―――もしも貴方と、死ねたならば。
望んだものは、願ったものはひとつだけで。ただひとつだけで。
それが叶うのならば他に何もいらなかった。何一つ欲しいものなんてなかった。
なにもいらない。あなたがここにいてくれるのならば。
何時も窓の月を見ていた。この月が空に浮かんでいる間は、貴方は僕だけのものだから。僕だけの、ものだから。
「…パーシバル様……」
広いその胸に顔を埋め、微かに薫る貴方の匂いに埋もれた。こうしてそばにいなければ分からない貴方の体臭。それを今自分だけが独占していると言うことが、何よりも嬉しかった。
「どうした?クレイン」
見下ろす深い蒼い瞳は暗い部屋の中でもひどく綺麗に見えた。綺麗な貴方の瞳。何時も信じたものだけを迷うことなく見つめているその、瞳。
僕が何よりも大好きで、そして何よりも僕を苦しめるもの。
貴方の瞳がこうして僕だけを見つめてくれる瞬間が何よりも幸せ。こうして僕だけを映してくれる瞬間が。
そしてその瞳があの人を…ただ独りの仕えるべき王子を見ている瞬間が、何よりも僕にとっては辛い。辛くてそして、苦しい。
「いいえ、ただ…今は貴方の瞳に映っているのは僕だけだって……」
分かっている、これはただの我侭だ。僕の子供染みた、我侭。貴方が誰を見つめていてもそれを咎める権利は僕にはないのに。僕には、ないのに。
それでもどうしても。どうしても心を止められない。貴方を想う気持ちが、溢れ過ぎていて。
「…クレイン……」
そっと降りてくる唇。震える睫にそっと降って来る。甘い痛みを伴いながら。甘くて苦しい想いを伴いながら。
「お前はこうして私が抱いていも、ひどく哀しげな顔をする。それを止める事は私には出来ないのか?」
睫から離れた唇が僕の耳にそっと触れ、そのまま囁かれた言葉に。その言葉に胸が、震える。痛みと幸福を伴いながら。
「僕が貴方を好きでいる限り…きっと永遠に……」
消えないものです、とそう告げる前に。告げる前に僕は自分から貴方の唇に口付けた。飲み込んだ言葉は吐息とともに直接貴方に流し込みたくて。貴方のこころに、落としたくて。
願ったものも、望んだものもひとつだけだった。
ただひとつだけ、僕が欲しかったのは『貴方』だけ。
貴方だけが欲しかった。ずっと、ずっとずっと。
僕の世界には貴方しか、存在していない。
それを愚かだと言えば愚かなのだろう。
盲目とも言える想いに自ら堕ちてゆくことは。
でもそれを。それを止める術を、僕は。
僕は知らない。知ることすら出来ない。
溢れて零れるこの想いを、抑える事すらもう出来なくなっている。
「…パーシバル様……」
想いだけでもし、人を殺せるならば。
「好きです。貴方だけが」
きっと真っ先に僕は貴方を殺してしまう。
「…貴方だけが…好き……」
誰にも貴方を渡したくなくて。誰にも。
「…好きなんです…どうしようもないほど……」
誰にも貴方を見せたくなくて。貴方に誰も見て欲しくないから。
想いでもし。もしひとを、殺す事が出来るならば……
僕の髪をそっと撫でてくれる指。そっと撫でてくれる、貴方の指先。見えない細かい傷がたくさんあって、その痕こそが貴方と王子を繋いでいるもの。貴方が王子の騎士である証。
「時々、私は自分をもどかしく感じる。お前を…愛しているのに、どうしても全ての想いに答えられない自分に」
綺麗な、瞳。ひたすらに綺麗な蒼い貴方の瞳。ずっと焦がれていた。ずっと見つめていた。ずっと想ってきた。ずっと僕は貴方だけを。
「いいんです。貴方を好きになった時から…覚悟していました」
苦しくて切なくて、どうにもならない時がある。それでも。それでもそんな貴方すらも僕の好きな貴方だから。王子の騎士であり続ける貴方も、僕にとっては大好きな貴方のひとつである限り。
「僕はそんな貴方を好きになったのだから」
どんな痛みを伴なおうとも。どんな切なさを伴なおうとも。それでも僕は貴方への想いを止められない。苦しさも切なさも、貴方への気持ちに比べたら、些細なものだから。
溺れるほどの想いに絡め取られ。
それでもそれすらも、何時しか。
何時しか胸に心地よいものに。心地よいものに。
僕の全てを埋めるほどに、溢れるから。
――――何もいらない。貴方がいれば、何も欲しくない。
「パーシバル様」
何時か連れて行ってください。
「僕をそばに置いてください」
貴方のその手で、何時か僕を。
「それだけでいいんです。それだけで…」
僕を、二度と戻れない場所へと。
「僕は、しあわせです」
僕を、連れていって、ください。
「―――離さない…お前だけはずっとこの手に……」
その言葉の通り貴方は僕の身体をきつく抱きしめてくれた。そしてそのまま、貪るような口付けを与えてくれる。僕はその味に酔いながら、忍び込んで来る舌を積極的に絡めた。
