「貴方の、微笑った顔が見たいんです」
書類に通していた視線を止めて顔を上げれば、そこにはクレインの紫色の瞳があった。不思議な色彩を持つ彼の瞳は、光の加減によって微妙に色が変わる。それを純粋にパーシバルは綺麗だと思った。日々戦いの中にいる自分には一番無縁な感情ではあったが、それでも目の前の彼には時々そういった想いを抱かせられることがあった。
―――そして今も、そんな気持ちを自分に抱かせている。
「パーシバル将軍は何時も無表情で何を考えているのか分からないって、宮廷の女の人達は噂をしていますよ」
パーシバルの座っている椅子の前にクレインは立つと、そのまま彼を見下ろしてきた。こうした角度は二人にとっては珍しい視界だった。頭一つ分背の高いパーシバルが何時もクレインを見下ろす形になっていたのだから。だからこんな風に、紫色の瞳が自分を見下ろしているのがひどく不思議に思えた。
「でもその後に必ず『でもそこが素敵なのよねー』って続くんですけれど」
くすくすと楽しそうに笑いながら、クレインはパーシバルを見つめ続けた。その瞳に映るのが自分だけだという事に気付いたのは何時だっただろうか?そんな事を考えても、パーシバルには思い出せなかったが。けれども気が、付いた。その瞳が見ているのは自分だけだという事に。
そして。そして自分も何時しかその瞳を見返し、受け止めてることに。
「でも僕は…」
その先を言おうとして、ふとクレインの唇が止まる。そしてそのまま両手を椅子に掛けると、被さるようにパーシバルの唇を塞いだ。触れるだけのキスはすぐに離れたけれど、それでも自分を見つめるクレインの瞳は何処か名残惜しそうに見えた。
「我が侭ですね。僕は…貴方の笑顔が見たいけれど…」
「―――クレイン?」
椅子に掛けていた手が、そのままパーシバルの肩へと廻る。そのほっそりとした身体を、パーシバルは抱きとめた。そうすれば子猫のように自分に擦り寄ってくるのも…何時から気付いたことだろうか。
「…僕以外に…見せたくないんです……」
柔らかい金色の髪を撫でてやれば、子供のような嬉しそうな顔をする。その顔は嫌いではなかった。むしろ、好きだと思う。多分自分は彼にずっとこの顔をさせたかったのだろうと、思えるほどに。
「お前は我が侭だな、本当に」
「だって僕は貴方が…我が侭なくらい好きだから」
見下ろしてくる紫の瞳を瞼の奥に焼き付けながら、パーシバルは今度は自分から口付けた。柔らかい唇を塞ぎ、そのまま口中に舌を忍ばせる。それに答えるようにクレインは自らそれを絡めてきた。
「…んっ…ふっ……」
長い口付けの合間に零れる吐息がクレインの長い睫毛を揺らす。耐えきれずにパーシバルの膝の上に身体を乗せて、そのままぎゅっと背中にしがみ付いた。
「…はぁっ…ぁ……」
唇が痺れるほどになって開放された頃には、クレインの紫色の瞳はうっすらと潤んでいた。それをひどく。ひどく、パーシバルは綺麗だと思った。
「クレイン」
口許から零れる唾液を指で拭ってやりながら、パーシバルは耳元でそっと名前を呼んだ。それだけで腕の中の身体がぴくんっと跳ねる。それを確認しながらパーシバルはクレインの首筋に唇を落とした。
「…パーシバル…将軍…あっ……」
きつく首筋を吸われ、紅い痕が刻まれる。けれどもそれは何時も。何時もクレインが望んだことだった。この痕が消える前に抱いて欲しいと。この痕が消えることがないようにきつく口付けてと。
「二人きりの時は『将軍』は止めろと、言っただろう?」
「…あ、ごめんなさい…僕…つい……」
こんな時本当にすまなそうな顔を彼はする。まるで大人に怒られた子供のような。そんな顔をされたらパーシバルは何も言えなくなってしまう。いや初めから、自分は彼には勝てないのだが。
