For me



まるで挑むような瞳で、お前は私に告げた。痛いほど真剣な瞳で、お前が告げる。


『―――貴方が好きです』と。


思えば気が付けばずっとそばにいた。私が戦いに明け暮れ、王子を失くし何処か自暴自棄になっていた時でも。そんな時でもお前はそばに、いた。
『…パーシバル将軍…自分を見失わないでください…私は…いえ僕はそんな貴方を見ているのが辛いんです』
王子という私が騎士として唯一の誓って相手を失い、何処か私の心は抜け殻のようになっていた。それでもそんな心の空間を埋めるようにただ。ただひたすらに戦い続けた私に、お前はずっと。ずっとそばにいた。

――――お前が西方三島へ遊撃軍として向かい…ロイ率いる同盟軍へと寝返るまでは……

裏切りだと思ったわけでもない。薄々と分かってはいた事だった。ミルディン王子亡き後のエトルリア王の無力になってしまった姿と、そして何時しかペルンと手を組み自らの保身と欲望の為に国を堕落させてゆく輩。そして王を盾に、自らを正義だとしる者達。そんな奴らに正義など何一つ感じる事はなかった。そんな奴らに捧げる剣など何処にもありはしなかった。
それでも王は、王だ。この国の王である以上…私はこの国を裏切る事は出来なかった。そしてお前は王よりもこの国よりももっと大切なものを…未来を見つけた。ただそれだけの事だ。互いの道が、信じる道が違うだけの事だった。


私の忠誠が王子に捧げられている以上…私にはこの国以外に…行ける場所などなかった。



ずっと告げたかった言葉だった。ずっと告げられなかった言葉だった。貴方にこの想いを告げても…貴方にとって僕はリグレ公爵家の長男で、そして遊撃軍の将軍でしかなかったから。それでも、今。今は。
「貴方が、好きです」
貴方にとって誰よりも大切な人はミルディン王子。その人だけだった。エトルリアの国よりも、貴方自身よりも大切な…大切な存在。その王子以上の存在に僕は決してなれないとは分かっている。分かっているけれど、それでも今。今告げなければ意味がない。

―――大切な王子が生きていて、そして貴方がミルディン王子に再び仕える事が出来るこの時に。

貴方にとって大切なものは。貴方の心の全てを占めていることは。それを知っていても僕はこの想いを止める事は出来ない。出来なかったから。
「…クレイン……」
ずっと追いかけていた。貴方だけを追いかけていた。初めは兄のように慕っていたはずなのに、気付けば違う想いが僕の中に芽生えていた。貴方のようになりたいと思っていた気持ちは何時しか、貴方の為になりたいという思いに摩り替わっていた。
「ずっと好きでした…僕は、貴方のそばに行きたかった……」
こうして皮肉な運命が僕と貴方を同じ位置に立たせてくれた。戦う場所は違えど、今はこうして同じ戦場の上にいる。貴方と共に戦う事が出来る。貴方と共に、こうして。
「…貴方の心にミルディン王子しかなくても…それでも僕はずっと……」
僕の夢は騎士になることだった。貴方のような騎士になることだった。でもその想いは途中から違うものへと変わっていった。
「…ずっと貴方だけを……」
貴方と同じ場所に立ちたいと。貴方と共にありたいと。そして僕は剣を持つ手を弓へと変えていた。貴方のように剣を持ち馬を走らせる事よりも、僕は前に進む貴方の背後を護りたいと。貴方が迷わず戦えるように、この弓で障害を取り除きたいと…そう思うようになっていた。
「―――クレイン…私は……」
貴方の役に立ちたいと。貴方のためになりたいと。貴方にとって『必要』な人間になりたいと、そう思ったから。だから僕は。
「…好きです…パーシバル将軍……」
どんな理由でもいい。どんな事でもいい。少しでも貴方にとって必要な人間になりたい。


貴方が微笑わなくなったのは何時からだろう?
貴方がそっと優しく微笑ってくれたのは何時だったか。
その顔を僕はずっと覚えているのに、貴方の方が。
肝心な貴方の方が、笑い方を忘れてしまっているようだから。


――――貴方の笑顔が、見たいんです。


優しい貴方の笑顔。楽しそうに笑う貴方の声。
その為ならば僕は。僕はどんな事でもするから。
どんな事でも出来るから。だから。
だからずっと。ずっとそれだけを願っていた。


