しなやかな白い、腕が。
「―――カレルさん…俺……」
こんな風に貴方を抱ける日が来るなんて夢にも思わなかった。ただひたすらに憧れ続け、そして。そして出逢った貴方は憧れ以上の存在となって、俺の心に深く根付いて。深く食い込んで。
「俺、強くなりたい」
本当は言葉を交わす事すら夢のような人なのに。俺はどうしても。どうしてもこのひとが欲しくて。このひとだけが、欲しくて。
「…強くなって…貴方を護れるようになりたい…俺は……」
髪をもう一度撫でて、貴方の唇に自らのそれを重ねた。唇を重ねればそれ以上のものが欲しくなって、深く貪りながら身体に指を滑らせた。
さっきまで貪り合っていた肌は直に、快楽に火が付いた。指を、舌を、肌に滑らせれば貴方の口からは甘い吐息が零れて来る。その声は…その声だけは『剣聖』ではない貴方を見せてくれるから。
「…んっ…ふっ……」
胸の果実を指で摘みながら、空いている方を口に咥えた。歯を立ててカリリと噛めば、ぴくりと組み敷いた身体が跳ねる。それが何よりも、嬉しかった。
「…カレルさん…好きです…カレルさん……」
「…はぁっ…あっ……」
重なった身体から貴方自身が形を変化させているのが伝わった。それ以上に俺自身は貴方を求め熱く滾っていたが。ソレを擦り合わせながら、俺は何度も何度も貴方の胸に愛撫を繰り返した。
「…く…ふっ…ノア……」
「…愛してます…カレルさん…俺は貴方が……」
名前を呼ばれ不覚にも俺はイキそうになってしまった。掠れたような声で、甘さを含む声で俺の名前を呼ばれたから。けれどもやっぱり俺は貴方の中で果てたいから。だから。
「―――愛しているんです…カレルさん」
「…そんな君の想いは…嫌じゃないよ……」
そっと微笑む貴方の額にひとつ口付けて、さっき自分が吐き出した精液で濡れた貴方の中に自身を捻じ込んだ。
濡れた音が、室内を埋める。身体を繋げた個所から、どろりと液体が零れた。俺が吐き出した精液が貴方の引き締まった太腿にぽたりと零れる。けれどもそれに構う事無く俺は身を進め、貴方を奥まで抉った。飽きる事のない欲望が沸き上がり何度も何度も、その身体を。
「…あっ…あぁ……」
貫いた時、こうして身体を揺さぶった時、腰を激しく動かした時。その時になってやっと。やつと貴方の口から悲鳴のような喘ぎが零れる。それが聴きたくて、聴きたいから乱暴なほどに貴方を攻めて、その身体を抉った。
「…くふっ…はっ…ぁ……」
苦痛と快楽に歪む貴方の顔が、何よりも綺麗。どんなものよりも、綺麗。この顔を独りいじめしたい。この顔を、誰にも渡したくない。貴方を俺だけのものに、したい。
憧れは何時しかこんなにも。こんなにも醜いほどの独占欲に変化する。
それでもこの想いをもう俺は止めることが出来なくて。止められなくて。
貴方が、欲しい。貴方だけが、欲しい。
それだけが心を埋め。それだけが、俺の全てを満たして。それだけが、俺の全てになる。
それがどんなに贅沢で、どんなに不相応な想いだとしても。それでも、もう。
――――もう自分を…止めることが、出来ないから……
貴方の身体に欲望を吐き出し、その瞬間に貴方も感じて果ててくれた事に。
その事にどうようもない悦びと、深すぎる想いが交差して。俺を。
俺を満たして、埋めて、そしてまた大きな空洞を作ってゆく。
「…カレルさん…俺は何時か……」
愛しているんです。貴方の事を、貴方の事だけを。
「貴方を無茶苦茶にしてしまうかもしれない」
誰よりも、何よりも、愛しているんです。
「君に無茶苦茶にされる程、私はまだ老いぼれてはいないよ」
そっと微笑い、俺に口付けをくれる貴方が。
背中に手を廻し抱きしめてくれる貴方が。
「そんな顔をするな。そんな顔は」
「…カレルさん……」
「私の好みじゃない」
「…ってカレルさん…それって」
「私は君の嬉しそうな顔が好きなんだ」
「…あ、えっと…そのそれって……」
「―――君の笑った顔、私は好きだよ」
「…そんな君が…好きだよ……」
ふと思った事がある。君とともにいて思った事がある。
戦場で、戦いで死ぬだろうと、それが私の最期だと思っていた。
けれども君に出逢って、君と共にいて、ふと。ふと、思った。
君の隣で、君に見取られて死ぬのも悪くないと。
――――最期の瞬間に君を見るのも…悪くない、と。
「…俺も…好きです…本当に貴方が…貴方だけを…愛しています……」