どんなになっても必死に自分に着いて来た彼を、手放すことはもう出来ないと自覚しているから。
ロイと共に戦いながらも何処までもエリトリアの将軍でしかいられなかった自分。軍の中にいたのに、何処か自分は別の場所にいるようなそんな感覚の中で。笑うことすら忘れてしまった自分に、彼は必死に着いて来た。無邪気ともいえる瞳で、ずっとそばにいた。どんなになろうとも彼だけはずっと。ずっと自分を『人間』でいさせてくれた。
「…パーシバル様…いいのですか?」
感情すらも欠落し、ただ戦うことでしか生きる意味を見出せなくなっていた自分に。エルトリアを護る事以外全てのことがどうでもよくなっていた自分に。教えてくれたのは。もう一度笑うことを、教えてくれたのは。
「何がだ?」
「ここは貴方の『仕事』の場なのに…こんな事をしても」
しなやかなクレインの手がパーシバルの衣服にかかると、そのままボタンを外した。言葉では確認しながらも、その指は先の行為を求めている。それがひどくパーシバルにとっては。
「構わん…お前がそう望むなら」
告げられたパーシバルの言葉にクレインは嬉しそうに笑った。それは本当に子供のようだった。
ずっと、見ていたかった。ずっと、見たかった。
貴方が本当に微笑う顔を、ずっと僕は見たかった。
皇子をなくし、戦いに明け暮れる貴方はまるで死人のようで。
戦いと言うものに獲り付かれた人形のようだったから。
だから僕はずっと。ずっと貴方に本当に笑って欲しかったんだ。
貴方の将軍としてではなく貴方自身の顔が。
―――僕はずっと…ずっと見たかったから……
ロイ殿の軍の中でも、皇子が見つかっても。
それでも何処か貴方自身に戻れずに、戦いに。
戦いに貴方が奪われてゆくのは僕には。
僕にはそれがイヤだった。イヤだった。
…だって僕はずっと。ずっと貴方だけを…貴方だけを……
「…あぁっ……」
パーシバルの膝の上に乗せられたクレインの肢体が小刻みに揺れた。前を全部はだけさせられ、薄い胸に唇を落とされ、耐えきれずに甘い吐息を零す。カーテンすら閉めていないまだ日差しが注がれているこの室内で。
「…パーシバル…様…あぁんっ……」
胸の果実を唇に含まれ、そのまま舌で転がされる。その刺激に痛いほどにソレは張り詰め、びくんびくんとクレインの身体を震わせた。パーシバルはその反応を確認するように軽くソレに歯を立てながら、空いている方の突起を指でぎゅっと摘んだ。それだけで胸の果実は紅い色に熟れてゆく。
「…はぁっ…あぁ…あ……」
クレインの手が何時しかパーシバルの髪に絡まると、そのままぎゅっと自分へと引き寄せた。もっと刺激が欲しくて胸を突き出し、その指を舌を求めた。
「――――何時にも増して積極的だな…クレイン」
一端愛撫を止めその顔を見つめれば、濡れた瞳がパーシバルを誘う。口から零れる甘く熱い吐息とともに。うっすらと朱に染まる肢体とともに。
「だって…ここは貴方の『公共』の場所だから…そんな所で貴方に抱かれるなんて…嬉しいです…」
「そうか?」
「…だって…そんな貴方も…僕がひとり占め…出来るのだから……」
耐えきれず腰を揺すり、身体を摺り寄せてくるクレインにパーシバルは苦笑した。彼は快楽を隠そうとはしない。自分の前では…全てを曝け出す。
「ああ、いくらでもひとり占めしろ…俺はお前のものだ」
そっとパーシバルは微笑う。その笑顔は確かに、クレインだけのものだった。
「――――あっ!」
腰を浮かされ下着ごとズボンが降ろされる。そして剥き出しになった自身にパーシバルの手が触れた。大きくてそして傷だらけの手。戦う者の、手。その手に包まれるだけで、クレインは背筋がぞくぞくするのを止められない。
「…ああっ…ああんっ…はぁっ……」