だから王子が見つかり、貴方の笑顔は戻るものだと思っていた。前のように笑える日々が来るのだと思っていた。
「―――お前が…ロイ軍に寝返った時……」
けれども貴方は微笑まないから。笑わない、から。どんな物を食べても、アルコールを飲んでも、全然顔色一つ変わらずに。前よりもずっと無表情で。そんな貴方だから、僕は。
「お前が羨ましいと思った。お前は見つけられたのだなと」
「…パーシバル将軍……」
僕はやっぱり貴方を追い続けてしまう。貴方だけを捜してしまう。貴方にとって僕がどんな存在であろうとも…そばにいたいという思いを止められないから。
「私はずっと闇の中をさ迷っていた。ミルディン王子を失い、それでも国の為にと戦い続け…それで得たものは空しさだけだった」
そばに、いたい。貴方のそばにいたい。貴方の思いが誰に向けられていても、僕は。僕はずっと…ずっと貴方を、見ていたい。
「そんな時お前は言ったな『自分を見失うな』と。あの時はただの言葉でしか受け入れなかったが…今は…」
「―――パーシバル…将軍?」
「…今は…違う…やっと私は分かった……」
貴方がひとつ、微笑った。それは僕がずっと。ずっと見たかったもので。そして。そしてゆっくりとその広い腕が僕に伸びてきて…そして。


――――そしてそっと…抱きしめてくれた……



私は心の何処かで…思っていた。
お前はずっと私のそばにいてくれるのだろうと。
お前だけは私のそばにいてくれるのだろうと。

…だから…お前が寝返った時…私は……。


今になって気がついた。今になって分かった。ミルディン王子が見つかり、私の剣の捧げるべき相手を得、そして何もかもが満たされたはずなのに。空っぽになった心は埋められたはずなのに。なのに何処か満たされなかったのは。何処かこころが埋められなかったのは…。

―――何時の間にか私のこころに、お前が住み着いていたから……



気が、付いた。今気が付いた。
「…パーシバル…将軍?」
こうして抱きしめて、そして。
「…クレイン……」
そして溢れ出る想いに、今。


――――こんなにも腕の中の存在が…愛しいと想う事が……



ふわりと、脚が宙に浮くようだった。まるで夢を見ているみたいで。そうまるで…夢の中にいるみたいで。
「…お前の言葉だけが私を呼び戻した……」
ずっと貴方を追い続け。ずっと貴方の背中だけを追い続け。前だけを、王子だけを見ている貴方を、僕は。
「王子を見つけても埋められなかった空洞は…お前がいたから」
「…パーシバル…将軍……」
「お前が私のそばに…いなかったから……」
顔を上げた。貴方の顔が見たくて。けれども。けれども視界が滲んで貴方の顔が、はっきり見えなくて。今見たいのに。何よりも一番に、貴方の顔が見たいのに。この瞬間に…見ていたいのに。
「―――泣くな、クレイン…私はずっと」
視界が滲んで、貴方の何よりも綺麗な笑顔が…ちゃんと見ることが出来ない……。


「…ずっと昔からお前の涙には…弱かった……」


そっと唇が降ってくる。睫毛の先から零れる雫へと。
そっと、そっと貴方の唇が降ってくる。
その優しさと甘さに、僕は。僕は睫毛が震える事を止められない。



ふと、思い出した。まだお前が小さかった頃。
私と王子の後ろから、一生懸命着いて来る姿を。
転んで膝を打って泣きながら。泣きながらそれでも。
それでも懸命に着いて来るお前を、私は。

…本当は駆け寄りたかったのに、どうしていいのか分からず困っていた事を……


でも今はもうお前はあの頃の子供じゃなく。そして私も今…今お前の涙を拭う術を知っている。
「―――クレイン……」
髪をそっと撫でてやれば子供のように擦り寄ってくる。多分無意識の動作だろうが、それが私には愛しかった。何よりも愛しく感じた。
「…パーシバル将軍……」
見上げてくる紫色の瞳を見つめ返せば、まだ少しだけその瞳が潤んでいた。それを瞼の裏に焼き付けて、そっと唇を塞ぐ。触れた瞬間にぴくりと身体が震えたが、次の瞬間には背中に手を廻し、ぎゅっと私にしがみ付いて来た。そんな所も…愛しいと思う……。
「…将軍は止めろ、クレイン……」
唇が離れてお前の口から甘い吐息が零れる。それをそっと奪うようにまたひとつ唇を合わせて、そのまま腕の中に抱き止めた。柔らかい金色の髪を撫でながら、少しだけ咎めるように言って。
「…え?…どうしてですか?……」
そしてもう一度お前の顔を自分へと向かせて。そして。そしてその形良い額にひとつ唇を落として。


「――――恋人に、そんな他人行儀な呼び方をされたくない」


紫色の瞳が驚いたように見開かれて、そして。そして次の瞬間には何よりも嬉しそうな顔で、微笑って。そして。
「…じゃあ…パーシバル様……」
そしてはにかむように告げて。告げてその手がそっと私の髪に伸びてきて。
「―――大好きです、パーシバル様」
そのまま引き寄せられて、お前から口付けられた。ひどく甘い、口付けを。



ずっと貴方だけを見ていたから。
ずっと貴方だけを追い続けていたから。


僕にとって将軍になることは貴方と同じ位置に立つ為の手段。貴方と共に在るための、資格。




「…ずっと僕を…そばに置いていて…くださいね……」