「…ふっ…んっ……」
耳に響くぴちゃぴちゃという淫らな音が、僕の睫毛を震わせる。先ほど身体を重ねあったばかりなのに、それなのに僕は疼いた。身体の芯が熱くなって、そして貴方を求めていた。
「…クレイン……」
唇が離れ耳元で囁かれる声に、僕は甘い吐息で答えた。軽く噛まれた耳たぶが熱を帯びているのが分かる。それで、もう全て。全て貴方に伝わると思ったから。
「…パーシバル様…んっ……」
もう一度唇を重ねた。舌を絡めあい、僕は貴方の背中に腕を廻す。脚を絡めて、自身を貴方に押しつけた。今こんなにも貴方を求めているんだと、知らせたくて。
「…んんっ…ん……」
貴方の手がそっと背中を撫でる。大きな手が背筋のラインを辿り、そのまま双丘に触れた。
「…欲しいか?…クレイン……」
もう一度耳元で囁かれ、身体が震えた。僕しか知らない貴方の夜の声。僕しか聴けない…貴方の声。それが何よりも嬉しい。
「…欲しいです…貴方だけが……」
入り口を軽く指で辿られるだけで、びくんっと僕は震えた。その指が何度か入り口をなぞり、そのままずぷりと埋められてゆく。与えられた異物に、浅ましい僕の媚肉はそれをぎゅっと締め付けた。
「…くんっ!…はっ……」
くちゅくちゅと指が中を掻き乱す。それだけで僕自身は震えながらも立ち上がった。もう前など触れなくても…身体が感じるようになっていた。
「…くふっ…はぁ…パーシバル…様……」
背中に廻した手に力を込めて、感じている事を貴方に伝えた。全部、伝えたかった。身も心も魂も、全てが。全てが貴方を求め、貴方だけを…欲しがっているんだと。
「…パーシバル様…僕の……」
ずっと、貴方だけが欲しくて。ずっと貴方だけを、求めて。ずっとずっと、ただ独り貴方だけを。どれだけ追いかけて、どれだけ求めて。どれだけ…狂うほどに僕は。
「…僕の中に…貴方を…くださいっ…いっぱい……」
貴方だけが、欲しい。僕だけのものにしたい。誰にも、貴方を渡したくない。どんな事をしても。どんな事になっても、僕は。
「…いっぱい…貴方が…欲しい……」
僕の全てが貴方だけで埋められればいい。そうしたら、もう何も淋しくないから。
何処にもいかないでと、言えたならば。
僕だけのものでいてと、そう。そう言えたならば。
それでなければこの想いで。この、想いで。
想いだけでひとを殺せたならば。
想いだけで自分を殺せたならば。
それでも浅ましいほどに僕は願っている。貴方をずっと見てゆきたいと。
貴方だけを見てゆきたい。生きて動いて、そして僕を見てくれるその瞳を。
僕だけのものにしたいと願いながら、生きている貴方を見たいという矛盾。
それでも僕は、止められない。止める事が、出来ない。
貴方の笑顔を。貴方の瞳を。
貴方の綺麗な髪を。貴方の声を。
どんな瞬間も、どんな些細な貴方も、全部。全部僕は見てゆきたいから。
脚を限界まで広げられて、貴方が僕の中に挿ってくる。その存在感に、僕は安堵とともに甘い悲鳴を上げた。欲しかったもの、求めていたもの、それが僕の中に埋められて。
「…はぁんっ…あぁっ…あぁぁ……」
熱く硬い楔が、こうして直に伝わる感触が、嬉しい。こうしてひとつになれた瞬間が、嬉しい。それだけ貴方も僕を、求めていてくれているんだという事が。
「…パーシバル様…あっ…あぁ……」
金色の、髪。貴方の綺麗な金色の髪。指に絡めて、引き寄せて。そして重ねる唇。重ね合う、唇。そこから伝わる甘さと激しさが、全て。全てこの胸に広がり、僕を震えさせる。
「…ふっ…んんっ…んんんっ!」
溶けてしまいたいと、思った。このままぐちゃぐちゃ溶けてしまいたいと。そうして貴方との境界線がなくなったらいいなと。なくなってしまえたら、と。そうしたら僕はきっと。
―――きっと…もう何も…怯える事はないから……
何時もこころで叫んでいた。いかないで、と。
何時もこころで、泣いていた。連れていかないで、と。
貴方を連れてゆく戦争が、王子が、僕にとって。
僕にとってどれだけ、辛くて苦しいものなのか。
貴方に分かって欲しくて、けれども気付いて欲しくない。
貴方に分かって欲しい。僕のこの想いを全て。
貴方を苦しめたくない。僕のただの我が侭で。
矛盾した想い。それでもどちらも僕にっては本当の気持ち、なんです。
最奥まで貫かれ、熱い液体が体内に注がれる。それを感じながら、僕も果てた。
その瞬間が一番嬉しくて、そして哀しいのはどうしてなのだろう?
「…パーシバル様…僕の……」
「…クレイン……」
「…今だけは…僕だけの…貴方でいてください……」
窓の外の月はまだ夜空にぽっかりと浮かんでいた。
それを瞼の裏に閉じ込めて貴方の胸に顔を埋める。
そうして聴こえる命の音に丸まって眠れる夜が。
眠ることが出来る夜が。
永遠に続けばいいと、ただひたすらに願っていた。