どくどくと自身が脈を打ち、先端からは先走りの雫が零れて来る。そのまま放出してしまいたかったが、椅子を汚すわけにもいかずクレインは必死で耐えた。それに気付いたパーシバルはそっと彼の耳元に囁く―――このまま手に出してもいい、と。
その言葉に首を左右に振って耐えていたクレインも、身体を弛緩させその大きな手のひらに自らの欲望を吐き出した。
ずぷりと濡れた音ともに、クレインの秘所にパーシバルの指が挿入される。それは先ほど吐き出した自身の精液で濡れていた。
「…くふっ…んっ…はっ……」
濡れた指がクレインの中を掻き乱す。くちゅくちゅとした音と共に。その音がクレインの耳に届き、彼の羞恥心を煽った。それでも指の動きは止まらなかったし、止めて欲しくもなかった。
中を掻き乱すリアルな指の感触がダイレクトに感覚として伝わり、何時しかクレインはもどかしげに腰を揺すった。何時しか指以上の刺激を求めて…。
「…はぁっ…あ…パーシバル…様…僕…もう……」
身体が、知っている。この先にある激しい刺激を、知っている。意識すら奪われる熱い肉の感触を、自分の全てが知っているから。だから、欲しい。それが、欲しい。
「私が欲しいか?クレイン」
「…欲しい…です…パーシバル様が…僕は…僕は…っ……」
ひくひくと秘所が蠢いているのが自分でも分かる。ソコに熱い楔を埋めこんで欲しいと。指よりももっと熱い、その楔を。
「ああ、俺も。俺もお前が欲しい」
快楽の為に目尻から零れ落ちる涙をそっと舌でパーシバルは掬い上げると、がくがくと震えるクレインの身体を一端浮かせた。そして自らのズボンのファスナーを外して自身を取り出すと、そのままクレインの秘所にソレを当てる。その硬さと熱さにびくんっとクレインの身体が跳ねるのを確認して、そのままパーシバルは腰を掴み自らへと引き寄せた。
「――――あああっ!!」
待ち焦がれていたものが身体へ埋め込まれてゆく。ずぶずぶと音を立てながら、熱く硬い楔が自分の中へと入ってくる。その引き裂かれるような痛みと、意識が跳ばされるほどの快楽に、クレインは喉を仰け反らせて喘いだ。
「…あああっ…あああ…っ……」
全てを埋められて一端動きが止まる。それすらも今のクレインにはもどかしかった。自ら腰を振り、抜き差しをしてその刺激を求めた。
「…あぁ…ああんっ…パーシバル…様っ…あぁぁ……」
「お前は可愛いな…クレイン……」
そんなクレインの額にひとつ口付けをして、パーシバルは自ら下から突き上げた。その刺激にひっきりなしにクレインの口から甘い悲鳴が零れる。それを奪うように唇を塞ぎ、激しく腰を揺さぶった。そして。
「ああああっ!!」
唇が離れたと同時に最奥までパーシバルは貫くと、そのまま彼の中へ白い欲望を注ぎ込んだ。
忘れていた、ずっと。ずっと、血の匂いの中で忘れていた。
何でもない日常で笑うことを。何気ない日々に身を置くことを。
隣にいる相手を愛しいと思うことを。こうして。こうして誰かを。
―――誰かを愛しいと…想う事を…私はお前がいなければ…永遠に忘れてしまうところだった……
「…パーシバル…様……」
欲望は吐き出したけど身体は繋がったままだった。今はこうして。こうして、繋がっていたいから。
「どうした?クレイン」
こうして互いの存在を感じて、そしてこころを。こころを繋げたいから。
「…好きです…貴方が…貴方だけが…好きです…ずっと……」
離れないようにと。もう離れたりしないようにと。戦いに血に、貴方が奪われないようにと。
「…ああ、俺も…クレイン……」
「…お前だけを…愛している……」
貴方はその言葉と一緒に。一緒に僕の一番欲しいものをくれた。
一番欲しかった貴方の笑顔を、くれた。貴方の、笑顔を。
―――ずっとその笑顔を…僕は見ていたいから……